いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。

2017年12月18日月曜日

おしごとの本気度

本気と書いてマジと読む。前回に引き続いて仕事関連のお話です。愚痴と悪口になる予感満載の今回の話題、御用とお急ぎでない方は寄ってラッサイ見てラッサイ。

どんなお仕事でも真面目に努めようとすれば大変なもの。だからこそ大変な仕事であればあるほど、こころざしや覚悟がなければおいそれと続けられるものではない。
さて、日本で働くお医者さんの中で一体どれだけの人が覚悟や志しを持って医者になり得たのでしょうか?
てなことを考え込んでしまうほど、医療関係の職場で仕事をするようになってから出会う医師たちのハズレくじ加減の凄まじきことよ…。

ハズレ組の多くはお勉強ができたがために「じゃあ医学部受けようかな」くらいのスタンスで医学の道に来た人が多い。デキる子だったために周囲の期待も大きく、それに応える形で進路を決めちゃうような良い子たちでもあるのでしょうが、何をするのでも自分の意志というのがまるで見えない。医師だけに?(^^;)
そこを踏まえてヤル気とか本気度、仕事にかける情熱みたいなものが感じられない人が多いので一緒に仕事をしていてうんざりすることも多い。

私は病棟で働いているわけではないので臨床医としての彼らのことは実はあまりよくわからない。研究においてはダメ人間で私がボロクソに思っている医師でも、患者さんにとって良い医師ならそれならそれで本業を全うしているので良い医師だと思う。
しかし良くない評判ほど耳に入りやすいと言う側面はあるものの、誠実ではない仕事ぶりというのは何かの拍子に表出するもの。本当にやりたい仕事として医師を選んだわけじゃないから医師の仕事するの面倒くせ〜…みたいな働き方は見ていて気持ちの良いものではない。
そしてまた不運なことに、研究棟に出入りする医師の多くは臨床から逃げたいから研究へ…という輩が紛れ込むのも事実である。医師にはなったものの医師の仕事には興味がないから逃避の結果で研究へ、という人の本気度なんてたかが知れている。研究のケの字も学ぶ気持ちが、それこそ毛ほどもないのでヤル気のなきこと禿山のごとし。
一番タチが悪いのは「専門医」の肩書き欲しさに学位を取りにくる輩。学生時代は医師になるための勉強しかしてこなかったので他学部であれば学部生のうちに習得するのが当然の実験のイロハが何もないので、おったまげーなことを実験室でしでかす。

研究という仕事はざっくり言えば、とある仮説を立ててそれを実証するための実験を組み立てて「ほ〜ら見てごらん、これは絶対にこうなるでしょ」という筋道で人々を納得させる必要がある。「誰が見てもこれはこうなる」という真実を突き止めるのが研究。
仮説を実証するために都合のいいデータだけを集めるのは真実とは言えない。「これはこうなんだと思います」という推論は論文として成立しない。その常識が何故かセンセ達に伝わらないもどかしさ。「これは癌だと思ったから癌なんだ」なんて診察をしてるんですかね?テクニシャンという仕事は研究のお手伝いが本筋だが、ここでの仕事はセンセ方の暴走を止める役割を担う必要もあって実に骨が折れる。

書いてるうちにシャレにならん話がボロボロ出てきそうなので慌てて削除して今日はここまでにしとうございます。小保方さんは医学部に出向いて学位を取ったということなので、他の業界ではとても通用しない論文を作成してしまったのも宜(むべ)なるかなとしみじみ思う今日この頃。教育って本当に大事。教育がなされてない国家試験予備校みたいな大学をなんとかしないと日本の科学技術は大変なことになる。否、もうなっているのか?

2017年12月5日火曜日

かわいそうの本気度

生き死に備忘録が続いていたからついでに書いちゃえ!本日は動物実験のお話です。

それはまだ私が農学部で学んでいた頃。実習という名の強制労働に駆り出されて牛やら豚やらの世話に明け暮れていたことがありました。動物の世話自体は私にとっては楽しい経験だったのですが、糞尿まみれで文句タラタラな女子の一部が豚の出荷時にこぞって「かわいそ〜」の大合唱を起こすのが苦手だった。かわい〜の延長でかわいそ〜と人前で言わねばならぬ空気は女子の嗜みというものか。その都度、農場の先生が「ぶわっかもん!家畜は食べるために育ててんだ。こいつらにとっては食べてもらえないことが一番の不幸なんだ」と叱責するのがお約束になっていた。
その先生が事故で死んだ仔豚を両腕に抱いてたのを見たのは今も忘れられない思い出だ。先生は「かわいそうにな、お前は食べてもらえなくてかわいそうなことをしたな」と小さな声で仔豚に話しかけていた。先生が畜産を志した経緯は知らない。だけど動物を慈しむ人だったのは間違いないと思う。

私に動物実験の手ほどきしてくれた人は薬学出身の若いテクニシャンだったけれど彼女もまた「実験動物は実験のために生きているのだから正しい実験に使われないのは一番いけないことだ」と教えてくれた。そこには「無駄に生かしておくことも悪である」という厳しい哲学もあった。実際に動物実験の講習では、役目を終えたor役目を持っていない動物は実験室から速やかに退出させることが推奨されている。それはすなわち命を終えさせることに他ならない。ある意味、この開き直りのような「役目を終えさせる」という思考ができない人は動物実験そのものを受け付けないし、無理にやらせれば心を病むことにもなる。
動物実験の是非を語るのは実に難しい。私が講習会を通して得た結論は、避けられる方策があるなら極力動物を使わない実験を検証すること。そして決して無駄になるようなへっぽこ実験に動物を使わないこと。そのために動物実験をする者には入念な実験計画を立て、厳密な内容の書類提出が義務付けられている。(計画と書類提出は研究者の仕事で私は言われたことをやるだけですけどね)
動物実験経験者が経験した実験内容を紹介しあうと、必ず「うへぁ〜」という微妙な空気が蔓延する。実験中は平常心を保っていられても、改めて口にして説明すると言う方も言われた方も色々想像して「うへぁ〜」となってしまう不思議。経験者同士でもそうなのだから未経験の人に実験の内容を言うのは得策ではない。

でも言っちゃう。私の初めての動物実験は虫でした。低線量の放射線を当てて変異率を調べるというもの。染色体を取り出してジロジロ見る実験に従事していました。虫なんて触れないという人からは思い切り「うへぁ〜」な顔をされた。一方私は哺乳動物の実験に携わったことが無かったので、転職を機にどうやらマウスをやることになりそう、となった時に虫も動物もやったことのある人に「どっちが抵抗が薄いものか」と尋ねたことがある。彼女いわく「命を取るのはどっちも一緒」。まあ、そうよね。「ただ…動物はねぇ…あいつら鳴くからな」そうか、鳴くのか…それは地味にキツそうね。二人で顔を見合わせ、うへぁ〜となったものであります。

そんな私も今はマウスを使った癌細胞の研究に従事しています。ガンに必ずなってしまう遺伝的形質というものがある。その因子を持った人は他の理由で死なない限りは十中八九、ガンで命を落とすことになります。遺伝が原因の病気は治療が困難。その人を構成する設計図そのものに最初から病気のプランが入っているのだから、運命といえばそれまでですが実に過酷な現実。その治療方法を模索するために動物を使うものの、それを指して「かわいそうだとは思わないの?!」という人は後を絶たない。私はこうした人達のかわいそうの本気度をつい疑ってしまう。それと言うのもかつて「動物好きだから、かわいそうで動物実験は絶対嫌なんです」と言って業務から逃げていたテクニシャンが、マウスの遺骸を保管庫に入れる時に嫌そうな顔をして「ぺっ」とゴミのように投げ入れたのを見た時から。彼女が好きなのは自分に懐く可愛い動物限定なのだと思い知った。そこに実験動物の死に対する尊厳は微塵もなかったのだ。
「殺すのはかわいそうだからなるべく生かしておきましょう」と言って目的もなしにマウスを狭いケージに閉じ込めて老衰を待ち続けた医師もいた。これはマウスの死に関わるのを避けているだけでしかない。彼女にとって、かわいそうなのは動物に引導を渡す自分であって、いつまでも役目を終えられない動物そのもののことは実はあまり頭にはなかったように思われる。年老いて皮膚病を患い、それでも放置され続けたマウスは私が職場を去るその日に静かに息を引き取っていた。最終業務にささやかなお葬いをしつつ、私はそのマウスの死に少し安堵をもたらされた。私の退職後に死んでいたなら、ここではゴミみたいにして捨てられていたかもしれないのだから。

さて、ガンの遺伝形質を持っているために子供が産めないけど、どうしても子供を産んでみたいという女性の話を先日、小耳に挟んだ。人は自分とは無関係と思っているものに対しては安易に「かわいそう」を連発するものらしい。その場は皆、一様に「産めない女性がかわいそう〜」との論調でしたけど、マウスを使った今の実験は将来、そうした人たちに希望の光をもたらすのかもしれない。でも動物実験も「かわいそ〜」なのよね?
とんかつ定食を食べる自分とは無関係と思うから屠殺場に向かう豚がかわいそうなように、医薬品に助けられている自分とは無関係と思うから動物実験もかわいそうで許せない。つくづくと「かわいそう」が醸す他人事感をいかにとやせむ。
私は産めないものを産みたいという人間のエゴについてその気持ちを慮(おもんぱか)りはしても、かわいそうとは思わない。それは運命なのだから。同様に私は病気を克服する方法を探求するために動物を使う人間のエゴに対しても、動物がかわいそうなんて言えない。当事者だからというのもあるでしょうが、ただ、ありがとうと感謝するしかない。そしてなるべく苦しませずに手際よく、とだけ考える。私が彼らにできる精一杯のことは、それくらいしかないのだ。合掌

2017年11月29日水曜日

悔いのない人生

脳梗塞シリーズのラストは運命論的なもので。一つでも運命の歯車の噛み合せが悪ければ死んでいた。人生はそんな事の連続かもしれない。
早朝に夫が私の異変に気づかなければ、脳神経外科を扱う近所の病院に救急搬送されなければ、適切な処置のできる医師が不在であったなら、血栓がうまく除去できなかったら、それらの課題をクリアして今日の私がいる。
集中治療室で意識を回復した日、そこには私を含めて4人の患者がいた。ここに来たら二週間は出られないと宣告されたのは前述の通り。ただし意識不明の重体患者が新たに運ばれてくれば意識のある私は無条件で別室に移動になると聞かされ「人の不幸を祈るようなマネはできないわ」と半ば諦めていた。ところがその夜のうちに新たな患者が入ってくるどころか、私以外の全員が出て行ってしまったのだ。次々とご臨終を迎え、翌日まで生き残れたのは私だけだった。
大きな声では言えない話だが、その夜、霊安室にご遺体を運ぶ人達がやって来て「今日は多いね、緊急オペもないのにさ。それに今日って宿直3人の日でしょ、だれ?…あー、それは組み合わせが悪いねぇ」との会話が聞こえてきた。急変を知らせるブザーは夜中に何度も響き渡り、孤軍奮闘の看護師さんがピッチで医師を呼び何度も来室を乞い、指示を仰ぐのも全て私は聞いていた。だが医師が現れたのは一度だけ。不機嫌そうに指示しただけで、その後はどれだけ呼んでも誰一人として医師は集中治療室に現れなかった。私の倒れたのがもしこの日であったなら、と考えた時に初めて自分は本当に死と隣り合わせな局面にいたのだと実感した。

手術前に医師が血管破裂のリスク説明をしているのが聞こえた時も、今から思えば「これで終わりかもしれないんだ」と理解してたはずなのに、別れの言葉を交わそうとか辞世の句を読もうとか (^^;)、そんなこと一切考えなかったのはきっと心のどこかで自分は死なないと思っていたからではないかと思う。生き物は命ある限り生きることだけを考えるとは飼い猫が死にかけた時にペットの安楽死について見聞きした時にたどり着いた境地なのだが、自分がまさにそうだったわけだ。自分が死ぬなんて生きてる間は思いもしないんだ。

「病気になるのは辛いことだが、人生を振り返るチャンス」とツイッターに書いてた人がいる。入院中の私はすることもないのでクリエイティブな休息(なぞ)になるよう、自分の人生について考えてみた。ここで私の人生がおしまいだったのなら、私は何を悔いるだろうか…。
子供が小さければ後ろ髪を引かれたろうけど幸いにももう自分でどうにかやって行けそうな様子ではある。夫も多分、悠々自適に余生を過ごすだろう。両親には先立つ不孝で申し訳なく思うけど、生きてたからって私が老後の世話をしたとも思えないし期待もされてないから問題なかろう。やりかけの仕事は気にはなるけど私がいなくなってもまあなんとかするでしょう。猫は「あいつ、帰って来なくなったな」くらいのことは考えそうだが、いずれ忘れてしまうでしょう。
あれ、なんだろう。やり残したことって庭仕事くらいしか思い浮かばない。人生を振り返ると実にやりたい放題に面白おかしく過ごした愛しい日々。何これ、すごく満足して来た。なんて有難い人生だったんだろう。これからの人生もこうして感謝と喜びのうちに過ごして幕を閉じたいものだ。それにはこれからも面白おかしく生きていこうと決意を新たにした次第。

死ぬのが怖くない、とは言わない。むしろ今回のことがあったので今後再発なんかして死んだ日には「あいつ結局やっぱり脳梗塞で逝ってしまったじゃん」と言われるのが怖くてむしろ嫌だ。脳梗塞で死ぬのだけは勘弁。
かようにして今後の人生の目標ができたのでございます。脳梗塞で死ぬのはNG

2017年11月21日火曜日

誰も知らない

どこかで誰かがブログに書いてるようでいながら、実際はそうでもない。なかなか詳細がわからない入院費用のお話です。
緊急に入院して手術とか受けると幾らくらいかかるんだろう?病気と無縁に暮らしているし、保険のチラシなんか見る限り漠然と2〜30万円くらいかかるのかな?という想像しか働かなかった。もとより脳梗塞で緊急搬送、手術をして二週間の入院なら幾らかかるか想像した事もなかった。結論から言います。せ〜の、どん
総額3,500,980えん(食事やタオルレンタル等含む)
明細見て、これから退院だというのに脳みその血管ブチ切れるかと思ったよ。
健康保険のおかげで3割負担になるので実際に退院時に支払う金額はなんやかんやで1,069,050円。まあ、安くはないです。そのための 高額療養費制度 があるんです。さてここからが、まさかの時に役に立つ備忘録。

あまりに高額な医療費がかかる場合、生活が立ちいかなくなる。この制度を申請すれば一月あたりの自己負担額を所得に応じて抑えてもらえるのです。
私の入院時にも病院側から夫に説明があったようですが、もとより幾らかかるという情報がなかったので夫は「どうせたいした金額にはならないだろう」とたかをくくっていて申請をしていませんでした。いざ退院となった時に上記の金額を提示されて青くなる夫。ちなみに高額医療費制度の申請をあらかじめしておけば適用認定証が発行されて退院時に支払う自己負担額は約20〜30万円に抑えられたはず。だからこそ病院側は説明してくれたというのに…ばかばかばか。
身代金100万円を支払わないと私は病院から出られない囚われの身。貯金ができない性格の夫にそんな大金を用意できるわけもなく「おかーさん、お金貸して」といきなり借金のお願い。まーね、私が使っちまったお金だから私が払うのが筋でしょうけどね。
この申請自体は支払い後も有効なので、ドカンと私の貯金は減りましたが申請してから3ヶ月後には(支払い金額ー限度支払額)の差額が戻ってくるのでご安心を。とは言え、差額の払い戻し金は夫の口座に振り込まれるはずなので、あ〜心配だわ〜(^^;)

この制度の良いところは世帯合算ができる事と申請から一年以内なら何度でも月間限度額以上の支払いは免除される事と、さらに4回目以降は限度額の引き下げもしてもらえるので長い療養生活で毎月限度額を越える出費になる家庭には強い味方になる。脳梗塞は再発の可能性もあるというので再び入院手術となって高額請求が来た場合や、看病していた家族が相次いで倒れた時にも合算して活用できるので是非とも申請しておきたい。
こういう制度って我が身に降りかからないとなかなかわからない話。いざという時のために頭の片隅に置いておいてください。
医療保険に入っている人はそちらの申請も忘れずに。

2017年11月15日水曜日

詰まらない話

引き続き脳梗塞の備忘録。どうして血栓は詰まったか?の巻。
今回、幸いに早期の発見と迅速で適切な処置のために事なきを得た。人によっては実際に倒れる前に手足の痺れや、ちょっとした麻痺症状などを自覚して自分で病院に出向いて検査や治療に当たることもあるという。
はて、自分には自覚症状がありや、無しや?と考えるに「今から思えば、ああ、あれが…」というのは確かにある。それは職場で培養細胞の数を数えるために顕微鏡をのぞいた時のこと。像がダブって見えて全然カウントできなかった事が8月頃(倒れる二ヶ月前)にあった。今思うとその時すでに血栓ができていて脳の視覚部分を圧迫していたのだ。
だけどね、視野がダブって見えるのは顕微鏡を覗いている時だけで普段の生活は普通に送れていたんです。この普段の生活に支障がないというのが曲者なんですね。虫歯だって、痛んで生活に支障が出るから皆歯医者に駆け込むわけで、痛みを感じなければ割と放置されがち。←何を隠そう子供時代の私がそうだった。私は昔から痛覚が鈍い体質らしい。
生活に支障はないが仕事には支障を生じたので一応、眼科に出向いた。けれどもそこで検査した時には普通に見えた。これじゃどうしようもない。頭痛や吐き気はあるか?と聞かれたがそんなものはないので結局、疲れ目で焦点が合わせにくくなる時があるのでしょう、という話になった。
実は4年前に謎のめまいに襲われた時期があり、偶然にも今回お世話になった病院でMRIの検査を受けた事があるんです。その時も脳の血管に異常は認められず、頭痛や吐き気がない&めまいの内容が普通と違う事から肉体的なものより精神的なものであろうと診断されていました。めまい自体は年かさの友人によると「年を取るとみんなそうなるの、そのうち慣れるから問題ない」と言われて、事実いつの間にかめまいは改善された。
こうしてみると脳疾患のキーワードは頭痛と吐き気。でもこの症状を自覚できない私のような鈍感人間に早期発見は難しい。
血栓は主に動脈硬化や心臓疾患由来のものが多いと聞く。入院中に行われた検査はこうした原因究明のためのものが主だった。いわゆる血液ドロドロ生活が祟って血栓が形成されるパターンと心臓疾患でそこから血栓が送り出されるパターンとがあるらしい。血液ドロドロに関しては生活習慣に関わる事なのでそのせいもあって、脳梗塞は再発する病気と言われた。嫌だわねえ。
でも入院中の検査結果は心臓にも血液にも問題無し。強いて言えば4年前のMRIでも確認されたが生まれつき脳内の血管に細い部分があるようだ、とのこと。最終的に血栓の原因の決め手になったのはホルモン剤でした。若い時から異様な生理不順だった私。気にせず生きてきたけれど中年になってから痛みに鈍い私が初めて辛い生理痛を感じるようになり、その時に婦人科でホルモン剤を処方されて長らく常用していた。平たく言えば経口避妊薬というやつです。女性ホルモンには血液を固める作用があるとの事で薬が体に合わなかったのであろう、という医師の見解。なのでホルモン剤はやめることに。これで血栓が防げるなら安いもの。そんな事もあるので、避妊薬を常用している方はご用心を
あともう一点。私は無類の面倒臭がり屋でトイレに行くのが面倒臭い。もともとトイレから遠い人間だったので一日のトイレ回数が異様に少なかった。これもよくないらしい。人間は一日に2Lの排尿をする、と言われてまさかと思ったが確かに入院中に計測したらそれくらいは出している。食事を含めて水分を2L採れという健康法はあながち間違いではなかったらしい。
こまめな水分補給と排泄適度な運動ときちんとした食生活。そして皮肉にもレモン酢生活を始めた途端に脳梗塞になったわけですが、これからもお酢を飲む生活を続けて行きたいと思います。昔、お酢の研究をしていた人が職場にいて、彼女主導で仲間が実験室で黒酢のサワードリンクを作ってくれたのが嬉しかった。黒酢は苦手だったけどこれは本当に美味しい。周囲の人たちにも衝撃とご心配と迷惑をかけた事だなと反省と感謝がないまぜになった気持ちです。
病気の早期発見はなかなか難しいものがありますが、常に自分の心と体をいたわるように心がけたいと思いました。検査をしたって見落とされる事はあるので、本当に運次第なものではありますが、どんな病気があってどういう兆候があるかという基礎知識を持って、体に異常があった時は用心して疑ってみるのも大事だと思いました。
皆様におかれましても、よき血液サラサラ生活を!
次回は入院にまつわるお金の話なんかを予定してます。お楽しみに〜

2017年11月8日水曜日

天中殺パート?

いくつもの天中殺を越えてきた。財布を無くしたり、車をぶつけられたり、路上で車が活動停止したり、猫が死にかけたり…。その都度、備忘録的なもを書きつくればあやしうこそものくるほしけれ。
さて今回の天中殺は大きかったよ。音に聞く脳梗塞を起こしたのでごわす。これはもう事件の領域。ホントこれで天中殺は大トリにして欲しいものです。
10月の半ばも過ぎた頃、その日の明け方、夫が布団の横で騒いでいた。私の寝言のろれつが回っていないというのが騒ぎの発端。修学旅行でも合宿でも、あるいは友人との旅行でも話題になるほど、私の寝言はやたらと滑舌が良いらしい。それは知っていた。
しかし寝言のろれつがおかしいという理由で救急車を呼ぶのはどうかと思う。寝ぼけながらも私は「ねほへてるらけられ」と夫に反論。おや?そこで気づいた。確かにろれつが回っていない。それでも寝ぼけてるだけだと思った私は寝直すことにして寝返りをうとうとするが、むぅ?うまく寝返りが打てない。なんだこれ?
あとはなすがままに救急搬送。車中で話しかけられたり、病院内ではどんな処置をするか、どんなリスクがあるかを医師が夫に説明していたところだけは意識があって記憶に残っている。足の付け根からカテーテルを通して脳内の血栓を取り出すという処置をとると説明された。そんな遠くからカテーテル入れるんだ〜、破裂のリスクもあるんだ〜、破裂したら私、終わりなんだな〜とやたら他人事のように感じていた。不思議なものでっちまったものはしょうがないとしか思えなかった。
あとは聞いた話。6時頃に病院について2時間くらい色んな検査。検査を踏まえて手術のプランを検討しそこから緊急手術。
そして私が目覚めたのがお昼前。喉に通された管を外して痰吸引が行われた際に「ブホッ、なんだコレ?!」と目覚めた。すぐに看護師さんに運動能力を軽くテストされて「奇跡的な回復です!リハビリも必要なさそうですね」とのお墨付きをいただく。
素直に嬉しくて「じゃあ明日から仕事に行けますか?」と聞いていた。明日、私は大事な実験を控えていたのだ。看護師さんは呆れた様子で「今日、何日かわかります?あなたがココに来たのは昨日なんですよ」と…。うはー、そんなに寝てたのか私!
追い討ちをかけるようにこの集中治療室に入った者は二週間はここから出られないという呪いのような言葉がかけられた。マジか〜。この焦燥感。しかし贅沢は言えない。一つでも歯車が噛み合わなければ私は今、ブログの更新もできなかったはずなのだから。
ソード4
予告通り入院は二週間に及んだ。それだって二週間で済んだのだから感謝するべきなんだけど、なにぶん麻痺も残っていない体なのでリハビリも寝たきり生活改善のための筋トレが少しあるだけ。あてがわれたベッドのスペースにしか居場所もなくてじっとしてるしかない生活。検査と点滴のためだけに病院に留め置きされているので退屈でしょうがない。
やることがないのでタロットカードをめくれば出たのは剣の4。瞑想への退却。創造的な休息ですと。休むしかないのか…。

このカードは祈りを捧げるステンドグラスの下で深い瞑想に入っている騎士の姿。壁にかけられた3つの剣は頭、喉、胸(サイキックな目、コミュニケーション、深遠な知識)に向けてエネルギーを集中させており、4本目の剣は目覚めと共にすぐに手に取れる場所に用意されている。葛藤や闘争の緊張から離れて心の平安と休息を表している。このイメージで入院生活を乗り越えよとのお告げと受け止めた。
腐っても脳梗塞。脳の細胞の一部が死んだことに変わりはない。幸いにも被害を受けた部位は右脳の大脳辺縁系の一部で、ここは知的活動や運動能力には関わりのない、ある意味何をやってるのか未知の領域だと医師からは告げられた。だから麻痺も残らず生活に支障は来たさなかったのですが、それはしかし未知なる私の能力の一部が失われたかもしれないということ。辺縁系は情動の脳と言われ動物の本能的な部分を支配していると言われる。野生の勘とか、感情の起伏とかに変化が生じるかしら?とか色々考えたけど今の所その実感はない。
さしあたって占いはまだできるようなので、ひとまず安堵した次第。
次回は脳梗塞について、もっと役立つ備忘録を書く予定。お楽しみに〜

2017年11月1日水曜日

ノリかソリか

仲間が一人、仕事辞めるってよ。というわけで現在、仕事の引き継ぎが行われています。主に私が引き継ぐことになるようで覚えなきゃならんことが盛りだくさん。しかも先方(便宜上キリシマと呼びましょう)は有給消化のためにこれからは職場にあまり出てこない。つまり短期間であっつーまに全ての手技を習得することが要求されて、老いの翳りある我が脳みそにはかなりの負荷がかかってる。
今の職場には春から勤め始めたので、最初の頃に別の先輩から色々と教えてもらった経験がある。それを踏まえて思うのはヒトには教えるのが上手い人とそうじゃない人の二系統がある。今回教えてくれるのは残念ながらそうじゃない系
キリシマは決して悪い人ではないから、聞けばちゃんと答えてくれる。でも質問しないと基本的に放置の人。自分が知っていることは相手も知ってるという思い込みを前提にして話をどんどん先に進めてしまう。私はおばちゃんだから遠慮なく「ちょっと待って!」と質問を挟んではムグムグと飲み込み、ようやくの思いでついてゆく。まるで椀子そばをあおるがごとし。
キリシマは若い人なので「自分より年かさの人を相手に一から教えては失礼になるかも」と遠慮してるのかな?と思わないでもなかったのですが…待ち時間中に「これ、ちょっと前にも別の人に引き継いだんですけどね。その人、一ヶ月で辞めちゃったんですよ」という話が出た。

ちょっと待って!プレイバック!プレイバック!♪
そういえば採用面接の時に私もちらりと耳にした。私が働き始める一月前にもう一人雇うのでその後で入る私にはその人の補佐を務めて欲しいと言われたような…。なのに働き出したらそれらしき人物がどこにもいなかった。ああそうか、私が来る前に辞めていたんだねぇ。もしかしてだけど…キリシマから仕事を引き継ぐのが重荷になって辞めてしまったのではあるまいな?もしかしてだけど…(^^;)
キリシマの名誉のためにいうけれど、決して悪い人ではないです。むしろ優秀な感じの人。だからこそ追いつけない説明の直後に「はい、やってみて」と迫られる緊迫感にやられてしまったのではないかな、と思ってしまいました。キリシマの几帳面なノートを見て、これと同じことを自分がやれるかな…という不安も正直ある。

「はい、やって」と言われたら「ハイその前にですね、質問です」と不明な部分を解消してから取り掛かる厚かましさが私にはあったけど、「え、わかんないの?」という表情を前にして質問できなくなる人には不安を抱えて操作を続けるのは苦痛かもしれない。
職場には教えるのがうまい先輩もいて、その人はポイントを抑えてどこが作業の肝になるかを説明してくれる。段取り説明→ポイント解説→質問コーナー。このメリハリが人にものを教える時のノウハウかなと両者を見比べて思った次第。ポイント解説の時にありがちな失敗やうまく処理するコツなんかも上手な先輩は惜しみなく教えてくれた。相手の身になってというのが大事なんだな。

と、ここまで来て思った。先述の 黙秘な人々で紹介したポンコツくん。私の教え方がマズかったんだろうか…と。いや、教え上手な先輩が匙を投げた怪物くんなのでそんなことない!と言いたいところだが彼がもし本当に発達障害を持ってる人だったのだとしたら一度に2つ以上のことは頭に入らないが故に混乱を生じやすかったのかもしれない。
初めからそれがわかっていたならば彼の身になってフローチャートのようなものを作るよう助言できたのになと、今となっては後の祭り。
教える、教わるの関係には他にソリが合う、合わないというのもありますしね。

さて、このブログ記事は実は二週間前に書き途中だったものです。upが遅れたのには理由がありまして、次回「天中殺パート?」にて詳細を書く予定。お楽しみに〜

2017年10月10日火曜日

解毒水みたび

エクセル関数に取り憑かれて夢中で色々試していた今日この頃、気がつけばブログ更新も遅れ気味。エクセル関数小ネタ集なんかを備忘録として書こうかな〜と思ったけれど時間を取られるのでその話はまた今度。

職場で渡された過去データのエクセルファイルがクソみたいに使い勝手が悪くて、仕事を進める上で支障をきたすので自分で工夫して新しいフォーマットを作成してみた。おかげでスイスイ捗るようになったのは良いのですが古いフォーマットを使い続けてたセンセの頭がどうにも切り替わらないので、新規に積み上がるデータをセンセ用に古フォーマットにさし換えるという余計な作業が発生してしまった。(どうせ滅多にデータを見たりなんかしないのにさ。ぷぅぷぅ)
そうなる気はしてたんですけどね。そうなるの覚悟の上で、それでも実際の作業をスムーズにするためにどうしても変えざるを得なかった。今いる業界は困難ばっか。おっと、誤変換。こんなんばっかや。
実験を進める上でも実際に動いているのはテクニシャンなのに、滅多に実験しないセンセ達のために使い勝手の良い棚や保管場所は確保してあげないとならぬジレンマ。開かずの引き出しになったままで文字通り凍結状態の冷凍庫とかも、無駄だからホント勘弁してほしい。たまに実験させりゃ嘘のデータばかり残しやがるし、道具は壊し放題だし…
こんな感じ
と、腹に溜まった毒を吐き出しつつ悪いことばかりじゃないと思い出かき集めるために、今の職場でもらった景品のお話をするよ。本日の本題はここからでっす。

出入り業者の方が宣伝を兼ねてなのか時々「粗品」を持ってきてくれます。バブル時代を彷彿とさせるこんな事をやってる業界が今でもあるもんなんですね〜と驚きつつ恐縮しながら粗品を頂戴いたします。ごっつぁんです。
もらったからには活用しなくちゃ、というモッタイナイ精神でサワードリンクピッチャーでお酢のドリンクを始めてみました。
去年の今頃に、 解毒水 の話( その2もあるでよ )を書いたと思うのですがミネラルウォーターを買い続けなきゃならんのがネックになったのと、夏は冷蔵庫が満員御礼状態なのでちょっと作成から遠ざかってました。
ではでは作り方備忘録

レモン1〜2個は皮をむいて輪切りでもくし型でも適当にカットして同量の氷砂糖と一緒に耐熱容器に投入
レモン+氷砂糖と同量のりんご酢を上からドボドボ
500wレンジに90秒かけてから蓋をして室温放置
半日経過してからお好みの水や炭酸水で割って飲む 以上

写真は皮をむいたレモンが80gだったので
30gぐらいのハチミツと50gの氷砂糖
150〜160gのりんご酢
みたいな感じで仕上げました。酢はただの穀物酢でもオッケー。レモン以外にもお好みの果物で同様に作れる。酢は果物に浸るくらいかければいいみたいです。

皮つきがいいんだよ!という人はお湯で丁寧に洗ってから皮つきでカットすれば農薬やワックスが除けて良いみたいですよ。私は苦味が強く出るのが嫌なので皮は取ってしまう派。つーか、その時のノリであったりなかったり。
私は翌日にはマッシャーでレモンを絞って果肉部分を取り除き、スリムなボトルに詰め変えて冷蔵保存してますが綺麗な密閉瓶に入れて飾っておいてもいいみたいです。発酵したりカビが生えるのが怖いから私は飾りませんが。
意外と美味しくて一週間くらいで飲みきってしまいます。解毒水でも書きましたが酸味が効くので間食が減ります。風呂上がりにこれ飲んじゃうと晩酌もなくていいかと思えるので確実に健康になる予感。
ただしレモン酢は朝飲んで日光に当たるとシミの原因になるかもしれないから夜がおすすめ、と誰かが言ってました。未確認情報。

2017年9月26日火曜日

愚痴いう人々

お察しの通り、私のことですけど>愚痴いう人
前回「他者を知るは聡明、己を知るは賢明(キリッ)」と言った手前、自分のことについても掘り下げて考えて見ましょうかね。このブログもしばしば仕事の愚痴とか家庭の愚痴とかグチグチ書き散らかしてる。ブログでガス抜きしていると見せかけてところがどっこい、リアルの私なんてこの何倍も強力な毒を身近の人に吐き散らかすので迷惑千万この上なし。むしろ匿名ネット世界の方が万人に謎の配慮をしてトーンが遠慮がちになってる。

「よくまあそんなに文句が出てくるもんだ」と家人に言われるが、私としては不平ばかり言ってるつもりはない。ただ毒を吐き出す時の私はそれだけ強烈な印象を残してるんだろうなという自覚はある。言い訳をさせてもらうなら、折れそうな心をなんとか奮い立たせて頑張りたいと思う気持ちが異様な気焰を上げさせるのであります。前回書いた職場の不満にしても、「なんとかしなければ」と「これはお手上げだ」の間(はざま)でかなりな逡巡を繰り広げていた。その葛藤を排気換気する私。それを時になだめ時に𠮟咤、そして時にテケトーにあしらいながら過ごしていたのが我が夫。
女性は愚痴に助言を求めているのではない、共感を求めているのだ」とはよく聞く話だが、最近の旦那はそれをどっかで小耳に挟んだらしく殊更に「へー、それはひどいねー」ととってつけな相槌を打ってみたり、あるいはうっかり「そんな仕事は断るべきだ」と解決策を断じたり、実によく付き合ってくれた。
でも私に言わせれば旦那に共感を求めるなんて夢を追うようなこと、この年になると期待しないよ〜(^^;)。彼の助言に対しても「いや、それはだな」という反論をすることはあっても一つの意見として拝聴してるから、余計な一言で腹が立つということもない。←反論すること自体が苛立ってる風に見えるらしいけど
じゃあなんで私が家で旦那相手に愚痴を言うかといえば「好きな人とはなんでも共有したい(きゃっ)」からですよ。もちろん、共感を得て労いの言葉をもらえれば嬉しいし元気にもなる。だけど基本は「こんなことがあったという経験を共有したい」ただそれだけ。旦那が聞いてくるからという部分もあるけどね。

初めからこうだった訳ではないです。私も若い頃はご多聞にもれず、旦那に共感を求めては夢破れて喧嘩になる経験を積んできました。そこから徐々に「話題を共有できればそれでいいんじゃないかな」となり、そして今は「無理に共有しないくてもいいや」に変形しつつある。だから相手に聞く気がない兆候が見られた時は、昔なら気分を害して文句の一つも言ったけど今は話の途中でも割と平気で終わりにできる。大抵の場合は私の話をぶった切りにして旦那が何か別のことを言うので、こちらもそれを契機に話を終わりにしちゃうのですが。するとどうでしょう、旦那の方が「なんで途中で止めちゃうの」と不機嫌になる。いや、途中で別の話にしたのあなたでしょ。聞いてないから終わりにしたんですけど?
私も朝ドラや女子アナの話題を旦那から共有されようとしても困惑しかないな、と普段から思っているのでそれと対等な気持ちで旦那が上の空の時は無理に話を進めない。それだけのことなのに怒りだす旦那。何故?!

「若い時と違って無理に聞かそうと思わなくなっただけだよ」と正直に話したらそれはそれで腹が立つらしい。熟年夫婦の冷めきった妻の匂いを嗅ぎ取るのかしら。そーゆーつもりはないんですけど(^^;)思いやってるつもりなんですけど。
なんだかんだで最終的に「じゃあもう僕に職場の話は一切しないでよね!」と言う謎の逆ギレをかまされて、こちらも最近は仕事の話は愚痴ばかりと言う状況に多少引け目を感じていたので「おうよ、もう一切話すもんか」と決意したのであります。

そしたらさ、ガスが溜まるのかしらね。ものの数日で就寝中に過呼吸起こして大変なことになりました。不満を吐き出さずに働いたら一週間くらいで体調もおかしくなって、これはいよいよとてつもないストレスが体を蝕んでいるなと自分でも驚いた次第。文句を言うだけで元気に働けていたちょっと前までが遠い昔の夢のよう。
私は毒を吐いていないと自家中毒を起こしてどうかしてしまう体なんだわ。それはそれでどんなもんよ?と思いつつ時々でいいからブログで吐き出させてください (/_;)

不平不満なく生きていけるのが理想ですけどね。気持ちを切り替えていけるように頑張らないと自分で自分を不幸にしちゃうんだな、というお話でした。

2017年9月18日月曜日

黙秘な人々

嘘をつくのが平気な人は相手を選んでる。「この人は追求しない」と判断すると力づくで嘘をつくけれど、ツッコミ入れてくる相手は面倒という認識はちゃんとあるらしい。ではツッコミに対して嘘つきはどう反応するか?その答えが表題の「黙秘」だったりする。

なぜか黙っちゃうんだよね。嘘に疑問を投げかけると喋らなくなる。そこで妙な空気になって大概の人はそれ以上の追求はしない。でもさ、それで嘘つきに「やり過ごせた」と思い違いさせるのは口惜しいじゃない?成功体験?!を重ねるごとに彼らは嘘つくことをやめない体になちゃうわけ。だからというわけじゃないけれど、嘘の内容いかんでは私は遠慮なく質問ぜめにする。するとなんということでしょう。黙りこくった相手に畳み掛ける私という構図が出来上がり、まるで私がいじめっ子。実に味気無し。

今、厄介な人を相手に仕事をすることになっておりまして、その人は自称外科医なのですがとてもそうは思えない手技の持ち主。有り体に言って不器用極まりない。本物の医師が掃いて捨てるほどいる職場なのでまさかそんな嘘をつくと思わなかったけれど、あまりにも何もできない人なのでボスが上の人間に問いただしたところ「彼は医者じゃないよ〜。医学部中退って聞いたけど?」との返答。どうしてそんなすぐわかる嘘を平気でついちゃうんでしょうかね?下手をすると医学部に在籍した実績があるかどうかも怪しいレベルで何も覚えられないポンコツぶり。
100歩譲って肩書きで見栄を張っちゃった部分には目をつぶるとして(いや、かなりヤヴァイ詐称だとは思うけど)「できます」と言ったり「わかりました」と言ったことが全然できてないし、全然わかってないし。。。この人の何を信じたらいいのか、さっぱりわかりません。

フレンズによって得意なことは違うからね〜byサーバルちゃん
とは言うものの発達障害が疑わしい人と円滑に仕事をするのは本当に難しい。それが本人にもどうすることもできない脳の仕組みのせいなのか、それとも単なる訓練不足でそうなっているのかを知ることができないからもどかしい。せめてできないことは「できない」と素直に言えて、周囲もそれを認められる社会ならいいのでしょうけど
「君はできる、わかる、自分がやると言うけど、全然できてないし理解できてるかも正直怪しいから、もうこの仕事は触らせないでとボスから言われてるんですよ」←つーか、このせいで彼の仕事を私がやる羽目になって今猛烈忙しいモードに突入している。私がそこまで言っても彼は「僕の仕事」と言い張り私の後追いをやめない。見てるだけならともかく手を出したがって危険この上ないし、何度でも的外れな質問を浴びせられる地獄に陥ってました。お前は新手の天中殺なのかっ?!

横に誰かが張り付いて逐一指示を出してやらなきゃ遂行できない仕事は「僕のやった仕事」とは言えない、1ステップごとに手を止めて「次は?」と聞きにくる人間が全体の内容を理解してるとは思えない、何か一つでも人に聞かずにやり遂げられた工程があったか?そもそも外科医なら知ってるはずのことを君は何も知らなかったじゃないか?
ここにいたって彼は完全に沈黙。いじめっ子先輩気分を味わって、しかしながらこれで彼はもう私を頼ってこないと確信した。嘘つきは嘘を暴く人を好まないのだ。

その翌週、彼は別の先輩に絡んでいた。その先輩は一番最初に彼の指導を任されて真っ先に匙を投げた人物で、上の人間にしかるべき報告も上げている。「彼は何もできない」と報告したことに対してなぜそんなこと言ったんですか?」と詰め寄られた先輩は絶句していた。先輩!そこで絶句したらダメっすよ!この手の人物はまっこと、相手を選んで好き勝手なことを言い続けるようにできている。私なら「何か一つでもあなた一人でできたことってありましたっけ?」と聞き返して黙らしてやるのに。

何よりも彼はずっと「僕はできる」と自分自身に嘘をつき続けてきたのかもしれない。その嘘を否定しない人達とだけ付き合って行けるのが彼の理想郷なのかもしれないが、世の中そんなにゃ甘くないでしょう。
「他者を知るは聡明、己を知るは賢明」とタロットカードが申しておりました。嘘つく相手を選ぶズル賢さはあるみたいなのに、己を知る賢明さに欠けると多分これからも生きにくい人生になると思う。人のふり見て我がふり直そ。。

2017年9月7日木曜日

嘘つく人々

忙しくてブログに辿り着けませんでしたよ、と。この忙しさの中でふと思うところあって珍しく時事ネタなんかを書いてみようとしたりなんかして。とはいえ時事と呼ぶには随分前の話になりまする。お題は日野皓正氏が中学生にビンタした出来事について。
「中学生の髪を掴んでビンタ」というのはなかなかにショッキング映像。現場に居合わせた人の話では教育委員会主催の体験学習として企画されたこのコンサートにはたくさんの子供達が日野皓正氏の指導の元に演奏体験をしていたとか。終盤には舞台に上がりきれない子供達が3〜4小節ばかりのささやかなソロを順繰りに譲り合って披露していたという。その中でドラムの少年だけが異様に長いソロをやめず、最初は苦笑いだった日野氏が譲るように合図をし、それでも聞かない少年に注意を促し、最後は怒りをあらわにドラムスティックを取り上げた。にも関わらず日野氏が背を向けて立ち去りかけると少年は素手でドラムを叩き出して仲間にどうしても晴れ舞台を譲らない。ここにいたって少年の髪を掴んでビンタ、という流れだったそうな。
少年はその後、日野氏のところに謝罪に来たというし取材に対しても「自分が悪かった」と答え、少年の父親まで「うちの子が悪い」と話していたそうなので決して野放図なだけの子供ではなさそう。では何故こんなことになってしまったのだろうか?

思うに彼は今まで他人から怒られた経験がなかったのかもしれない。彼に限らない。今時の若い人たちはこっぴどく叱られたりとか、怒りをあらわにされた経験が昭和wに比べて少ないんじゃないかと思う。実際にこの出来事を受けて暴力に対する賛否両論がネット上でも多数散見された。怒らない育児や教育が推奨され出してから幾久しい昨今は子供をビビらすほど怒ることに対して厳しい意見も多く、どうにも叱る事に大人も子供も過敏になりすぎの感。
子供相手に激昂すること自体が批判の的となり顰蹙を買うオジョーヒンな世の中になったけれど、これだけは言える。人を怒らせる行為がどんな結果をもたらすかを学ぶ機会を持たない子達は大人になってから苦労する。怒られた経験のない人は色んな意味で厄介者に成長するから。

はい、愚痴です。察しの良い方は「こりゃ職場の話だな」と捉えてくださってよろしくてよ。今の私の周辺は怒られたことがないまま大人になった系の厄介者率が異様に高い。それらの特徴は言動が不用意に失敬な人とか、逆に人の目にとまらないよう存在感を消してる人、何か意見されるとマジで消えていなくなる人、等々各種取り揃え。これらの人達は共通して「親に怒られたことないんですけど?」とサラリと言っちゃう。下手するとそれを自慢にすら思ってるフシがあるんだけど、それで他人をこれだけ平気で怒らせる大人に成長したんだとしたらお前さんの親は大馬鹿者だ、このスットコドッコイ!
「若者は」と一括りにして若者の悪口を言うつもりは毛頭ないが、ある時ふと気がついたのは嘘をつくことに抵抗のない人が特に若い世代に急増しているなということ。これは嘘がバレても怒られたりしなかったことの現れではないかと思う。わしら年寄り世代は嘘をつくと親に鉄拳制裁で叱られたし、嘘がバレたら相手からはボロクソに文句を言われるし、それを伝え聞いた仲間からも責められるし、骨身にしみて嘘はダメだな〜と小さいうちに学んだ(違うのか?私だけ?!)。
嘘は絶対にダメと思う理由は大概の嘘は人を苛立たせるからじゃないかと思う。でも今は嘘をつかれても怒る人は稀だ。私自身、若者の見え透いた嘘を目の当たりにするとむしろ目のやり場に困って脱力が先にくる。「以降はこの人に関わるまい」と思うのが精一杯。鉄拳制裁なんてとんでもないし、ボロクソ文句言っても…じゃなくて、その嘘を暴いたとしてもそれは大人気ないと恨まれるだけで、せいぜい仲間内やブログでヒソヒソと言い合うくらいが関の山 (^^;)。
嘘をつく方もその場さえ取り繕って乗り切れば、あとは自分の中では無かったことにできると思っているから実に軽いもの。でも嘘をつかれた方にはその嘘が心に残り続けるということを忘れてはいけない。失った信頼は取り戻せないし、回り回ってそれが悪い結果をもたらすことに気づく機会さえない。結局人は直接的に酷い目に会ったりビビったりしない限り、つまりは因果関係が目に見える形で自分に迫って来ない限り、自分の失敗は無かったことにしてしまうものらしい。
くだんのドラム少年は誰も怒ってくれなかったら「自分が悪かった」とはなかなか思えなかったかも知れませんね。

と、とりとめもなく書きましたが、今後も職場で嘘つき野郎の残した嘘混じりデータの修正に追われる毎日がしばらく続きそうです。げんなり

2017年8月20日日曜日

酒とミュシャの日々

いつものようにハレ飯の備忘録。今回は田中健一郎の特別コースメニューです。
久々に訪れたラブラスリーの店内は壁の絵画が差し替えられていて見える範囲は全てミュシャでした。以前、ミュシャ展に併せた特別メニュー企画をしていたから、その時に掛け換えたのでしょうかね。大好きなミュシャに囲まれて食事なんてそれだけで嬉しい。
鏡に映り込んでいるのは有名なタイル絵
まずはアミューズ
ええ、存じておりました。私の唯一とも言えるアレルゲンであり、かつては大好物だったマンゴーを使ったスープ(というか、ムース仕立て?)がこちらになります。私への差し替え品はヴィシソワーズかな…と思ってたら桃のスープだった。多分、今ガルガンチュワで販売中のもの。甘くて美味しい!(写真はない)


アントレはミニサラダを添えた蟹のゼリー寄せ
アントレその2はトウモロコシなど夏野菜とビーフを浮き身にしたコンソメスープ
見た目涼やか
浮き身が楽しい
想定外な形で出てくるのが面白い
ポワソンは舌平目をパルメザンチーズで挟んでトマトソースで。このソースが本当に美味しくて、何より全体の味のバランスがいい。また食べたい〜。
ヴィアンドは牛のパイ包み。
付け合わせの茸もポテトも丁寧な仕上がり
これずっと食べたかった料理だったので感激。マデラソースがやや私には強かった。赤ワインと一緒ならちょうど良い加減だったかも。(すでに食前酒→白ワインと進めてたので酔うから断念した /_;)
デセールは桃。アレルギーのせいだけど偶然にも桃で始まり桃で終わった。デセールに合わせてアミューズも選んで差し替えてくれたのかな?
食後の果物もいいね
コーヒーのお代わりを勧めてくれたり、「どうぞごゆっくり」という対応が心地良かったです。今回は店内があまり混んでいなかったので絵画を見回してゆったりと過ごすことができた。店員さんとのおしゃべりに興じている人も多く、のんびりとした時間が流れてました。

2017年8月9日水曜日

ゼリー、カムバック!

夏と言えばガルガンチュワはゼリーの季節。今年も見目麗しいゼリーが揃い踏み。ということで久々に帝国ホテルでゼリーを買ってきましたよ備忘録。
アルコールは強くないよ(当社比)
今年はメロンとピーチ。そしてイタリアの若手お菓子コンクールで総合優勝を獲得したラインナップからフルーツゼリーの「プラネッツ」を購入。むは〜、果実の勝利。フルーツもゼリーも贅沢な味わい。
チョコ菓子も食べなくちゃだわ
昨年は都合があわずになかなかゼリーを買いに行けなかったので今年はエイヤッと出かけてきました。毎年買っているとグラスが増えて行くのが嬉しいやら場所ふさぎやら…。でもね、今年のゼリーはグラスに帝国ホテルの銘が入っていないのでお客さんに出しても「やだ、この人。ホテルのグラス持って帰ってる!」と思われずに済むのでちょっとだけ嬉しい(^^:)
プラネッツはゆず風味とのことでしたが、そんなに味の主張はしてなかったような。ゼリーに乗った白いババロアが杏仁風味で美味しかった。プラネッツも同じものが載っていると思ったけれど、こちらは生クリームでした。
ホテルロビー横では
フランクロイド館時代の展示を開催中
毎年欠かさず皆勤賞というわけにはいかないけれど、それでも毎年何かしらの楽しみがお約束通りにやってくるというのはありがたいことですね。
次回はゼリーのお供?ラブラスリーの田中健一郎スペシャルコースのご案内でっす。お楽しみに〜


2017年8月2日水曜日

うなぎおいしかのかわ

うなぎの季節。私たち夫婦は頻繁に、とはいかないが年に2〜3回は鰻屋に出かけます。なのでわざわざ混んでる土用の丑の日を狙って食べたりはしない。むしろ夏場は避けている。ですが今年は珍しく7月のうなぎを食べに行ってきました!憧れの『明神下神田川本店』!!という訳で美味しいもの備忘録。
日本家屋の風情は無くさないで欲しいものです
(神田)明神つーても場所はほぼ秋葉原。高校生の頃はまだ青果市場があったせいで、秋葉原の駅前はいつも路面がびしょ濡れ。常に足元の水たまりを気にしながら歩いたものだな〜と記憶を辿りながら明神方面へ。通りに面してビルに挟まれながらひっそりどっしり構えられた店舗が見えてくると心も弾む。この風情ある玄関の暖簾をくぐる日がやってくるなんて、十代の頃には想像もつかなかった。大人になるって素晴らしい。
下足には若い女の子がいて愛想よく案内をしてくれた。靴を脱いで二階に通されると意外にも広々とした明るい廊下が奥へと続いている。鉤型になった廊下をくるりと巡って一番奥のお座敷へ。なんて広いんでしょう。『尾花』(南千住)のような大座敷での相席を想像してたけど、これはなんともきちんとした料理屋。若い頃なら気おくれしてしまうような立派なお店も、今は素直な気持ちで感心したり動揺せずに過ごせるようになったから歳を取るのも悪くない。
おしながき
お通し、サーモン、帆立、白海老
白焼きは一つを二人分に分けてくれた
うなぎ、しみじみ美味しい
まずはビールをいただいて、うざくとお通しでうなぎの到着を待つ。お通し(有料)は頼んでも頼まなくても良い、とのことでしたがせっかくなのでお願いしたら素敵な小料理が運ばれてきて余は満足じゃ。値段は失念。お品書きにも書いてない。千円くらいしたかな?ちびちびやってる間に白焼きが運ばれてきたので冷酒に移行。蕎麦屋呑みも楽しいけど鰻屋の焼けるまでの、この待ち時間が本当に楽しい。きこしめす、という言葉がしっくりとくるひととき。
聞けば一階にはテーブル席もあるとのこと。原則、個室利用で奉仕料もつくけどこの料亭感(←数回しか経験ないけど)でゆったり過ごす時間が持てるならハレの日飯には良いのではないでしょうか。「どうぞゆっくりとしてください」という接客対応が何よりも気持ちよく「贅沢な時間を過ごせたな」という感想。お値段的にも贅沢ですからね。堪能しないと損そん。踊らにゃソンソン(^^)

お座敷の障子を開けると
ほおずき市の風鈴がずらり
日本の絶滅危惧的風景
うざくは丁寧に仕上げられた上品な一皿。でもやっぱり『大和田』(千葉県柏)を超えるうざくはなかなか無いと再確認。うなぎに関しては各店舗みんな違ってみんないい。どこで食べてもきちんとしたお店のうなぎにはうなぎ愛がみなぎっていて美味しいってばよ。
どうあがいても家で食べるうなぎは太刀打ちできないと悟った20年前から私はスーパーでうなぎを買うことをやめた。うなぎが絶滅危惧種指定を受けた頃からは貴重なうなぎ資源を無駄撃ちする廉価なうなぎ商売に憎しみすら抱くようになった。
つい最近は台湾がニホンウナギを最高位の危険度に指定したことで世間を騒がせたばかり。このニュースの前に神田川に行けたので正直危なかったな〜と思っている。
世間では「うなぎを食べるな!」というムーブメントも一部で起きそうな気配があったけど、私はむしろきちんとしたお店できちんと食べられるといいのにな、と思う。明神下神田川のような老舗の正統派な鰻屋が絶滅してしまうのはなんともあじきなし。うなぎと一緒に鰻屋も守ってあげてください。

2017年7月25日火曜日

酒は万病の元

ジンギスカンだよ、おっかさん。その前に余市でニッカウイスキー見物です。前述のように小樽をすっ飛ばして余市へ向かいウイスキーの歴史についてお勉強。旦那は仕事と趣味を兼ねて昔からここへはよく足を運んでいたのですが、数年前の朝ドラ『マッサン』効果も合間って近年は来訪者も急増しているようです。というわけで楽しみにしていた試飲(有料の部)は、すっかり樽が空になってしまったようで目当てのお酒が飲めなくて旦那は意気消沈。それでも私は無料試飲コーナーで十分酔っ払いました。
懐かしいCMグッズ
遠くであなたが呼んでいる〜
工場の展示ではニッカの創始者、竹鶴(マッサン)とリタの生活ぶりなども紹介されていましたが、スキーに興じるリタの活動的な写真を見ると朗らかで素敵な女性だったことがうかがえる。竹鶴自身は孫に向かって「国際結婚だけはするな」と物議をかもす発言を残していることで有名ですが、その真意は「遠い異国の地で妻に苦労を強いてしまった」という悔恨の思いからでた言葉であった(らしい)ことを彼に成り代わって釈明しておきましょう(^^;)
さて試飲コーナーですが、普段ウイスキーを嗜まないので少量でもかなり足にきた。アップルワインは飲みやすい上にアルコール度数はかなり高め。試飲の際はご注意ください。併設されてたセルフコーナーの水とリンゴジュースが美味しゅうございました。これも忘れずにお試しください。

試飲グラスはこんな感じで振舞われる
赤い五陵星は開拓の誇り
レンガの建造物は素敵
余市からトンボ返りで札幌に戻ると今度はサッポロビール園でビールの歴史についてお勉強。併設レストランではここでしか飲めないビールをジンギスカンと共にじゃんじゃん飲む。隣の席では初デートとおぼしき若い学生カップルがジンギスカンデートを楽しんでいた。脂が飛ばないように女性側の鉄板はマッサラな状態にして男性側の鉄板だけ使用しているのを見てこれはこれで新鮮な驚きがあった。しかもこの二人の会話がなぜか私達夫婦の暮らす町にある大学の話題だったので、こんな遠い所に来てご近所さんの噂話を「へ〜そうなんだ」と聞いてしまう奇遇に不思議な感慨。
お腹いっぱいでも
雪印パーラー!
まあとにかくこの日は飲みすぎました。翌日になってもお酒が残ってる感覚なんて久しぶり。それどころか、帰宅して一週間くらいは「お酒はもうやめておこう」という気になったくらい。今だって北海道のことを考えるとウイスキーとジンギスカンの香りが記憶の中から立ち上るくらいで、どうしたものかと思う。←まあ口さみしい時は便利かな。
今回の旅行は下調べもせずに行った上に酒ばかり飲んでいたので妙な印象を残すことになり、正直すまん北海道。予備知識はないものの、北海道イメージの名物にはそれなりに手を出して帰りの新千歳空港では味噌ラーメン、ジンギスカン帰りには雪印パーラーでメロンパフェも食べてきた。

「北海道、楽しかったでしょ」と聞かれても、もはや酒と食べ物の記憶しかない。次行く時はもっとゆっくりじっくり、土地の記憶と語り合いたいものです。

2017年7月18日火曜日

農は国の基

北海道備忘録、インパクト第二位は新渡戸稲造のノート!まあご覧になってください、この美麗なノートを。
新渡戸先生のノート

今回の旅行の(旦那の)目的は「余市とサッポロビール園と時計台を君に見せたい」というものだった。そうですあの日本三大がっかりと称される北海道の時計台です。
いやどうしてなかなか良かったです。古い建物ファンとしては周りの風景に押しつぶされてるとか、そんなことはどうでもいいのです。そこに当時のまま残っていることこそが肝要。中は資料館になっていて時計台のこと、農学校のことがよくわかる。
文明開化の時代に北海道の開拓もさることながら、農学の発展に尽力した人たちのことを忘れてはならない、と農学部出身の私としては声を大にするものであります。食品に関わる醸造・発酵・衛生学、品種改良をはじめとする育種・畜産、農薬から医薬品にも繋がる分子生物学の世界。なんでもござれの農学部。いみじくも「農は国の基(もとい)」であると入学してからつくづくと実感したものですが、私の大学進学当時は「農学部?農家に嫁ぐの?」と言われるような時代だった。(漫画『動物のお医者さん』以降は「獣医さん?」と聞かれる時代が長く続いた。)近年では「農」のイメージを払拭しようと学部の名前を「ライフサイエンスなんちゃら」やら「環境ほにゃらら」みたいな、いよいよ何をするのかわからんちんな呼称で錯綜する時代が続いているっぽいけど、もっと農学に誇りを持って欲しいと思う今日この頃。おっとすっかり話がそれた。
日暮れ時の時計台

時計台の二階ではボランティアの方々による時計の仕組み解説とか、実物大の時計盤に設置された時計装置の展示もされている。あら、意外に小さい。というか「時計台の中で歯車の上を追いかけっこする冒険活劇はどうも無理っぽい」という感想を持った。何事も実物を見るのは大事ですね。しみじみ

北海道大学もせっかくだから足を運んでみましたよ。広々としたキャンパスは新緑にあふれ、古き良き時代の建物と合間ってなんと異国情緒に満ちた風景!多分きっとここに通う学生達にとっては当たり前すぎる光景で、この贅沢な空間で過ごす時間のありがたみは卒業して何年もしてから気がつくのだろうな、と思う。青春の輝きはあまりに短く、そして鮮烈な記憶となって蘇るもの。当たり前だったものが当たり前じゃなくなった時に、思い出はより一層印象を強めるものなのでしょう。と、北大キャンパスの中に異国の大学(の近所)で過ごした日々を思い出しながらしばし涙を落としはべりぬ。
学食の写真もupしておきますね。いつか思い出す日のために。
東京周辺の学食と比べると若干高めの値段設定かも。量が多いのかしら?残念ながら胃袋の余裕がなかったので試食は断念。次回はサッポロビール園のジンギスカン備忘録です。
あー、思い出しただけで鼻腔にラム臭がよみがえる(^^)
贅沢空間な北大キャンパス
食べてみればよかったかな

2017年7月11日火曜日

ホッキャード

では北海道備忘録。今回一番インパクトがあったのが蟹!北海道の老舗蟹専門店という「氷雪の門」でコース料理をいただきました。

今まで食べた蟹が何だったのかと
衝撃を受ける食感と味わいだったお造り
そもそも蟹を食べる習慣がないので蟹料理の店そのものに馴染みがない。勝手がわからないがそれこそ旅の恥はかき捨て。この言葉は「みっともない振る舞いも旅先なら気兼ねなくできちゃう!ミャハ」ということじゃなく「未知の領域にもせっかくのチャンスにチャレンジしてみよう!」という意味に捉えたいものです。
平日の夜だし、蟹だし(?)、混んではいないだろうと思いつつ念のために予約をして出かけたがそれが良かった。なんと店先には「ご予約満席のため、本日は入店できません」の張り紙を前に途方にくれて携帯で連絡を取り合う何組ものお客さんたちの姿が。
イマドキの居酒屋チェーンみたいな風情の名前だと見くびっていたけど、タラバ蟹の料理店というジャンルと札幌観光の発展の一翼を担った歴史あるお店だったようで大変興味深い。
お店の来歴を読むと、そもそもタラバ蟹は戦後の重要な輸出品目として国が管理し、ほとんど全てが缶詰に加工されて海外に売り渡されていたというから驚いた。生鮮品の流通もあまり儘ならぬ時代に稚内から札幌へ果敢な挑戦で運び込み「札幌でいつでもタラバが食べられる」という観光の要としての役割も果たした(初期の店内にはステージを設けエンターテイメントの要素もぶっ込んでいたらしい)。なんとなく古い浅草の賑わいを彷彿しながら、店と街とが共に発展していった様子を想像してみる。居酒屋チェーンみたいな名前と思った「氷雪の門」も実は稚内にある戦没乙女の慰霊碑にちなんで名付けたというくだりまで読んで、いよいよ自分の無知さに恥入りたい気分。
裏路地が素敵
ここにはラーメン屋が並んでた

さてお食事の内容は御通しから始まってお造り、炭火焼、しゃぶしゃぶ、せいろ蒸し、揚げ物、雑炊、ゆずシャーベット。黙々として食べました。いやほんとに美味しかった。蟹ってこうやって食べるんだな、とまだまだ自分には知らないことが多いと感じた夜でした。

食後はすすきの散策。風情のある裏路地がいっぱいあってワクワクした。こーゆーところを誰でも安心して歩けるのが日本のいいところですね。この日は雨でしたが札幌は地下道が充実しているのであまり天候を気にせず歩けたのが良かったです。地下街にも地元の人たちで賑わう飲み屋がそこかしこにあって、楽しそうでした。

2017年7月5日水曜日

デッカイドー

北海道の観光CMでしたかね「デッカイドー、北海道」なんて昭和なキャッチコピーを思い出しつつ北海道旅行の備忘録。

そもそも、あれを北海道旅行と呼んでいいものかどうか。始まりはいつも突然で旦那が「北海道のチケット取りたいからいつから休めるか教えて」と言い出したのが4月のこと。旦那自身の都合を優先した結果、私の勤務日にどうしても旅行したいらしい。こちとら転職したばかりだし仕事のサイクルもまだわからんし、いつなら行けるかなんてわかんない。職場の様子も人間相関図も何もわからない中でいきなり「休んでいいっすか〜」とか言いにくいこと甚だし。だけど行くと決めたら止まらないのがうちの旦那。新しい環境に慣れるまで頭も気持ちも回らない事情をちゃんと説明しているにも関わらず、数日おきに「休み取れた?」と能天気に聞いてきて私に余計なストレスをかけることかけること。ストレスが女をダメにする〜♪と森高だって言ってるじゃないか。

最終的にヤケクソ気味に「もういいよ!チケット取れや。取れた日取りで休みくださーいって言ってくるから、プンスカ」と言って決まった日程が6月の中旬。旦那がせっつかなくなったのでようやく落ち着いて仕事に没頭し、旅行のことなど完全に出かける直前まで抜け落ちていた。
出発の前日に北海道のどこへ行くのかをようやく聞いた。お昼は羽田で空港遊びをしてから夕刻札幌。蟹を食べて就寝。翌日は余市でウィスキー工場見学、夜はサッポロビール園。最終日は新千歳空港遊びで味噌ラーメン食べて帰宅
駅だけ記念撮影
ほうほう、この人の企画する旅行はいつも「名古屋で味噌煮込みうどんを食べるよー、食べたよー、帰ろう」「熊本で馬刺し食べるよー、食べたよー、帰ろう」「京都で湯豆腐食べるよー以下略」「博多で水炊き以下略」てな感じにとんぼ返りパターンでいつも私が「ちょっと待て!せめて〇〇くらい見させてくれや」という形で観光が一個つくという形式。今回は珍しく2泊もとって色々考えたのね。遅ればせながら私もガイドブックをめくって地理情報をインプット。
「へ〜余市って石狩湾に面してるんだ。小樽で乗り換えならちょっと運河でも拝むか」
「あー、サッポロビール園の前後で時計台見ようと思ってるから運河の時間はないかも」
…企画したらしたで、意外と融通が効かないのね。
結局小樽は「また今度ね(いつだよ?!)」ということで余市からはトンボ返り。サッポロビール園までまだ時間があったので「せめて北大くらいは見せてくれろ」と頼んで生協でゴーフルをゲット(←いろんな大学のゴーフル缶があるんだよ)。

旦那がこうした旅行に私を誘うようになったのは8年くらい前からか。なんとなくだけど、罪滅ぼし的な気持ちで私を連れ出すようになったのだと思っている。
育児に専念していた頃の私は本当にお金を使わない人間だったし、超インドア派のゲーマーだったからどこにも行けなくても文句も言わずに家で子供とゲームしておもしろおかしく暮らしてた。それに引き換え旦那は貯金できない人間だし、仕事で観光地への出張の機会も多い。ローンと家計費を渡したらあとは俺の金という生活が長く続いた。
旦那はある時、仲間の奥さん話や自分の母親(←超買い物大好き人間)と比べて私が異常にお金のかからない女だということに気づいたらしい。私が働き始めてもなお一切自分にお金をかけないのを見て急に憐憫の情に襲われたのですかね?出張先で食べたあれが美味しかったから一緒に行こう。と、誘うようになった。

優しい旦那さん、と人は言うけどあれは絶対に何かを必死に誤魔化そうとしているのだと私は思ってる。私が育児期間中にやりくりしている間に、実に気持ちよく蓄えを使いきってしまった過去をなんとか挽回しようとしている風にしか見えない。私が働くようになってからは私の蓄えをあてにするようになってしまったし、なんとかご機嫌を取ろうと旅行に誘うようになったのに違いないんだ。
確かに旅行は誘ってくれるけど、当然の事ながら旅費はいつも仲良く割り勘なんだよ(^^;)

はっ、何この恨み武士。北海道旅行の備忘録に全然なってないじゃないか。
ということで旅行の話はまた来週

2017年7月1日土曜日

上半期おまとめ

いえね、別にまとめる気なんかサラサラないのにふとカレンダーを見たらもう7月じゃあ〜りませんか。実に一年が半分終わったところですよ。いや、ちょっと待てよ。人生が平均寿命的に80年あるとして、私ったらもうとっくに人生半分終わってますわよ。ありゃりゃのりゃ。

コップ残量理論とでも言うのでしょうか、コップに半分残ったジュースを「もう半分しかない…」と思うか「まだ半分ある♪」と思えるかどうかは運命の分かれ道。中身が青汁だったりした日には「うわ〜まだ半分もあるよ…」なんでしょうけど。
いずれにしても残りをどう活用できるかは本人の気持ち次第。つまりは気持ちこそがその人の運命を握っていると言えましょう。
まだある残り半分をどのように過ごしましょうかね。その前にもう終わった半分について振り返ってみましょう。
今年のメインイベントは転職かしら。衝撃的だったのは猫が死にかけたこと。これらをどう次に繋げるか考えるところから始める。猫のことは…それこそ共に過ごす時間に限りがあるという当たり前すぎることを認識したので命ある限り愛でまわすのみ!転職してからは鼻血が出そうなほど仕事が楽しくて、つくづくと自分が任された仕事を黙々とこなすのが好きなのだと認識した。誰にでもできる作業と言われればそれまでだけど、この人に頼むと正確で早いみたいな信頼感とかが今後は得られると嬉しいかな。

漠然と未来の抱負みたいなものが見えたところで、未来の区切りもつけておきましょう。残り半分をさらに半分に割ってみるのです。つーことは、次の区切りは9月の終わりまで。ここまで手を抜かずに正確な仕事をこなし続けていれば信頼も厚くなっていようし、元気な猫の姿もいっぱい写真に撮って貯まっていよう。それが達成できていればこの一年はそれなりにやり遂げた感が持てるだろう。もし、その時点で満足できていなくてもそれこそまだ半分残っているから年内に挽回のチャンスはある。
10月になったら残りの3ヶ月を半分に区切るのも忘れずに。ああ、人生はかように加速度的にすぎてゆく。

2017年6月21日水曜日

ヤマヤマヤ

すっかり梅雨でござんすねぇ。という風情をぶち壊す勢いの暴風警報が出ている本日、窓に打ち付ける雨粒を眺めながら梅雨入り前にそそくさと出かけた山登りのお話など。
帰りの駅で藪から棒なヤギの家
小屋の中でくつろいでた
山登りというほどの山ではなかったのですが、旧友に誘われて秩父方面にハイキングへ行ってきました。普段アウトドアとは無縁な生活をしているものの、新緑に囲まれて気持ちの良い季節を謳歌するのは楽しいもの。
このハイキングの経緯がまた妙なきっかけでありまして…私が流しのテクニシャン人生をスタートするきっかけになった最初の職場仲間に誘われたのが始まり。その職場は紆余曲折あって研究所自体が閉鎖に追い込まれて仲間は散り散りバラバラになったものの、声かけをしてくれる人物のおかげで10年以上もの月日がたつのに年に一度は同窓会と称して飲み会をする仲間になっています。
春先に行われた定例会で先生を囲んで飲み食いするうちに、その先生がおめでたい年に当たるという話題になり「それでは山男である先生を囲んでお祝いを兼ねた山歩きに皆さんで出かけましょうか」ということになったのがこの度の由縁。
まあね、蓋を開けてみたら参加人数4人という有様でしたが…。正直、私も猫が死にかけていたり、なんだりかんだりでそれどころではない状況だったのですが面倒な調整役を引き受けてくれた幹事さんを気の毒に思ったり、先生のお祝い企画なのに無碍にはできないという気持ちだったり、おつきあいってそういうものだろうと覚悟を決めて参加しました。したら幹事さんも土壇場で急用ができて不参加になってやんの、なんじゃこれ
結局のところ会いたかった旧友も不参加。世話になった上司、ほとんど没交渉だった上司、イベントはいつも不参加の誰にも打ち解けない先輩、そして私。ほぼ親しい人のいない状況で遠路はるばる出かけての山歩き。なんじゃこれの嵐。なのにお世辞抜きにとっても楽しかったんです。人には添うてみよ、山には出かけてみよ、ですね。

秩父には縁のない私。高麗と書いて「こま」と呼ぶその土地の名を見た時に歴史ファンの自分が真っ先に思い浮かべたのは「コウライ」「コウクリ」。どうしてそんな地名になったのかしらん、と紐解いてみると実際ここは高句麗からの遺民が住んでいた場所だという。時に7~8世紀の頃。新羅や百済に追い落とされた高句麗国の王族なんかが畿内の親戚縁者知人(もちろん王族だと思うけど)を頼って流れ着き、畿内にはもう住む場所がないということで与えられた土地がこの埼玉の地であったらしい。
8世紀頃の埼玉にはそうした土地がいくつもあったようで、幡羅郡(深谷、熊谷)新羅郡(和光、新座)高麗郡(高麗、飯能)などがそうであったという、いにしえのお話。
考えて見れば太平洋の潮を制御する技術ができる前は日本海こそが港の要で、埼玉に大陸の風というのは意外なようでいて北陸伝いに南下して来るのは自然なことなのだなと感慨ひとしお、目から鱗。
などと土地や地形の薀蓄にも豊富な人と一緒に歩く山歩きの楽しいこと。土地感のある人と一緒なら「あっちに何がある」「こっち行くとあれがある」と迷う不安もなくて心強い。
川には星屑のような綺麗な花びらが流れてた
山を降りた後の飲み処に詳しいのも何気に嬉しい。いつもは同窓会自体絶対不参加の気むづかしい先輩は以前よりとっつき易くなっていたので「月日は人を変えるのだな、この人とまともにお話ができる日が来るなんて思わなかったな」と思っていたら下山したら途端に再就職の斡旋を先生方に頼む方向に話題が移り、ああ、人付き合いってこういうものなのねという微妙な感想を持って1日を終えたのであります。何にしても新しい発見がある活動は得難いものです。

2017年6月6日火曜日

死生観

おすまし写真
小型犬を長年飼い続けている人を知っている。自分が猫を飼うまではペットの寿命なんて知らなかったので、およそ3〜4年でその家の犬が寿命を迎えるのを見て「小型犬って長生きしないのねぇ」と思ってた。今ならわかる。んなこたーない

ポメラニアン15才、ひ弱そうなチワワだって13才。むしろ小型犬は大型犬に比べても長生き傾向だという。小型犬の4才つーたら人間年齢に換算して30代というのだから驚きだ。なんという早逝。飼う犬全てがなんでそんな早死にしちゃうの?という目で見ると成る程、人間の食事だろうがおやつだろうが犬がそばに来るとその人は「この子、人間のものを欲しがるから〜」と与えていたなぁ…歴代ワンちゃんの大半は最後は糖尿病になっていた。「留守番はかわいそうだから〜」とどこへでも連れて行き、なのにレストランで食事する時は車中でお留守番させて(そーゆー時はかわいそうじゃないんだね)熱中症で死なせてしまったこともありましたね。
自分がペットを飼うようになって人間の食べ物を動物に与えてはいけない、自分の都合だけで可愛がってはいけない、そうしたことを学ぶにつれて知人の飼い主モラルの欠如に呆れたし、懲りずに流行の犬種を選んで購入してくる様子を見て嫌悪感が募り、なんだかんだで距離を置いてしまった。

だけど最近ちょっと考える。昭和のペットって今ほど寿命は長くなかったな、と。人間の残飯をエサにして与え、具合が悪くなっても病院になんか連れて行かない。しつけ?動物相手にナニ言ってんのミャハ。おそらく知人はその昭和スタイルを踏襲し続けたのだな。←最後の方はほぼ偏見だ(^^;)
我が家の愛猫が病気になり病院通いの今は思う。他のエサを欲しがっても療養食を食べなきゃだめ!嫌いな病院もいかなきゃだめ!とダメ出しされながら少しでも長生きすることを願われるこの子と、たとえ短命に終わっても飼い主に存分に甘やかされて過ごせた生き方と、どちらが動物にとって幸せなんでしょうね。
シンクロにゃんず
例えば苦しみが軽減されたり、症状が改善される治療なら受けさせてあげたいと思う。
どうせいつか死ぬんだから病院行って長引かせるのは忍びないと思う人もいるんだろう。逆に「絶対死なないで!」という無茶振りのために病院に駆け込む人もいる。
死なさないためだけの延命は自分の身に置き換えても無理だと思う。このあたりの治療の判断はその人の死生観に依るし、また信頼できる獣医さんに相談ができないと難しい。
おまけ
ノラ猫の宿命に真剣な眼差し
獣医によってはうちではもう見られないと放り出されるケース、はいはい預かりますよからの死にましたよ連絡で終了ケース、安楽死を奨めるケース、安楽死を認めないケースetc.本当に様々なケースが考えられるようです。ベストなのはもちろん「今こういう状況で今後はこうしたことが考えられる。できる処置としてはこれかあれか」と説明してくれる獣医さん。それでも実際にどうするかを決めるのは飼い主にしかできない。それが飼い主の責任 (獣医さんが全部決めてしまうケースもあるようですがそれも含めて全ては巡り合わせ)。

信憑性は疑わしいが終末医療の現場で患者が見る夢の聞き取り調査というのがあったそうだ。死んだ身内やペットが夢に現れる頻度が死期が近づくにつれ増えるという。そうやって無意識のうちに人は自分の死を受け入れる準備をしているのではないかという話だった。突然の事故や急病では事情が違うが、例えば高齢者が入退院を繰り返すうちに徐々に見送る方も覚悟が決まってくるなんて話もある。生死を行きつ戻りつする時間というのはもしかしたら死の恐怖を克服するために必要な時間なのかもしれない。

なんて、まさか自分が死ぬ時のことを想像されてるなんて思いもしない愛猫は、今私の膝の上。生き物は命ある限り、生きることだけ考える。

2017年5月30日火曜日

生きているのか?

おかげさまで猫も車も元気になりました。おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。と、魔女の宅急便なみにブンブン飛んでく今日この頃。

車の故障原因は燃料センサーのトラブル。旦那曰く「割とよくあること」らしくて問題部品を取り替えて工賃込みで4万円ほどのお支払い。整備不良とか致命的な欠陥を抱えているとか、そういう類じゃないから気に病むなと言われても公道走行中のエンジン停止はなかなかに修羅場だったので地味に心の傷になったっぽい。修理帰りの車を運転する手にヘンな汗が流れだす。信号停止のたびに足裏にあの嫌なエンジン停止の感覚がよみがえってきて、もー生きた心地がしない。「修理したんだから大丈夫」と自分に言い聞かせつつ気に病むモードが止まらない。

同時進行で体調不良だった猫についてもふと考えがおよぶ。せっかく元気を取り戻したのにいつ死ぬかもう死ぬかと考えながら猫と過ごすのはあまりに勿体無い話。せっかくとりとめた命なんだから、生きている限り共に過ごす時間を謳歌しなければ。人も車も猫も一緒か。今あることを楽しめなくて、なんのための一生か。帰宅する頃にはすっかり悟りを開いた修行僧の境地。いろんな不安に苛まれて、今生きているものが死んでいるようにして生きるのはもうやめだ、やめだ。明日を生きるために今日のご飯を食べるのだ!と、お釜を開けるとご飯は痛恨の炊き忘れ。オーマイガー!現実に引き戻された修行僧は阿修羅のごとく駆け出して行くのでありました。

さてここからは猫の病気の備忘録。高齢猫の4匹に1匹は腎臓を弱らせてしまうという。肝臓も腎臓も一度失われた機能は回復しません。なので弱らせたら最後、残った機能をいたわりつつ最後の時まで頑張ってもらうしかない。
うちの猫は昨年、結石による急性尿毒症を起こし腎臓に多大な負担をかけてしまったらしい。信頼できる獣医さんの処置で一命をとりとめ、すっかり元気になって以前よりずっと甘えるようになった我が家の猫ですが、腎臓が弱っていることはその時に知らされたので「次に何か来たらおわりだな」と覚悟はしていた。この一年はそれまでの素っ気無い性格だった猫人生を悔いるかのように、彼はかつてないほどスイートな時間を私たち家族と共有していた。猫をモノだと思ったらそれを失った時の喪失感は大きかろう。だから私は猫を物質ではなく時間なのだと考えるようにしていた。楽しかった時間は例え失われたとしても物質の喪失感とは少し違うはず。「あ〜、楽しかった」と懐かしみ慈しむことができる。できるだけ猫も人も楽しく過ごすよう大切に過ごした一年だった。

家族は誰も気づかなかったが私はすぐに猫の体調の変化に気づいた。「これは来る」と思ったので排尿障害の兆候を出したところですぐに病院に連れて行った。今回は結石の症状は見られなかったが血液検査で腎不全の兆候ありとの結果。脱水症状を緩和するため点滴をして血中の毒を薄める。入院を極度に拒む猫なので通院を決意←ちなみにその渦中に車が止まった(/_;)。これで回復するなら腎臓に負担をかけない食事療法に切り替えてまた騙し騙し残りの時を一緒に刻む。だけど、回復しなかった時は…その時は?

動物飼いがいつかは通らねばならぬ道。だけどいざという時に動揺して悔いを残すことがないように頭の隅に入れて置かねばならない覚悟。ペットを飼う=命を預かるという覚悟は始まりは誰も意識しないけど、ちゃんとしないといけないなと思うこと徒然な数週間でした。強くあらねばを合言葉に過ごした日々でもありましたが、そのあたりの心の葛藤や集めた豆知識などはまたの機会に。

あ、冒頭にもお知らせしたように猫も車も元気です。今日の通院は大いに拒否られて顔面を後ろ足の爪でえぐられました。今の私はブラックジャックのようになってるのよわさ。痛くても、今は猫の元気がただただ嬉しいのであります。

2017年5月23日火曜日

生きるか死ぬか

死ぬかと思った経験は、長く生きてりゃ何度かは遭遇するもの。先日、走行中の車のエンジンが停止しやがりましてね、そりゃもう大騒ぎ。まだまだつつくよ天中殺ということか。

車だけじゃないんです。実は一年ぶりに飼い猫が死にかけましてねぇ…。昨年、尿路結石が原因で急性尿毒症を起こした猫が再び体調不良を起こして血液検査をしたところ、慢性腎不全の兆候あり。これは老齢猫の大半が最後に通る道らしいので、そういう時期にいよいよ突入したのだと悲しみのうちに腹をくくりつつある今日この頃。脱水の症状を改善させてから再度検査をして養生できる方策がないか検討しようということで点滴のための通院を始めたところです。
その帰り道の交差点で車が「ぷすん」と停止。あなたならどうする?というわけでいつものように備忘録。もしもの時のイメトレにご利用いただければ幸い。

その前日、急激に気温が上がって炎天下の中をエアコンフル稼働で走行。信号停止の後、走り出そうとしたところでエンジン停止。慌てはしたけどすぐにハザードをつけて後続車に「ごめんね、ごめんね」のジェスチャーを車中で激しくしながらエンジンを掛け直す。2回ほどエンジンのかけ直しをして、幸い復活したのでそのまま動物病院へ。ここで気が動転するとうまくかからなかったり、最悪の場合はサイドブレーキもなしにエンジン始動してアクセルフルで暴走も有り得るな〜、と昨今の高齢者運転ミスの頻発について考える。とにかくこういう時は声出し確認しながらでも落ち着いて行動しよう

翌日は仕事を終えてから動物病院、その帰り道。なので夜の涼しい時間帯。狭い路地から主要道路へ出る際に一時停止。安全確認して出だしのところで「ぷすん」と停止。
ブルータス、またなのか!そこは下り坂だったのでブレーキペダルを離した段階でゆるゆると坂を降下し始めた。「慣性の法則で坂を降りつつ路側へ寄せて停止すべきか」と、一瞬頭をよぎったがそこで雑念が入った。「つーか、うまく行けば家まで辿りつける?(家はその坂の下だった)」この雑念は実によろしくなかった。ないないない!そりゃないよと独りツッコミ開始。判断が怪しくなったので、もっと最悪な主要道路を塞ぐ形での停止を避けるためその場での停止をすんでのところで決断。主要道路に頭を突っ込む変な形でハザードをつけてエンジンを掛け直すが今回は何度やってもかからない。
そうこうするうちにあっちからもこっちからも車がやって来て抗議のクラクション。主要道路の方の車はなんとか避けて通ってくれるが、路地の後続車は通せんぼ状態でご不興のご様子。車を降りて「エンジンがかからないので申し訳ないが迂回してくれろ」と頭を下げること数台分。
JAFへ出動要請を出しつつ、その通話途中でやって来る後続車や対向車に同時進行で事情を説明しててんてこ舞い。その最中にキャリーケース内の猫はゲロリンパし始める。いや〜死ぬほど焦った。
とはいえ、焦って死ぬ人なんてそうそういませんよ。本当に死ぬことを思えば、これしきのことなんくるないさ〜(/_;)と折れそうそうな俺の心をなだめつつ対処。と、そこへ救世主現る
「後ろから押すから、乗って乗って!ギアをニュートラルに入れて」と指示を出す男性が登場。JAFとの会話を中断して車に乗り込みサイドブレーキを外してギアをニュートラルへ。男性はえいさっと車を押して主要道路を横断、そのまま車通りのない路地へ私の車を押し込んでくれた。いやもう、本当にありがたかった。お礼をしたいので名前なり連絡先なり教えてくれろと頼んだが、固辞して爽やかに立ち去る男性。どこのどなたか存じませぬが本当に本当にありがとうございます。どうか、かの男性に良いことがありますようにと今はそう願うことしかできませんが、本当に助かりました

さて、おさらいです。道路走行中の緊急事態マニュアル
できれば車を安全な場所に退避
退避できないならハザードをつけて周囲に緊急事態を周知
(私は)スマホでJAFの出動要請番号を探して電話、どこで何が起きているか簡潔に話す
「道路走行中に車が止まって道を塞いだ状態になっています」「場所はどこそこ」
自宅近くで土地感があったため「どことどこの間の何某交差点」と説明できましたが知らない場所なら至近の電柱に書かれた地名と目印になる建物を説明しましょう。今は携帯GPSから場所を割り出してくれることもあるようです。
道を塞いで交通誘導の必要がある時は警察にも連絡を(これはJAFから指示があった。救世主が車を退避させてくれた旨をJAFに説明すると警察連絡はしなくてよくなった)

ヘトヘトになって自宅に帰り着き、猫のキャリーケースを開けると「帰宅にどんだけ時間かかっとるんじゃ、ぼけ!」と盛大な後ろ蹴りを私に食らわせて猫遁走。あなたがそれだけ元気なら、それだけでカーサン嬉しいわ。がくり
猫の病気についてはまた書こうと思います。今はただ「困っている人を見かけたら、今度は自分も爽やかに助けてあげられる人になろう」と思うのみ。皆様におかれましても、どうぞ事故にお気をつけて。そして万が一に備えて常にシミュレーションをしておきましょう。それではまた

2017年5月16日火曜日

記憶に生きる

一身上の都合で転職して部署替えをしたものの、今の職場にはかれこれ2年通っている。ところがどっこい思い返せば数年前、今の職場のさらにさらに別の部署で4年近く勤務してた経歴があったことを思い出しました。その時撮った近隣の写真を眺めて思うところ多々あり。今回はそんな写真群の備忘録。
まずは至近から。職場の窓の外風景の比較。現在の職場は近代的なビルのかなり上階にあって眺めが良い。対してこの春まで在籍していた場所は古めかしい建物。
新窓:スカイツリーが見えるよ
旧窓:意味不明に密林
いや、どうなの。部署が変わるだけでここまで風景が変わるものか。古い建築物好きの私としては以前の場所も嫌いじゃなかったけど、如何せん古すぎて天井が剥がれ落ちて来たり蛇口からは赤茶色の水しか出て来なかったり、なんかヤヴァイ動物が生息してたり(^^;)お世辞にも仕事がしやすい環境ではなかった。じゃあ、今は快適か?と言われると建物自体は新しいけどエレベーターで移動しないといけないのが鬱陶しかったり、靴を履き替えろとか言われるのが面倒くさい。←わがまま
旧旧窓:しかも遺跡出て来て調査してるし
数年前に勤めてた部署は建物の位置が少し離れてるのですが、こんな感じ。写真中央(遠方)には建築中のスカイツリーが写ってる。
こんな風に古い写真を探っていてちょっと面白懐かしいものを見つけた。木造3階建てアパート本郷館。王道の下宿屋スタイル。
本郷館のこの貫禄よ
2011年まで
人が住んでたから驚きだ


行きつけの蕎麦屋のそば(シャレじゃないよ!)にあったので面白いな〜と思って撮った写真。今ではその蕎麦屋(藪蔦)もそして下宿屋という居住形式も無くなった。わずかに写真と記憶に残るのみ。
別の角度から旧本郷館
新本郷館、つまんねーな
以前も書いたけど、撮った時はなんでもなかった一枚が時を経て貴重な一枚になったりして、本当に写真は面白い。「残すべき一枚」を意識して時々写真の整理をすることをオススメします。おまけの一枚は中華屋さん。こーゆー名前の付け方、好きだわ。無くして欲しくないわ〜。
おまけ

2017年5月10日水曜日

炊飯器で今を生きる

かれこれ15年ほど酷使してきた炊飯器が替え時を迎えた。パッキンがイカれたのでしょうね。保温にしておくとご飯が干し飯みたいになってしまって、なんともあじきなし。これには紀貫之もびっくりでしょう。

お芋は水少なめでホクホクに炊ける
買い替えに当たって考えた。さて5合炊きって必要だろうか?家族が揃って家で食事を摂ることもすっかり減り、気がつけばコンスタントに炊くご飯の量は2合程度。調べてみるとやはり5合炊きサイズで2合しか炊かないのは電力の無駄っぽい。
いずれ孫ができて親族が集まって「さあご飯を炊きましょう」となった時に困るからやっぱ5合かな…とか考え出すとキリがない。そんないつ来るかわからない状況に備えて生活用品を整えるのは実によろしくない。私たちは今を生きているという感覚で生活を整えるべきだ、とはかなり昔に読んだ本に書かれていた言葉。「いつか素敵なお家で暮らす時のために」と一張羅のテーブルウェアを仕舞い込んでいた人物が一念発起して狭いアパート暮らしでも惜しみなく華麗なお皿や器具を使って生活を始めたら運気が拓けたみたいな話だったと記憶しているが、これって実は大切なこと。「いつか…」という夢を描いてその努力をすることは良いことですが、それと今の暮らしを我慢や忍耐でいっぱいにするのは別のこと。今の暮らしを最大限良くすることが日々の生活の活力になると心得ましょう、そうしましょう。

話が逸れた。てな訳で3合炊きの炊飯器をえいやと買いました。いろいろ調べて圧力IHをチョイス。圧力ものは3合サイズでは5合ほどの威力を発揮しないなんて情報もあるのですが、普通のIHと圧力IHはお値段的にたいした違いがなかったので旦那が圧力推しした。それで思い出した。3合と5合で比べると両者はお値段が段違い平行棒!やっぱり3合炊きにしてよかった。お値段が倍くらいに跳ね上がるのね。
3合炊きのオススメポイント
財布に優しい。お釜が軽い。コンパクト。2合しか炊かない人には消費電力も節約
こんな感じから
残念ポイント
小さくてままごと感が拭えない。お米をほぐしにくい。
サイズに慣れれば払拭されるんだろうけど、初回はおっかなびっくりよそったよ。

本来なら新しい炊飯器についてあれこれレポしたり紹介したりすれば良いんでしょうけど、今回のメイン記事は実は古い方の炊飯器の話だったりする。保温機能がお釈迦になったとはいえ、炊飯機能は生きている。これを捨てるのは実に惜しい。
ということで彼(?)には調理器具として第二の人生を送ってもらうことにしました。20代のころに炊飯器でケーキを焼くのが流行ったことがあるのですが、その時に油分でお釜が傷むということを学習したので炊飯器調理は長らく敬遠していた。新しい炊飯器が来たからにはこれからは恐れ無く使うことができる。
炊き上がりこんな感じに

さて久々の料理メモ
カボチャの煮物
煮物サイズに切ったカボチャを皮目を下にして炊飯器に並べ、めんつゆとひたひたの水を注いで炊飯スイッチぽん!今回は300gくらいのカボチャにめんつゆ50ml+水200mlくらいだったけどちょっと味が濃いめだった。炊き上がりは水分がちょうどなくなってほくほくの仕上がり。うまい。濃いめだけど
ポトフ
キャベツ半分をざく切り投入。玉ねぎ一個は4等分カット。人参とベーコンも適当に入れて顆粒コンソメぱらぱら。ひたひたの水を入れて朝に炊き上がるように予約炊飯ぽん!
目覚めに野菜スープの香り。保温して待っててくれてるから起き抜けに温める必要もなしで偉いぞ、炊飯器!思ったほど野菜から水分が出てなかったのでスープ仕立てにするには水をもう少し入れても良さそう。

完成したら鍋に入れ替えて
調理が済んだら鍋や別容器に入れるようにしてお釜をいたわってあげてください。写真がないけど、豚の角煮も美味しかったです。最初に豚バラ肉を鍋で炒めつけて油をある程度落としてから炊飯器に長ネギを敷いて、その上に置いて調味料と一緒に炊飯。調味料は酒、みりん、醤油を50mlずつだったかな?生姜スライス3枚とネギが浸るくらいに水を入れた記憶がある。
うちは蒸し器がなかったんだけど、これは蒸し器としてもいけそうなんで今から次に何を作ろうかと楽しみでしょうがない。素敵なアイデア募集中。

2017年5月2日火曜日

9度の生命

欧州の言い伝えなんですかね?猫は9度の人生を渡ると言われているそうです。「百万回生きたねこ」なんて物語はここから来ているんですかね?
フイッといなくなっていつの間にかまた戻ってきてたり、猫の目のように気まぐれで神秘的な感じからそんな風に「一度の命で9回も生き死にを繰り替えす」と言われきたのでしょうか。あるいはそんな形で失った猫について思いを駆せた人の言葉だったのか。

さて今回は久々にタロットの話題ですよ。猫のタロットカードを購入した際についてた本にあった「九度回生」というリーディングをご紹介。←名前は私が勝手につけた
この占いは人生の節目を新しい人生というくくりで見立てて「この度の人生における自分」について考察するものです。
それではいつものように気が済むまで好きにシャッフルして9枚めくりましょう。

1、この度の役割
2、完成のために付与された力
3、これまでに習得して来た力

4、分岐となるもの
5、注視すべきもの
6、来たる冒険

7、学ぶべきこと
8、与えるべきこと
9、解き放つもの

ご随意にオマケカード

参考になるのか甚だ疑問だが「今月の私」について
1「隠者」努力の末に高い木に登って大局を見る猫
2「金貨ナイト逆位置」自分の喜びのために行動する猫
3「ワンド6」追随に応えられるボス猫
人から期待され、それに応える力もある。しかし力を発揮するには全体を見渡す努力と内省も要求される。決して無理をしないで出来る範囲の努力に留めて自分を労わるように。

4「輪逆位置」回転をコントロールする猫
5「猫逆位置」尻尾に導かれる猫。しかし迷い過ぎる猫は独りぼっち
6「金貨2逆位置」平衡の猫。慌てずに厄災を避けて
輪の中心がどこか分かっていますか?それが分かればコントロールはできる。過度に迷わないこと。地に足つかない人はやがて孤立します。台無しにするような選択は避けて、あれもこれもとする時ほど平常心で対処して。

7「剣エース」慎重さと気づきの時
8「剣9逆位置」現実ではない夢にうなされる猫
9「力」本能に導かれても支配はされぬ猫
慎重さを学べ。危険を避けて最適なものを選ぶべき時。また悪夢を恐れず現実を見据える姿勢を内外に示せ。本能に支配されない克己心で次の節目へ繋げよ

考察
新しい職場で一ヶ月が過ぎました。いろんなことを任されてヤル気も責任感も好奇心も、フル稼働であっという間でした。もちろん緊張も連続状態。この緊張も含めて好きでのめり込んでいる状況ですが、金貨ナイトの逆位置から頑張り過ぎないようにとのお告げ。
「今回の人生を完成させるために与えられた力」ということなので、興が乗るといつも張り切り過ぎてしまう私に制御をおぼえるようにと言っているようです。

下地(過去、潜在)となる123を受けて456はこれから起こる注意点(現在、顕在)。ここでも「制御」に近いキーワードが見られます。職場における自分の立ち位置を見据えて独走を防ぎ、危険や失敗という冒険には慌てず対処するという予測図。隠者の「大局を見る」と被りますが輪の中心を捉えて自分で運命の輪をうまく回して行くことがポイントのようです。
そして次の人生へと繋がる未来へ向けた準備が789の三項目。慎重さを学び、かつ失敗を恐れない現実的な視野を示せる、そんな5月を目指して生きていこう、おー!

くどいようですが占いは「当たる、当たらない」じゃないんです。ちょっとした仮説や予想を立てて、どんな風にやっていこうかと今後の指針を立てるのが一番の目的。
おっと一枚忘れてた。本日のオマケカード
「女教皇」導きを信じよ、次のステージへ行く準備は整った

2017年4月26日水曜日

動物園においでよ!

シロフクロウのウィンク
よく口を開けてる
動物園って遠足とかスペシャルなイベントで行くところなイメージがあったけど、通ってみると色々と面白い。上野動物園は大人の入園料が600円ですが年間パスポートは2400円(2017年現在)。一年に4回以上行けばペイできてしまうお手軽さ。季節ごとに行くつもりになれば年パスを買うのも悪くないと思います。
上野のお山の春夏秋冬を楽しみつつ動物巡り。金曜は周囲の美術館が夜8時まで開館しているので、動物園のあとで美術館なんてのもオツな感じ。美術館内には洒落たレストランもあるし、なんとなればそのまま上野御徒町で飲み歩くのも楽しい。
大概の人は動物園に行くと普段以上に歩き回るので帰る頃にはヘトヘトですけどね^^; だからこそ、いっぺんに全部回るのではなくて今日はサバンナちほー、次回は水辺ちほー、と小分けにして楽しむつもりで年パスおすすめ!
夏の日のレッサーパンダ
あっついね〜

動物園の回し者か?!と思われてしまうけど、動物の世話には大変お金がかかります。また大変な労力で動物たちが集められそこで暮らしています。動物愛護の観点から言えば「かわいそう」と思うムキもございましょうが、それでも私は動物園の持つ役割を大変意義のあることだと考えています。世界中にこれだけ多種多様の生き物がいて、命の不思議と気候地形の不思議とありとあらゆる探求のタネにあふれている空間。図鑑やテレビでは得られない、みんなみんな生きているんだという実感を実物で得られるこの空間は特に子供時代に与える影響が大きい。未来に向けて無くして欲しくない施設の一つです。
というわけで志ある方は動物サポーター制度にも是非ご協力のほどを。いや、本当に私は動物園の回し者じゃありませんけどね。
 上野動物園の動物サポーター制度のリンクはこちらをクリック! 
他にも会費2000えん、とお手頃な友の会なんかもあります。みんなで動物園を応援しよう!

冬の日のワオキツネザル
よく見ると穴の中でみんなで暖をとってる
上野動物園は開園記念日に無料開放していたり、夏休みの10日間ほどは開園を夜8時まで延期していたりと色々な企画をしています。私のように通勤路として使ってる風味の人も見かけるし、カメラ小僧が贔屓の動物に一日中張り付いていたり、近所のご隠居さんが散歩に使っていたり、意外と一人で来ている人も多いのでぼっちで回っても不審者扱いはされません。多分…

おっと、忘れるところだった最後に良い子のお約束。動物の写真を撮る時はフラッシュは焚かない!これ、気をつけてあげてください。動物によっては失明の恐れもあります。
大きな音が苦手なアイアイ
暗い展示室にいますがiPhoneフラッシュ無しで撮っても
後で画像処理すればここまでできます
今時のデジカメはフラッシュ無しで撮ってもPCで画像処理すればそれなりに写るんデス。むしろガラスに反射したりするのでフラッシュはうまく撮れない要因になる。絶対にフラッシュを焚いたり、振り向かせようとして驚かしたりは無しでお願いしますね。
それではみなさん、良い動物園を!