いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。

2013年12月30日月曜日

煉獄だより〜転生編

前回の結びが予告に見えなくもなかったので『巨人の星』ばりに鞄の話をひっぱり続けてみます。まずはバッグを手に入れるまでの紆余曲折なんぞ。

裁きを待つ者が地獄の手前でウロウロおろおろする場所、そこが煉獄(当社調べ)。身の丈に合っているかどうか定かではないバッグを入手しようとする私の不安と戸惑いとヘンな高揚感は何に例うべきや。
あの日、頭を冷やすためにブランドショップからぴゅーっと逃走もとい、後にした私は
日を改めて地元デパートへ再確認のために出向いた。あのバッグを利用する際にするであろうココ一番装備を身につけて、気分はすっかりボスキャラ討伐の旅路
ショップ入り口に展示された目的のバッグ。あぁ、やはりアレはいいものだ〜。覚悟を決めて店員さんに色味をよく見せて欲しいと頼む。自然光に近い場所へ移してもらい、姿見前に通され全体像をチェック。靴、コート、グローブ、このバッグのためにピックアップしてきた手持ち装備とのバランスは…大丈夫!この最終装備なら遜色ない。問題はこの格好以外のコーディネートを私にひり出せるかどうかだが、この際そこは目をつぶろう。ロープレの勇者だってだいたいいつも同じ格好してることだし。

こうして念願のセミフォーマルバッグを手に入れて、私の鞄ジプシーの旅は終わった。…と思わせて、この話にはまだまだま〜〜だ続きがある。
買い物後の満足感に浸りながらバレーパーキングで自分の車を待つ間、待ち合いで居合わせた一家の奥さんがブランドバッグを持っていた。いつもなら気づかないが、先刻まで居た店に陳列されてたバッグなので流石の私もすぐにそれとわかった。というかね、バッグがやたら悪目立ちして目で追ってしまう。新品でピカピカつやつやの革製品だからというのもあるが、それだけが原因ではない。

中略

色々書いてみたけど他所様の格好をアレコレ言える資格もないので、そこは割愛。端的に言うと「奥さん!雑誌の言う普段使いにまんまと騙されたね」という感じ(前回参照)。都内レベルの普段着ならブランドバッグでも浮かなかったろうが、その一家は私が毎日隣県(農村部)の農道で見かけるレベルの普段着だったのだ。ある意味、素朴で飾らない格好なのに奥さんの右肩だけ何故そんなに飾り立ててしまったか…まさに浴衣に高級エナメル草履状態。
一家はオプション装備満載のごついワゴン車に乗り込んだが、そのナンバーはドンピシャリ、隣県もの。隣県を腐すつもりはないので念のため。意外と日本は平均化、画一化された世界ではないということが言いたい。「普段」の一言ひとつとっても事情は色々違う。なのに情報発信源(都市部)だけが日本のスタンダードのようにいつも皆を錯覚させて混乱(混沌?)を巻き起こす。(それとも私が知らないだけで実はこのアンバランスコーディネートが日本のスタンダードになっているのか?)

車といいバッグといい、おそらく我が家なんかよりずっとお金持ちなのが分かるのに、この間違い探しな感覚をどう表現したら良いものか。なるほど私も旦那の協力でブランドバッグを手にすることはできたが、果たしてそれで満足していて良いものだろうか…。
優れた馬術を体得している人は、どんな馬でも見事に乗りこなす。それが名馬を与えられれば、見事な技を馬とともに披露して見る者を魅了するはず。しかし大した技を持たぬ乗り手が名馬だけ手に入れたとしても、それは互いの持ち味を台無しにしかねない。人と鞄もまた、かくのごとし。
とまあ、そんな事を考えた。私は馬術なんか、やりませんがね。
「気をつけなければいけない」そう思ったブランドショップの帰り道。道具は使いこなしてこそ。これからは安いのも高いのも、どんなバッグでも見事に使いこなせるように励みましょうぞ。私のオシャレ道はまだ始まったばかりなのであります。

これにて私の鞄談義は、一巻の終わりにございます。また来年もよろしくお願いします。良いお年を!

2013年12月23日月曜日

不断の普段〜逡巡編

都内に出かける時と仕事に出かける時とで着ているものがガラリと変わる。そこを評して「あなたは、つくばを舐めすぎている」と言われたことがある。人目につかない車通勤なんで、かなり油断ちゃんな格好なのは事実。意識してたわけではないが、部屋着 ≦ 通勤着 < 近所 < 近隣市街地 < 都内 < 帝国ホテル(^^;)という順で私の女装レベルは確かにランク付けされている。
さてここまでは話の枕。こんな私がセミフォーマルなバッグを買いに出かけた顛末記が始まるよ!

東京は日本橋の高島屋だの三越だの、ちょいと野暮用がてらに立ち寄って初めてじっくりブランドショップなるものを物色してみた。というのもネットで情報収集をするうちに『30代以降のオトナのオンナは普段使いバッグにブランドバッグ(相場は10~20万円!)を持たなくちゃね』みたいなサイトや掲示板に幾度も行き当たってはなはだ疑問を感じたから。普段使いで10万とか私としてはべらぼうなんですが、どうなんでしょ。
ブランド物を買いあさる趣味はないけど、かといって毛嫌いするつもりも別にないんですよ。曇りなき眼で見て、良いと思えるものはやはり良いと思う。こんな機会はなかなか無かったので、ここはイッチョ、来て見て触ってブランドショップも覗いてみよう!これが煉獄の始まりだったのでございます。

まずね、日本橋の百貨店群はこうして見ると地元デパートとはまるで違うよ。すれ違う人は皆、上品でお洒落にキメている。私のようにヨソ行きに身を包んでココに来た人はおそらくこの内の半分。残り半分はこの状態が普段レベルの人達、多分ね。つまり私で言うところの都内女装レベル=この人達の普段着ということ。成る程ブランドバッグを普段使いにするとは、こういう人達の話なんだ。都市部の普段と田舎の普段はフダンが違う。雑誌や一部サイトの言う「普段使い」を真に受けて私なんぞが地元の街をブランドバッグひっさげて歩いたら滑稽な事この上なし。それは浴衣着てるのに振袖用の草履を履いてるみたいな感じ?激しくアンバランスなのよね。「こちらは普段使いに最適ですよ」と声かけしてきたブランドショップの店員さん、私の普段レベルを見たら同じ台詞はもう吐けますまいよ、ふふふのふ。(←言ってて空しい)

フォーマルバッグと普段バッグ(都市部編)の両者を吟味してきたが、ちっとも目的のセミフォーマルバッグに辿り着かない私。どうしてこんな回り道をするのかと言えば、平たく言うとお洒落ドシロウトなのでイメージトレーニングに大変時間がかかるのでございます。「アレが要る」と思った時に未熟者なので「欲しいアレ」がすぐに思い浮かばない。「自分が求めるものは何か」が確立されていないとこんな形で弊害が出る。年相応の物を持たないと恥ずかしい、というのは詰まる所、その年になるまで自分スタイルができてないのは恥ずかしいという事なんでござんすねぇ。しみじみ

で、どうにか欲しいバッグのイメージが固まり「ブランドバッグも悪くはないけどコストが私のポリシー(モノに依るけど鞄に20万は出さねーよ、おっぺけぺー)に反する」という所に辿り着いた頃、その瞬間は訪れた。
とあるショップの前を通りすぎた時、カウンター上の鞄が目にとまり「おぅ?」と立ち止まる。同行していた旦那も同時に「あれは」と言って同じ鞄に視線を注いでいる。もしかしてコレじゃない?私がイメージしてた鞄。
鞄に呼び戻され店内に吸い寄せられる二人。ムーミンに出てくる双児のトフスランとビフスラン(と思ったらあの二人は夫婦だったのね)みたいになった私達はその場でコショコショと秘密会議を開始する。いいねでも大きさがちょっとね色味もコレじゃんよ持ち手がイマイチよ値段がわかんないねわかんないねぇ聞いて高かったら一目散に逃げよううん逃げよう。逃げるこたないけど結果的にはこのバッグは私の望んだサイズより若干大きく、候補からは外れた。しかし店員さんが同じシリーズのスモールサイズがあると言って出してくれたバッグがドンピシャリ。
変わった色合いも大きさも
古典型を掘り起こしてモダンにしたというデザインも
お値段以外は全てストライクゾーン
その後、紆余曲折(その話は割愛^^)して惚れたバッグを私はようやく手に入れることができた。いみじくも「お気に入りの品なら値段なんて関係ない」なんて前回書いたけど、真逆のベクトルで値段関係なしに気に入った品を買ってしまったわけだ。あな恐ろしや。
私が鞄に出していいと思える金額Aと、よっぽど気に入ったとしても上限はここまで!という金額Bの二つがあって、偶然その二つを足したお値段だったのも購入のきっかけになった。「金額Aを君が出して金額Bを僕が出せば買えちゃうじゃん」と旦那が言ってくれたから。この偶然がなければ多分私は今も鞄ジプシーを続けていたことでしょう。そうしてそのまま一生買わずに人生を終えていたことでしょう。マジでマジで。
今更だが金額Aバッグを私が買って金額Bバッグを旦那に買ってもらえば上等な鞄が二つもゲットできたのかも…なんて思わないでもないが、それはそれ、これはこれ。

さてブランドバッグ狂想曲とも言うべき真の煉獄はここから始まるわけですが、それはまた別のお話。

2013年12月15日日曜日

手鞄を買いに〜準備編

30代のある日ある時、もう合皮の鞄は買わないぞ!と思い立った。独身時代から使い続けた鞄(合皮モノ)のほとんどが擦り切れて、ちょうど絶滅を迎える時期だったのだ。それは子育てが一段落してお一人様のお出かけが増え始め、傷や汚れのついたバッグを持ち歩くのに躊躇し始める時期でもある(専業主婦限定)。子連れという免罪符もなくなり、汚れて古びた鞄を持ち歩くのもそろそろ卒業!年相応にキチンとした鞄を買って大事に使おう!と思うようになった。それが、ザ30代。

意外と沢山あるのが女の所持する鞄と貯金
しかし一つを除いて見事に全てが6000円以下 ^^;

そして40代の今、独身時代からココ一番の時に使い続けてきた革の鞄(ちなみに貰い物)が経年劣化でお釈迦になるという緊急事態発生!本革製品よ、お前もか!!時を同じくして生協で購入した慶弔用フォーマルバッグにも猫の爪痕がザックリ刻まれているのを発見。困ったわ、これじゃ舞踏会に持ってく鞄がないじゃない!そんなとこ呼ばれないけどねっ!
「お気に入りの品なら値段なんて関係ない」と言えるのは30代が限度。TPOに合わせて年相応のモノを持たないとなんだか居心地が悪くなり始めるのが40代という頃合い(当社比)。趣味の帝国ホテル遊びに出かけると、お洒落で上品なご婦人方を見る機会も多く不思議なもので私もそれなりに目が肥えてきた。やはり良いものとそうでないものは自ずとわかる。それは品物の良し悪しという問題だけではなく(それもトータル的には反映されてくるが)、マナーやエチケットをキチンと押さえたお洒落が結局一番格好良く見える。格好いい人を見ると「私もかくありたい」と思うが人の常。ムリしてまでお金持ちのマネをする必要はないけど、目標にするのは悪いことではない。てなわけで、ハレの日(女装の日)のお出かけ使用に耐えうるバッグを買いに行くぞー、おー!
弔事用のフォーマルバッグはそれ専用を用意するとして、狙うは「フォーマルほどカッチリしてなくて、しかしよそ行きとしてマナーの基本を押さえカジュアル路線とは一線を画す」的なバッグ。こうして未だかつて無い鞄ジプシー生活が始まったのでございます。

ここでフォーマルバッグのおさらいです。ググってみましょ。「肩にかけるショルダータイプではなく、手で持つハンドバッグが正式。持ち手はシングル。開口部にはカブセがあって持ち手はそこ(天)に付いている。色は黒。素材は(特に弔事においては)革製でないこと
どうでしょう?所謂お葬式バッグですね。四角四面で面白味に欠けるので葬式以外ではとんとお目にかからない。実際に今時のフォーマル(公式)な式典(入学、卒業、披露宴等)では皆さん必ずしもフォーマルバッグではお出ましにならない。基本を押さえた人は上品な家庭の印象を与えるけど、あまりキチンとしすぎると近寄り難い印象(&浮いてしまうんじゃないかという心配)を醸してしまうのがムズカシイ所。その辺りを踏まえて女性陣は日夜「あ〜でもない、こ〜でもない」と思い悩むのであります。上述の発言(基本を押さえたオシャレは格好良い)と矛盾するようだけどオシャレの機微は実に複雑怪奇。適度にアソビを入れて肩の力を抜くのも威圧感を与えないエチケットの一つ。あ〜、女装って本当に奥が深いわ〜。

じゃあ、結局どーすんの?というわけでリサーチの結果、品質、お値段、デザイン、知名度のトータルのバランスが良いのは、どうやらここらしい。
革を避けたかったらホースヘアーなどいかがでしょう。

コンテスは店舗に足を運びましたが、これこそ工芸品の類い。お値段も美術品なみでしたので目の保養だけで逃げ帰りましたが、本当に溜め息の出るような美しさ。機会があれば是非実物をご覧ください。

さて幾つかサイトショップを見るとお気づきでしょう。フォーマルと銘打ってもシングルハンドルじゃなかったり、被せがなかったり、はたまた弔事用布バッグでも側面には牛革が使われていたり…。智恵子は本当の空は東京に無いと言ったそうですが、フォーマルバッグもしかり。「正しい〇〇」なんて、実は今となっては気持ちの問題でしかないっぽい。言葉と一緒で、マナーも少しずつ時代と共に変化してゆくのでございます。
でもね、例え迷信(?!)でも基本を知っているのと知らないのとではモノのチョイスも違ってくる。基本を押さえた上で自分なりの換骨奪胎を図るのが本当のオシャレというもの(そうなの?)。
んで、ハタと気がついた。私、別にフォーマルバッグを買おうとしてたワケじゃないのよね。あくまでもセミフォーマル希望。というわけで、この話つづく(^^;) / 
次回、煉獄編に御期待ください。

2013年12月6日金曜日

ナインカードspd

さて長期に渡ったタロットヌーボーシリーズですが、各カードの説明が終わったのでスプレッドの紹介もしておきましょう。付属冊子についていたスプレッド(占い方)がこのナインカードスプレッドというもの。文字通り9枚のカードを展開(スプレッド)します。以前up した写真が残っているのでそいつでイッチョご案内しましょう。

まずカードをシャッフル。タロッティストによって作法は色々のようですが、俺式は占いたいことを一途に思い描きつつ満足いくまでカードを混ぜればそれで良しとしています。ちなみにヌーボーさんは逆位置を取らないカードなのでテーブルの上でグルグルかき混ぜるとか、そーゆー場所をとるようなシャッフルはいたしません。
あとはカードの山(パイル)の上から写真に付けた番号順に並べていくだけ。この写真のスプレッドを行った時は周辺の人間関係に複雑な波風が立っており、それに対して自分がどういうスタンスでいるべきかを占いたいと思っていました。さて、お立ち会い

1 相談事の質、質問の善し悪し(?!)  皇帝
2 質問に隠された呪縛        愚者
3 呪縛が表出する契機      ワンド(杖)8

4 答えを得るためにするべき挑戦 ペンタクル(金貨)ナイト
5 将来的に熟慮すべき問題    カップ(聖杯)5
6 答えを得るためにするべき負担 ペンタクル(金貨)3

7 あてがわれる任務      ペンタクル(金貨)2
8 問題の別の視点       ワンド(杖)クイーン  
9 解決策           カップ(金貨)ペイジ

3つのブースに分けたのには理由があります。最初の3つは過去に関するもの。問題の出発点、問題に起因するもの等が表されている。次の3つには現在行うべき責務、考察、覚悟が、そして最後の3つには未来に向けた課題、俯瞰、解決方が示される。
実はタロットリーディングのどのスプレッドも突き詰めると全ては「過去、現在、未来」の3つを基本としている(と、私は勝手に思ってる)。タロットには多様なスプレッドがありますが、自分にあった占い方法を探るうち結局全てのスプレッドはこの三本柱のバリエーションでしかないと気づいた次第。それは「潜在、顕在、可能性」でもあるし「命題、反命題、統合」という言葉でも表される。
閑話休題。参考までにどうやって読み解いたか実例を書きまーす。

1、皇帝は不安定になった人間関係に対して私が安定や権威による守護(混乱の中で統制をとる人)を求める気持ちがあったことを示す(かな?)。トラブルが表面化するまでの私はまったくの2、愚者であり、周囲が早い段階から苦しんでいたにもかかわらず自分だけ無邪気に蚊帳の外にいた。3、杖の8は自分のこと(仕事)だけに夢中になっていたためにそうした状況(蚊帳の外)を招いたと言える。過去に自分だけ無傷でいたことが現在の悩みの起因であり、何か自分にできることがないかと考えたのが占いのきっかけだった。ここに至って何について自分の気持ちがざわつくのか確認

4、金貨のナイトは私に信頼できる人物たれと諭し、将来的に5、聖杯の5のように過剰な恐れを抱く事のないよう注意を促した(私はしばしば気持ちが高ぶると破壊的な行動を起こす所があるので聖杯の5が示す解釈は大いに感じ入るところがあった)。6、金貨の3は、困っている人の味方であれと言っている(これは特定の人物の敵にまわることと同義であり、ある意味覚悟のいる選択であった)。周囲が疑心暗鬼で混乱する中、ずっと愚者だった私がその時にできる役割が「あの人は敵じゃない」と信じてもらえるスタンスだったと言える。ここで今自分が考えるべきことを確認した

さて、未来に目をむけて7、金貨の2が出した今後の課題は「不安な結末と気苦労」。別の視点からは8、杖のクイーンが「恒久的な関係や強い友情」を提示してきた。この二枚のカードを見た時に、そこに描かれた人物の表情や雰囲気からすぐさま該当する人物がそれぞれに思い浮かんだ。私はトラブルの原因となった人物と苦しんでいる人物の両方の板挟みになるが、しかし両方に対して誠実である(あるいは共に困っている両者をそれぞれに支援する)べきだと悟った。これはもう理屈ではなく、まさにヒラメキのリーディング。解決策を提示する9、聖杯のペイジはカード解釈によれば「しかめっ面の若者、過度の愛情、嫉妬」。なんとなく該当する人物が思い浮かぶものの、どう解釈したらよいかわからない。悩んだ末に私自身は「しかめっ面=この無秩序な状況にあからさまに異を唱える姿勢」でいることにしました。知らない顔でやり過ごすのも一つの手であり、事実トラブルが起きた場所においては長年その方式が踏襲されてきたわけですが、それで良いとは思えなかった。こうして未来の展望や可能性をおぼろげにつかんで自分の身の処し方を自分で決めた
因習に倣うべきか、私の流儀で大暴れして場を引っ掻きまわすか、二者択一で揺れ動いていた私ですが、タロットの力添えで私の新たな破天荒伝説は作られずにすんだわけです。あ〜ありがたや。

考察
このリーディングの後、実際にはどんなことが起きたかを振り返り、カードが持っていた意味が何であったかを考察してみた。
1、皇帝9、聖杯のペイジは場を管理する人物とそれに対峙する人物を表していた。本来トラブルに対処すべき立場にいた人物(皇帝)が役割を果たさないことに対して、誰かが異を唱える必要は確かにあった。当時は誰もなし得ない事だったので私がやりました。と、言いたい所ですが聖杯のペイジと目していた人物がその役割を担ってくれました。私はその人の後方支援で終わった^^;
8、杖のクイーンと目される人物はトラブルから身を引き、賛否両論だったその選択を私は誠実に受け止められたと思う。直接的にその人を救出することはできなかったが、この人物との友情は継続しているし今後も長く続けたいと願っている。課題であった7、金貨の2に対しても多少は腹の探り合いになりながらも誠実に対応できた。いつか私に両者の橋渡しができれば…と思うが、こればかりは巡り合わせ次第。今は運命の輪の巡る日を待つしかない。

と、こんな感じでこじつけながら今日も楽しく展開しています。機会があれば他のスプレッドも紹介していきたいと思っています。まずはご清聴ありがとうございました。

2013年11月23日土曜日

大アルカナ〜15から21

内面の成長を遂げた次のステージは、闇から光へと駆け抜けそして世界へ!

XV 悪魔 ライダー的には強迫観念、好ましからぬ関係、低い欲求
磁気、官能、魔法、欺瞞、誘惑、見栄、思いつき

XVI 塔 ライダー的には激変、解放、天啓
傲慢、うぬぼれ、尊大、破局、罰、むくい

XVII 星 ライダー的には希望、楽観主義、平和
希望、夢、吉兆、平安、新たな着想、ひらめき、霊感

XVIII 月 ライダー的には本能、直感、謎、錯乱
夢幻、想像の旅、憂愁、未知の魅力


節制において禁欲を知ることは闇(悪魔)を知ることでもある。固定観念で硬直した塔を稲妻が打ち砕く時、闇の世界に閃光が走る。ひと時眩んだ目にやがて星のまたたきが映りはじめ、その光は月明かりとなって明るさを増すでしょう。

XIX 太陽 ライダー的には明瞭、自由、幸福
幸福、友情、誠意、愛、成功、調和、栄光

XX 審判 ライダー的には大きな変化、関係回復、復活、集団の幸福
道徳の一新、誕生と閉鎖、向上心、良心の試練

XXI 世界 ライダー的には成就、成功、大いなる理解
完全、結果、達成、報酬


次第に強くなる光は全てのものを照らす太陽となった。そこでは審判が行われ、行く者と行かざる者が分かれの時を迎える。こうして全てのカードを巡った者は完全なる世界を知ることになる。


駆け足で辿った「愚者の旅」はいかがでしたか?こうして見ると私自身は、このカードデッキでは大アルカナよりも小アルカナの方が人の表情を読み取りやすく、それゆえに感情が絡む人間関係の占いに活用したいという欲求が自然と湧いてくるのかもしれません。
またタロッティストによってはカードデッキを大別して
 大アルカナ  潜在している能力
 小アルカナ  顕在している状況
 コートカード 特定の人物や役割
と、見立ててリーディングをすると言います。飽くまでも私の印象ですが、このデッキでリーディングを行う際には小アルカナからも特定の人物が思い浮かぶことが多々あります。女性は共感する生き物と言われますが、おそらくこのカードデッキは女性の感応力に訴えかけてくる絵柄なのだと思います。

さて、入手したカードの物語を辿って自分なりのインスピレーションをカードから受け取りリーディングに活用してみてください。カードデッキには本当に様々なバリエーションがあって楽しいです。リーディングはしないけれど、タロットカードは集めてるというコレクターが広く存在するのもこれならうなずけます。
魔法と叡智から生まれいずる愚者
デッキ解釈はその人次第で膨らむ
次回は乗りかかった舟なのでヌーボーさんの付属冊子についていたスプレッド(展開)について紹介予定。お楽しみに〜

2013年11月17日日曜日

大アルカナ〜8から14

外面の成長を終え、内面の成長である次のステージに入る前にマルセイユ版とライダー版の相違点について一言。以前、マルセイユ版は古い形式のものでヌーボーさんはこれに該当するとお話しました。ちょろっとですがね。
その相違点が今から出て来るVIII のカード。ライダー版では力のカードが来るのですがマルセイユでは正義のカードが入ります。では続き行きまーす。

VIII 正義 ライダー的には真実、己への正直さ、公正な結果
均衡、公正、調和、自然の理に対する畏敬、あらがえぬ評決

IX 隠者 ライダー的には知恵、成熟、独り
賢い、孤独、寡黙、慎重、霊性なものの探求

X 運命の輪 ライダー的には幸運、運命、カルマ
予期せぬ出来事、不当な状況や成功、良好だが不安定な一段落

独り立ちを果たし経験を積む程に、積み上げたものの均衡をはからねばならぬ時がやってくる。正義とは何か?自分にとっての正義が他者にとって正義とは限らない。調和をはかろうとするほど頭をもたげる自己矛盾。
内なる真実の光を求めて隠者が見つけた答えは運命の輪。丸い円は巡り巡って終わる事の無い縁の連なり。繰り返す巡り合わせはどこまでも続き、世界を知る旅はまだ道の半ばなのである。

こうして既存の価値観を捨て新たな視点を積み上げる時が来ます。ライダー版では正義が入るXI にマルセイユは力のカードが来ます。


XI 力 ライダー的には人の強さ、ネガティブを変容、心開く
活力、勇気、防御、克己

XII 吊られた男 ライダー的には執着、保留、慣習に捉われない
後悔、罪滅ぼし、自己探求、利他主義、犠牲

XIII 死 ライダー的には変化、終わらせるべき物事
逆境、変化、変換、終局

XIV 節制 ライダー的には平穏な静けさ、バランス
調和、静寂、回復、節度、適応力、中庸

既存の価値観(正義)を手放し、新たに車輪を回すのに必要なものが力。吊られた男のように視点を全く変えることは、今までのやり方が終わること(死)を意味する。それはすなわち新たな視野の始まり。こうして得られた新しい経験には、さらなるバランス(節制)が付与されることでしょう。
調和(正義)に始まって調和(節制)に終わる。このように内面の成長を遂げた精神は次のステージへ旅立ってゆくのです。

左がライダー版、右がヌーボーさん
さて旅の途中ですが「力のカード」について。タロットが占星術と結びついた頃には神話をモチーフにした絵柄が多用されたようです。その頃は力のカードにヘラクレスの獅子打擲のシーンが用いられましたが、いつしかそれは女神が猛獣を手懐ける姿になり、ライダー版の頃には力による征服というよりも「柔よく剛を制す」をモチーフにしたものとなりました。掘り下げて見ると「理性が欲望を制する」等、色々なことを示唆するカードらしいのですが「本当の力とは何か」と考えさせられる良いカードだと思います。カードが何を問いかけているのか、絵柄を見た時に感じたことがそのままその時の気持ちを映す鏡になります。例えばライダー版を見た時、「優しさ」を感じる日もあれば「仲良し」「信頼」というワードが思い浮かぶ日もある。その時の気持ちによって強み=力の内容も変わってくるわけです。
カードがデッキによって性格が違う、そしてまた相性がある、と言われる由縁はその辺りにあるのかもしれません。自分にとって対話しやすいカードを是非探してみてください。
お気に入りのカードを探そう
@スクウェアエニックス

2013年11月11日月曜日

大アルカナの巻〜0から7

いよいよ大アルカナの登場。これは0愚者から始まって21世界で終わる一つの旅の記憶。まずは生まれいずるもののお話から。


0愚者 ライダー的には自由、未熟
幼稚、奇妙、休日、狂気、熱狂、悩みからの分離


I 魔術師 ライダー的には創造性、アクティブ
能力、才能、外交、先駆け、偏見や助言を拒む


II 女教皇 ライダー的には直感、叡智、静寂
勤勉、オカルト、平穏、叡智、感応、直感


0は胎児の形。無垢な精神は愚者と呼ばれ、世界へ最初の一歩を踏み出します。危険な足場を物ともせず軽快に歩き出すライダー版に対して、ヌーボーさんはかなり道化者な様子。蛇は足に噛み付いている?それとも愚者と旅する友達?感じたままに読み解いてみましょう。

生まれいずる時、人は誰しも魔法(大きな奇跡)と出会い、叡智を与えられてこの世に送り出されます。愚者が初めて出会うのは魔術師と女教皇。男性的なものと女性的なもの。意識と直感。光と影。陽と陰。どちらが欠けてもいけない二極。誰もがこの二極を持ち合わせている。


生まれた命は社会で育まれる。ここからは外面的な成長の物語が始まります。

III 女帝 ライダー的には情熱、豊穣、母性
行動、知性、活気、豊沃、有益な影響力

IV 皇帝 ライダー的には社会、ルール、父性
権威、安定、合法、守護、堅い意志

V 教皇 ライダー的には伝統、慣例への服従、祝福
共感、信仰、忍耐、救済、公正な謙虚さ、精神的導き

VI 恋人たち ライダー的には人間関係、決断すべき選択
愛、選択、試練、決意の必要性

VII 戦車 ライダー的には意志、成功、力
勝利、成功、進化、価値を認められる

光と影を抜けて女帝(母)の愛情に包まれて活動を始める命。皇帝(父)の庇護の元でルールを学び、教皇(社会、伝統)において道徳を知る。やがて恋人(愛)を得ることで己の経験を積み、戦車(独立)を手に入れ世界へ乗り出してゆく。外面的課題を果たしたら内面の成長を促す次のステージが待っています。

2013年11月5日火曜日

小アルカナ〜PからK

小アルカナもいよいよコードカードの部に突入。コートカードはトランプで言うところの絵札、すなわち J ジャック、Q クイーン、K キングの三枚に該当する。ただしタロットにはこれにもう1枚ファミリーが居て合計4枚のカードがコートカードと呼ばれている。大アルカナほどの力はないが、1~10の数よりもやや強い性質を有している(らしい)。あるいはダイレクトに人物や立場役割を示唆することで大アルカナの意味を補強するカードである、とも言われている。4枚のうちわけは以下の通り。

ペイジ=小姓(?!)見習い騎士というべきか、少年、年若の子ども
ナイト=文字通り騎士。血気盛んな若者、年かさの子ども
クイーン=女王。スートの成熟した姿、母、年上の女性
キング=王。スートのマスター、権威を象徴する、父、年上の男性


ペイジ ライダー的には地、学びはじめの学生、年若の子ども



ワンド(杖)
未来につながる報をもたらす者、着想、ひらめき

カップ(聖杯)
しかめっ面の若者、過度の愛情、嫉妬

ソード(剣)
高貴な勇気ある若者、仲間の秘密を厳守する

ペンタクル(金貨)
夢中な男、新たな仕事上の関係、研究、違う角度の考察



本来は全般的に年若い人物を示すペイジですが、ヌーボーさんのこの四人はその表情から年代にばらつきを感じます(私の印象ですが)。杖は少年っぽく、杯はちょいと色気づいた青年(色恋で悩むようなお年頃^^)。剣は働き盛りの壮年を彷彿とさせ、金貨は熟年や老年の気配。このように絵柄の表情や動きから占いのヒントを得ようとすると想像が広がって楽しい。そのインスピレーションこそがタロットの肝なんだそうです。


ナイト ライダー的には風、冒険と献身の理想家、年かさの子ども



ワンド(杖)
旅人、冒険家、新規開拓を求める勇気ある人

カップ(聖杯)
若い恋人、仲の良い友人、喜び楽しみを分かち合える人

ソード(剣)
力のある勇敢な人、情熱的で怒りっぽく横柄でもある

ペンタクル(金貨)
有益な時節の伝令役、頼りがいのある信頼できる人



騎士という立場ゆえ守護者であろう4人組ですが私の印象はペイジが後輩とか同級生なのに対して、ナイトは先輩だったり同級生の中でも一目置いた尊敬してる人物の印象。馬に乗っているのが特徴的な面々でもある。この馬がどこへ向かっているかを考えるのも一興。杖は旅立ちの前にこちらを一度だけ振り返って駆け出していく所。杯は歩みを止め語りかけているよう。剣はあちらからこちらへと眼前を駆け抜けてしまう、少しせっかちな印象。そして金貨は少し先を軽快に進む、私達を注意深く先導するように。


クイーン ライダー的には水、エレメントの具現者、母



ワンド(杖)
優しく正直な年かさの女性との強い友情、恒久的関係を探し求める

カップ(聖杯)
誠実な妻、ロマンティック、官能的

ソード(剣)
無関心な表情の武装した王、悪魔、不誠実、不名誉、孤独な女、未亡人、悲しみ、憂鬱

ペンタクル(金貨)
博愛、適度に慎重さのある寛大さ、的確さ、完全な自由



スートの熟練者達。さてどのように絵解きをしたら良いものか…。ペイジやエースがそうであったように「経過」で見てみましょうか。杖は女同士の先達から知恵を授けられて育まれる娘時代。杯は良き妻となり成熟してゆく女性像。剣は…まあ色々あったお陰で強くなっちゃって^^; 悲しみや苦しみも知った女。やがてそれを過ぎれば金貨では酸いも甘いも噛み分けて、寛大で愛に充ちた何からも自由な立場を手に入れた女性。と、こんな解釈で月並みではありますが女の一生的な何かを指し示す4枚。


キング ライダー的には火、エレメントの権威者、責任者、父



ワンド(杖)
しかめっ面の男、起業力、厳格、年かさで権威ある人物の助言

カップ(聖杯)
父、寛大さ、頼りがい、好意的に配された重要人物

ソード(剣)
王者の剣、権威、力の確立、法的困難、こじつけ

ペンタクル(金貨)
あらがう女を捉える力ある人物、横柄、どん欲、あこぎ



女王と同じく、キングはエレメントの熟練者であるものの責任者としての重責があり、技の具現者と言うよりは重鎮にして監視役のイメージ。…だったんだけど、ヌーボーさんの王様は責務に飽きが来て別の方向に行っちゃってる感じです^^; 。権威の側には必ず女が寄ってくる、ということなんでしょうかね。怪しい雰囲気ですが頑張って絵解きしてみましょう。こちらも「権威の経過」に着目。杖は王になりたてで重責を担い始めのピリピリ感。責務に対する情熱がみなぎり、横でおもねる女になびく様子はあまり無い。杯は王としての役割が板についた感じ。人の話に耳を傾ける暖かみも感じる。剣は権威が相当に確立された様子。裸の女を侍らせるに人目をはばかる風でもなく、しかしながら時に女から手玉に取られちゃいないかい?と不安になる要素てんこもり。金貨は横柄ここに極まれり。こうなるともう老害。権力を長く保持すると周りが見えなくなるのでしょうかね。権威を持つ者なればこそ自戒して欲しいものです。
さて心当たりのある上司がこの中に居ましたか?^^ あるいは、あなたはどんな形で自分の責務に向き合っているでしょうか。

2013年10月31日木曜日

小アルカナ〜8から10

まだまだつつくよ、小アルカナのお話。

8 ライダー的には動き



ワンド(杖)
蝶追い人、行動、創造的、情趣、趣き、希望、企画

カップ(聖杯)
大人しげな人、謙虚、しかし同時に不安定、不用心

ソード(剣)
戦いにおける最悪の脅威は苦境の報を受けること、死、裏切り

ペンタクル(金貨)
芸術家、手作業、アピール力



動きというよりは、集中あるいは熱中熱狂(フィーバー)。私がライダー版小アルカナの中で最も好きなカードがペンタクル8で、そこにはモノ作りに打ち込む職人が描かれています。私は絵画好きなのでヌーボーさんのペンタクル8が絵を見ている人物なのが、それだけでもう嬉しかった。さてそれはともかく、8の四人は何かにのめり込んでいる面々。杖は新しい発見を追い求める生物学者っぽく見えるし、金貨は芸術に魅了されてる画家に見える。聖杯は大人しく謙虚な人という発想から周囲に気を配り過ぎる形での熱があり、それに対して剣は自分の世界に浸り過ぎる形での熱を感じる。人は物質と同じく、熱運動で突き動かされるものらしい。様々に起こる事象は自らの熱が引き起こしているのかもしれない。


9 ライダー的には集中、円熟



ワンド(杖)
友を慰める女、逆境の中の助言の必要性

カップ(聖杯)
勝利や繁栄から来る満足感、

ソード(剣)
失敗、困惑の結果、良いと思えるものの検証

ペンタクル(金貨)
贅沢品にためらう女、可能な限り最大級の蒐集品(コレクション)



さてなんでしょう、これ。キーワードは満足?成功?模索?これら9に共通するのもは何かと考えると実に悩ましい。カード解釈に行き詰まった時は絵の中に入れと、とある高名なタロッティストは言ったそうだが、さて…杖からは話し声が聞こえる。友を諭す声と心情吐露する女。二人で何かを解決しようと試みているようだ。カップは謳っているよう。彼女は杯からあふれ出るような歓喜をそうした形で発露している。剣は何かの儀式のよう。とても困った問題を解決するために色んな方法を模索しているみたいに見える。金貨は身に余る喜ばしい光栄に照らいをみせて、どうしたら良いかと恐れ入る姿。
手探りしながら心のうち(潜在)を表現(顕在化)する面々。あなたの隠れた心情や問題の解決方法を示唆するのかもしれません。ん〜、その時(占いで出た時)になってみないとやはりワカラン。


10 ライダー的には過剰、超過



ワンド(杖)
不確実な重圧から安らぎと休息が妨げられる

カップ(聖杯)
歓喜、成功、承認、それらの伏線となるもの

ソード(剣)
苦悩、悲しみ、嘆き、挫折、病い

ペンタクル(金貨)
注意深く見繕う女、富の条件である見識や慎重さ



スートの力が過剰になった時のことを想像してみる。杖は火、情熱、男性的な力。これらが過剰になれば気が急いて休んでなどいられない。杯は水、感情、人との関わり。これらが過剰になると喜びがもたらされる。剣は風、知性、葛藤。過剰になればそれは苦しみとなる。金貨は土、財産、仕事。過剰になるとは富を得ること。それは慎重さを求められることと同義らしい。これらに共通して浮かんだワードはプレッシャー。聖杯はそれにあたわないって?「試合に勝ちそう!」とか、喜びを目前にした時に感じる良い意味でのプレッシャーってあるでしょ。ダメかしらん?

2013年10月28日月曜日

小アルカナ〜5から7

引き続き小アルカナのお話。

5 ライダー的には困難



ワンド(杖)
障害や相克が強いる自省や思案、労力、厄介事、努力を要する

カップ(聖杯)
破滅的行動や間違った方向へと導く過剰な恐れ

ソード(剣)
希望を砕き堕落をもたらす程に甚大な敗北

ペンタクル(金貨)
特にお金の心配事



何かに心を捉われている面々です。拘泥(こうでい)、あるいは心配から他のことに目が行かない。
杖はその中で唯一、遠くに視線を投げかけ困難の中で思案し立ち上がろうとしている。聖杯は壊れた壷を前に戦慄し身動きできなくなっている。(ライダー版では3つの杯が倒れ、2つの杯が残っていることで全て失われたわけではない事が示されるのですが…。)剣は落胆した人物が、金貨はこれまた悲嘆にくれた人物がそれぞれ思いあぐねてその場に留まっている様子が見られる。


6 ライダー的には優位性、寛大さ




ワンド(杖)
いつわりの体裁の陰に潜む大いなる危機、危険で不公正な相手

カップ(聖杯)
双子、簡潔さ、喜ばしい土産、ささやかな事でもたらされる救済

ソード(剣)
遠征、探検、旅、移動、休暇、奇妙な方便でもある

ペンタクル(金貨)
軽くあきらめた態度、選択を受け入れる、やるべきことをする



何かが隠れている暗示。杖は冊子の通り、笑顔(良い事)の裏に隠された卑怯な裏切りやアクシデント。聖杯はちょっとした事に隠れている幸せ。剣は仕切り直し(?)や視点を変えた先で得られる新境地のようなもの。金貨はちと意訳が強いですが、人の内心はわからないとでも言いましょうか、恭順には諦めも含まれるという戒め、あるいは(本心は表に出さず)やるべき事のみ集中してやれという助言か。


7 ライダー的には行動



ワンド(杖)
勤労の後の素晴らしい結実、成功、やり遂げた後の良い結果

カップ(聖杯)
己の姿にうっとりする女、過度の空想、うぬぼれ、ありそうにない計画

ソード(剣)
問題の解決を待つ事が希望や信仰となる、あるいは白昼夢

ペンタクル(金貨)
軽蔑の視線、傲慢、無節操



むしろ行動の一歩手前。あるいは行動(結果)に反映される人の内面を表していると感じます。杖では精勤の人に成功がもたらされ、聖杯のように夢想ばかりの人は何事も成し得ない。剣のように忍耐強く信じて待つことは希望や信念に繋がる一方で、時にそれは無意味なものと成りうる。金貨は軽蔑という内面が傲慢さや無節操な態度を生み出す、と言えましょう。この一群を見て思い出したのがマザーテレサの有名な言葉。
思考にきをつけなさい、それはいつか言葉になるから
言葉にきをつけなさい、それはいつか行動になるから
行動にきをつけなさい、それはいつか習慣になるから
習慣にきをつけなさい、それはいつか性格になるから
性格にきをつけなさい、それはいつか運命になるから
運命はいつだって、小さなことの積み重ねが回す車輪のように巡り巡る。な〜んてな

2013年10月23日水曜日

小アルカナ〜2から4

前置き無しでサクサク進みましょう。

2 ライダー的には選択or バランス




ワンド(杖)
病いや苦悩からくる痛みや悲しみ

カップ(聖杯)
恋人達、情熱、縁者、親和性、友情

ソード(剣)
臨戦態勢、確実性が必要、優しさ、好調な環境調和

ペンタクル(金貨)
曖昧な態度の女性、困惑の知らせ、困難、不安な結末、気苦労



これらは「関係性」を示しているかなと感じました。すなわち、杖は己の内面との関係(孤独?)。聖杯は対人あっての関係性。剣においては人の輪がもっと広がって仲間ありきの関係性。そして金貨においては困った人との関係からもたらされる戸惑い(人の輪が広がれば好まぬ人との関係もできる。それもまた自分の世界を構成するもの。避けては通れないのねん /_; )。と、こんな風に孤独、心を許せる誰か、仲間、あなたを困らせる人、これらの存在を示唆するカードになるのかもしれません。


3 ライダー的には開花



ワンド(杖)
逆境を克服した人、新たな飛躍と冒険の始まりを待ち望む姿

カップ(聖杯)
救済、回復、幸せな結末

ソード(剣)
闘争の兆しは混乱を招く、当惑、不明瞭

ペンタクル(金貨)
力ある著名な人を想起する女性、支援の用意がある人物



私はこれを「予兆、きざはし」と位置づけました。杖は何かを終わらせて希望に燃えて次のステップを目指している状態。聖杯もまた何かが終わって好ましいネクストステージを迎える所。剣は一転してネガティブな何かが起こる前の不穏な状態や前兆。金貨は解釈がムズカシイところですが状況を打開する何か(誰か)を匂わせている。全てのソートがアナタが何かの手前まで来ていることを表していると思えてきませんか?


4 ライダー的には構造化



ワンド(杖)
終わらせたり新たに始めるのが困難な同盟

カップ(聖杯)
冷たく無関心な女、退屈な関係、根本的間違い、険悪な結末

ソード(剣)
波乱が注目を集め、撤退、孤独、黙考を強いる

ペンタクル(金貨)
奇妙な関係の二人、不確実



カードを訳して各々を見比べ私なりに出した結論は「膠着(こうちゃく)状態」。杖は固定された関係のようであり、第三者が関与できない感じでもある。聖杯は相手からの拒絶ととれるし、噛み合ないままの歯痒さがある。剣にはニッチもサッチもいかない苦痛を感じるし、金貨ときたらもう怪しすぎちゃって困惑の極みでワケがわかりません。全体的に「動きが取れない」という意味ではライダー的解釈の「構造化」に通じるものがある。しかしライダーよりももっと底意地の悪い状況を示すような数、それがヌーボーさんの4。

2013年10月20日日曜日

小アルカナの巻〜エースとスート

普通、大アルカナの紹介から入るのが王道でしょうがあえての小アルカナ紹介からです。というのも大アルカナはどんなカードデッキを使用しても大なり小なり意味が共通しています。対して小アルカナは製作者によって独自の捉え方があったりして読み解きにくいものもある。特にヌーボーさんの小アルカナは女同士の絡みが多く、ある時は扇情的だったりで、絵柄では読み取り難いケースがままある。そこが好嫌の分かれるところ。
そこで私は付属冊子の訳とともに、4種のスートの数を並べて絵柄の比較をしながら読み解く方法を取り入れました。これはポラックのライダー版解説本を手本にしています。つまりマネッコです^^;

エース
ライダー版(ポラック解釈)によればスートが持つエレメントのエネルギー。



ワンド(杖)
回想の時、創造の始まり、冒険心

カップ(聖杯)
ロマン、感傷的な充足感、幸福、積極的な変化

ソード(剣)
達成された勝利にちらつく苦悩の影、あるいは頂点に至った後も成功に必須の苦難を忘れない

ペンタクル(金貨)
商業的成功、順調、知恵による資質の拡充



さて冊子の訳は上記のとおり。ここでスートを並べて見比べてみましょう。あなたは何を感じますか?私はこの4枚から時間の経過を見ました。すなわち、杖では入り日が描かれ浄化の夜が始まることを示しています。それは一日を振り返る時間でもあり、明日に希望や期待を抱く時でもある。聖杯では月光が世界を照らし静かで満ち足りた空気が充ちている。やがて剣では一番闇が濃くなる刻を迎えて世界は夜明け前の刹那に深閑となる。そして金貨の日の出とともに鳥がさえずり輝かしい一日が始まる。
受け止めたこうしたイメージから「今はこうした時期である」とか、「こうした気持ちの変化が現れる」とか、読み解いていくわけです。

ついでに「エレメント」とは何を表すかについて説明しよう。
スートというのは上記の杖、聖杯、剣、金貨の4つのマークのことを指します。トランプで言うところのクラブ、ハート、スペード、ダイヤですね。それぞれには象徴するエレメント(元素、要素)と事象が結びついています。
ポジティブ要素
杖〜火のエレメント 男性、行動、競走、冒険、楽観
聖杯〜水のエレメント 女性、感情、人間関係、想像力
ネガティブ要素
剣〜風のエレメント 知性、葛藤、悲しみ、勇猛
金貨〜土のエレメント 肉体、仕事、資産、安全

また相対的にですが
杖と聖杯にはポジティブな要素が、剣と金貨にはネガティブな要素が含まれていて、
流れる性質をもった聖杯(水)と剣(風)には内面的な要素、土地に根ざす(物質を生み出す?)杖(火)と金貨(土)には対外的な要素が含まれると理解します。
各カード解釈の他にこれらの関係性をヒントに意味を組み合わせたり、時にこじつけたり^^; してリーディングを行います。タロットにひらめきが必要というのは、つまりこうした要素の多様な組み合わせから物語をつむぐ必要があるからです。

例えば現状を表す場所にソードのエースが出た場合は、単純に「苦しんでいる」と受け取る場合もある。しかし他カードの並びが楽観的なら「アナタは考え過ぎてる」とも取れる。周囲が警告のカードだらけならば「もっと知性を働かせ、見落としがないか気をつけて」ともなる。
全てはカードの巡り合わせ次第。それは人生の巡り合わせと同じ。なんちゃって。

2013年10月16日水曜日

売れない占い〜前置き編

思い立ったがタロットです。以前 紹介した手持ちの『タロットアールヌーボ』 ですが、独自に色々研究中。折角なので備忘録として細々と俺式まとめを展開していこうと思います。独学と偏見にまみれているので「こういう解釈をする人も居るのね〜」くらいに御観覧ください。
左はミュシャ(黄道十二宮)と右がタロット
本物の繊細さには及ばないが雰囲気はある
まずは簡単な紹介を。たしかこれAmazonで購入しました。アルフォンス・ミュシャの絵を模したタロットカードは一目見て惚れた。ただし飽くまでも「模したもの」なのでミュシャと思って買わないようにご用心。英語冊子が付いているものを安価で入手したので(日本語訳付きはちょっと高額)冊子内容をメモし始めたのがこの備忘録の始まり。元々私は初心者が一番とっつきやすいとされてるライダー版を愛用してました。一緒に購入した 教則本的なもの (レイチェル・ポラックのタロットバイブル)からリーディングのヒントを頂戴し、その教則本を参考にしながらヌーボーさんの持ち味を加味して備忘録を作成しています。さて早くも馴染みのない言葉が出てきましたね。

説明しよう。
ライダー版とは…
広く流通しているライダー版
イタリア発祥といわれるタロットカードはヨーロッパ各地で発展をとげ、中でも古い形式のものは多用された地にちなみマルセイユ版と呼ばれる。対するライダー版とは20世紀初頭から広まったもので、某秘密結社の愉快な仲間達によってカバラの教義をふんだんに含ませた解釈とそれを盛り込んだ絵柄で作成されたものを言う。ウェイト版(あるいはライダーウェイトスミス=RWS 版)とも呼ばれています。


リーディングとは…
タロットを展開して(広げて)全体を読み解くことをリーディングと言います。慣れない間は解釈本や付属の冊子に出ている各カードの意味を切り貼りして読み解くことになりますが、慣れてくるとア〜ラ不思議。インスピレーションが湧いてきて、これはこういう事だ!という全体的なコジツケ、もとい、全体像が見えてくるようになるんです。えっへん。信じるものは救われるのでございます。おっほん。

個人的な見解ですが、ライダー版はポラックの解釈も手伝ってか一見そっけないようでいて暖かみがあり、何かと人を励ますカードな印象。なので仕事のことや日常生活にかかわる他愛のない占いに利用しています。
対する私がここで紹介するヌーボーさん(仮称)はマルセイユ版なのですが、その絵柄がかなり女性的であることと情緒的ですらあることから、人の感情や気持ちの問題にかかわるような占いに利用しています。

何を占うのか…
以前も書いた通り、占いで将来をピタリと当てることなんてできません。私が占いをするのは指針を得る時だけ。それもどーでもいいこと限定で^^; 
…なんて言ったら語弊を生じるので捕捉。「こうしよう」という強い意志が働いてる時は放っておいても人間は意志の通りに動くもの。「ど〜しよっかな」くらいの気持ちの時は実はどっちでもいい場合であることが多い。だったら占いがそれを決めても何の問題もないじゃないか。
乱暴ですって?でもね「どーしよー」と深刻に悩んでる時だって結局、深層の部分でどうするべきか人はわかっているものなのよ。占いをしようが、するまいが、結局は意志が働いた方をヒトは選択するのだから。
え?それじゃ占う意味なんかなくなる?お前さん、それを言っちゃ〜おしめ〜よ。占った後で自分の意志の方向性を自覚する。そこが大事。
例えば漠然とした問題をかかえて意志の決定ができない状態のアナタ。
リーディングで「こんな側面や方法もある」なんて提示されたカードを元に「それもそうね。そうするわ」と思ったり「それは違う。こうするよ」と思ったりしても良いわけです。肝心なのは「こうする」という指針が見える かもしれない ということ。それが占い
と、そんなスタンスでやってます。長いシリーズになると思いますが気長にお付き合いください。ぺこり

2013年10月11日金曜日

思い出もろもろ

さて、長きに渡ったアシロマ遊びもそろそろ終わりです。足を伸ばして行ける周辺の観光スポットをすぽっ!と紹介。

ミッション(伝道所)
修復中だった(/_;)

本来こんな感じです
@20年前

回廊を歩く
中庭の光がまぶしい
宣教師ユニペロさんのお墓があります。未開の地に留まり、スペイン領としての礎を築いた求道者の終の住処。私に信仰心はないけれど、ひたすらに道を求める人々の真摯さを思う時、素直に立派なことだな〜と感銘を受ける。往時をしのばせる生活空間をそのままに展示してあるのが、古(いにしえ)好きにはたまらない趣きがあります。
スタンフォードの教会と見比べるのも一興。素朴なぬくもりを感じるのは、初めて訪れた時にアットホームな結婚式を挙げている所に遭遇したからかも。中庭を抜けると裏側に幼稚園があるのもなんだか微笑ましい。


バーンヤード(ショッピングモール)
風車が目印
スーパーが好き!
ミッションのすぐそばにあるショッピングモール。20年前は趣味の良い本屋やキッチンツールの店舗が入っていてお気に入りだった場所。今は宝飾、画廊、ブティック、飲食店が主になってしまい私には縁が無い。全体の雰囲気が良いので今でも未練がましく立ち寄ってしまうけど、見事に縁が無いオサレな店だらけ…。レストランは概ね評判がいいようです。オサレなお値段らしいのでこれも縁がありませんが…。向かいにできたショッピングエリアのスーパーの方が今となっては何もかも皆なつかしくて利用価値大。クラシコのパスタソースは今なら日本でも手に入るけど、種類の豊富さが全然違う。


ビクスビー橋
橋の右手、削って作った道がダイナミック!
つか、そんなことするから崩れるのよ…






記憶にないけど古写真があった

「ビッグサーには行ったか?」とカリフォルニアンに何度も聞かれるものだから、昔ハーストキャッスルに行きがてら走ってみたことがある。その日は霧が出てて何も見えなかったけどね。どうやらこの橋がビッグサーの呼び物の一つだったっぽい。日本では昔から車のCMなんかでよく使われる場所。ということで今回はグーグルさんでしっかり位置確認をしてから出かけてみた。橋の名前も川の名前も分からなかったのですが、航空写真でルート1を辿っていたら山肌に橋の巨大な影が映り込んでいたのでどうにか発見できました。見落としがちな場所もGPSがあればちゃんと捕捉できるし、本当に便利な世の中になったものです。カーメルからは車で20~30分くらい。途中、対面交通になったから珍しいなと思ったら崖側の車道が崩れ落ちて完全に消失していた…。写真とれば良かった。日本じゃ、あの状態で車を通すなんて有り得ない風景。


スタンフォード大学
教会の回廊。カーメルとは趣が違う
サンフランシスコ〜モントレー間にあるので車で移動の方は立ち寄ると良いかも。ショップにはお土産ものも盛りだくさん。今回ここで シャレた猫の本 を買いました。奇しくも結婚記念日に訪れたので記念に新婚の時と同じ背景で同じ写真を撮ってもらった。光陰矢の如し、そして学は成り難かったわ〜。当時は「子どもがココに入学したら素敵!」と思ってたのに、カスリもしねーよ。けっ。



サンフランシスコ
サンフランシスコを臨む高台
ベストポジションに変な車を発見
アメリカ人のこういう感覚が好きだわ〜
そりゃもう、アメリカへの玄関口になるわけですから是非ともお立ち寄りください。レンタカー派は絶対にロンバート(くねくね坂)を駆け抜けるの推奨。もちろんゴールデンゲートブリッジを通って対岸からSFの街を眺めるのも大好きです。若い時に異郷で暮らした人達はみな、魂の一部をその地に残してくる。セントラルバレーに残った私のひとかけらは今も尚、私に呼びかけ、あの土地で私を励まし続けているようだ。またお金ためて出かけよう〜っと。

てなわけで加州の旅のお話は一先ずお開き。また逢う日まで。次回からはタロット占い談義を始める予定です。お楽しみに〜