いらっしゃいませ

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2023年3月11日土曜日

シン 冬のホラー

 2019年最後の投稿が隣家に関するホラー話だったのでその結末をここに語ろう。

結論から言えば隣家の登記はまんまとインチキおじさんのものに書き換えられ、現在爺さんはちゃっかり町内会にも加入して何食わぬ顔で町内の風景に紛れ込んでいます。表札はそのまま、回覧板の名前も元の持ち主のままにしているので未だに隣家の女主が亡くなったことを知らない人も多い中で、この4年の間に町内に新入居者も増え新住人にとってはそこに居るインチキおじさんがインチキとも知らずに日常の風景として存在している。嗚呼、僕だけがいない街状態。

最後の投稿の後、3月のことでしたが道端で遭遇したインチキおじさんと対決して警察も呼んで大騒動になったのですがその時すでに登記は書き換えられていたためジ・エンド。警察としては民事不介入でどうしようないとした上で「ただし血縁のない人に全財産譲るという遺言はかなり異様なケースなので、これは血縁者に連絡してきちんと調べてもらったほうがいい」との由。ところがところが前述の通り町内会長が事なかれ主義なので個人情報保護を盾に血縁者を探すことはせずにそのまま不審者が町内に居つくという結果になりました。

正直、ハラワタは煮えくり返っています。しかし町会費も払ってw隣人になってしまった以上は仕方ないので爺さんと顔を合わせた時にはちゃんと挨拶はしてますことよ。大人の対応はしているものの事情を知ってしまった向こう三軒両隣(当事者の隣家は除くw)の住人は苦虫顔です。対決した際に警察官と一緒に色々と問い詰めて、その時爺さんが某宗教関係者ということを突き止めていたので、この家が宗教団体の手にいずれ渡ってしまうのだろうなという危惧はあるものの今の所は爺さんの所有物として温存されています。早く善良な市民に売っぱらってそのお金を献金しちゃえばいいのにと思う日々。

なんだか釈然としないけど、知らなければ、知らずにいればそこそこ幸せに生きていける。実は日常生活というのはそんなホラーと隣り合わせに積み上げられているのかもしれない。
アナタの隣の家に住んでる人、本当に隣人ですか?


2019年2月12日火曜日

冬のホラー続報

納得は行かないしいまだに釈然としない。けれども隣人は昨年の12月頭には誰にも知られずに既に亡くなられていたそうなのです。。。

あらすじ再び
隣家には身寄りのない一人暮らしの女性A子さんが暮らしていた。12月の第一土曜日に、A子さんと連絡が取れなくなった事を心配した友人が連れ立って訪ねてきた。それまでは確かに人が住んでいたのに、その日を境に隣家は無人になった。
時折、隣家には留守を預かってる風味の謎の老人が出入りする。老人の言う事はコロコロ変わるのだが最終的に出してきた設定は「9〜10月頃から隣人は海外を飛び回っていて捕まらない」との由。
A子さんの友人と連絡を取り合いながら、老人の話にはいくつも矛盾があることに不審感が拭えない須磨人は事情を説明して町内会に判断を委ねたのであった。

さてここから続き。
町内会の役員は色々と聞き取り調査を行った結果…以下のような話を持ってきた。
A子さんは既に亡くなられていて12月の頭には火葬場で荼毘に付されている。火葬に立ち会った人から直接聞いたからこれは間違いない。
だけどその人はA子さんが亡くなった事を口止めされていると言うので誰から聞いた話かは話せないし、須磨人さんも誰にも言わないでね。
ちょっ、待てよ!
一体誰が何の目的で口止めする必要があるのでしょうか?この次点でA子さんの死から二ヶ月が経過していると言うのに?!
病気になったり入院したりを人に知られたくないと思う人はいるでしょう。それは理解できる。身内が葬儀を内々に済ませたいから落ち着くまで黙ってて、なんて話ならそれも理解できる。でも友人が訪ねて来てA子さん不在が発覚した日の前に、既にA子さんは世俗の諸々と解き放たれた状態だった訳で、一体どうして内密にしなければならない理由が発生するのでしょうか?それは本人の希望だったのでしょうか?「私が死んだ事は内緒にしてね!」ってか?武田信玄じゃあるまいし。
役員は「そういう事情だから仕方ない。民生委員も定期的に隣家の様子を見てくれると言ってるし、そっとしておこうと思う。A子さんが監禁されてるとかの事件じゃないしね。もう死んでるんだからさ」みたいな事を言って私を絶望の淵に落とし込む。正直、何言ってるのかワカンナイ。あーた、ソレ民生委員にも秘密にするつもりなんか?!

一人暮らしの女性が亡くなった事を口止めする身内以外の人間がいる。それ自体が既に事件じゃないんですか?何よりも誰にも知られずに亡くなって、それをそのまんまにしておくという仕儀が私には到底理解できない。町会役員とは多少険悪になったけど、民生委員には報告するべきだと意見して結局私から民生委員に話をすることになった。
民生委員はこの話をベテランの委員に相談して然るべき対応を検討して報告してくれる事を約束してくれた。
くだんの役員については「町会役員には守秘義務があるという申し送りを何か勘違いしてらっしゃるようですね。情報を共有するべき人達にまで秘密にするのは間違ってます」という事だった。
またしても出すぎた真似をしたと落ち込みもしたけれど、その一言で救われた。おかしいと思った事は一人で抱え込んではダメだ。

それでも隣家の人が誰に知られる事もなく亡くなったとは今でも思いたくない私がいる。
こんな有耶無耶なやり方では心の中で手を合わせることもできゃしない。
「私達が訪問した事でA子が家から出て行ってしまったのではないか」と気に病んでいたA子さんの友人にも何と報告をしたものか…。その時、既にA子さんは亡くなられていたという話になっているのだから。

さて、そんなこんなのドサクサ中に「このBloggerは利用者が少ないから閉鎖になるよ」という通知がグーグルさんから来ましたよ。なんだかんだと駄文を細々と書き連ねてきましたがそれももう終わりのようです。
せっかく書いたよしなしごとも露と消えるかと思うとあやしうこそものくるほしけれ。
ログの保管とかブログの転居とか?考えなきゃな〜と思いつつ日々の生活に忙殺される今日この頃であります。
またどこかでお目にかかれます事を祈りつつ、ひとまずホラー話はどっとはらい。

2019年1月14日月曜日

冬のホラー2

年明け最初にこの話題というのはあんまりですが釈然としないので昨年の続きです。

前回までのあらすじ
隣人が行方不明になりました。きっかけは隣人の友人が「連絡が取れない」と心配して訪ねてきたことから発覚。隣家はその日までは確かに誰かが住んでいたのに友人の訪問を境に無人になった。その数日後、窓が開け放しになっていたことから警察が呼ばれ、しかしながら「出かけてるだけかもしれない」との理由でこれ以上は誰も介入できないと放置の日々。そんな中、留守を預かってる風味の老人(先代からずっと庭の管理を任されていた人物)を玄関先で発見して突撃する須磨人だったが…

この老人の話がどうにもおかしい。漂うインチキおじさん臭が否めない。
昨年、私が突撃した時は隣人のA子さんは筋力が衰える病気になって「頭ははっきりしてるんだけど動けないから電話で話すことはできない」という話だった。留守を預かってるのなら居留守をするのもおかしいし、来訪者に事情を説明してくれても良さそうなものなのに、それを頼んでもなお後日確認をとると友人の所に連絡は来ていなかった。
なぜ、入院に際して家の電話を解約しているのか?老人は人が訪ねて来るまでA子さんの家で暮らしてた風味なのに訪問を機に何故姿をくらましたのか?そもそもこの老人がA子さんの車を乗り回している事情は何なのか?疑問は尽きない。
友人と連絡をとった際にその疑問について話し合った所、友人曰く「え…ちょっと待ってください。その庭師さんはもしかして私の知ってる方とは別人かもしれません。あの人は車の運転はしないはずなのですが…」という衝撃の展開が!庭師〜!あんた一体誰なのよわさ?

どうしたわけか回覧板だけは回してくれている様子だったので年末の最後の回覧板に「民生委員さんにA子さんの所在についてお知らせください」というメモを貼ってポストに入れてみた。すると年明けに老人は民生委員の前に現れたそうな。そしてその老人の言うことにゃA子さんは趣味の研究のために外国を飛び回っていて全然捕まらないんだよとの由。
あんたさ、昨年はA子さんの病状についてすげー細かく説明して自由に動けないって言ってたじゃん?実際、夏に最後に見たと言う近所の人の目撃情報では脳梗塞の後遺症みたいな歩き方してたと言う話もあったから入院話を信じたんだよ?どーゆーことなんだよ?
民生委員としては一人暮らしのA子さんは庭師親子が面倒を見てるという話(老人談)を聞いた段階ですっかり安心してしまいうっかり連絡先とか聞かなかったのよとの由。「隣人の須磨人さんにちゃんと事情を話してあげてくださいと言ったんだけど連絡はないの?」と聞かれたが、ええ、何も言って来ませんよ。
そして先週、またしてもインチキおじさんwが夜になってから隣宅にA子さんの車を横付けにして何か運んでいる気配に気が付いて突撃したのでございます。
「何かあった時のためにあなたの連絡先を伺ってもよろしいですか?お名前はなんとおっしゃるのですか?」
A子さんの友人から聞いた庭師の名前と一致しなければ完全にアウトだったが幸いなことに聞いていた名前と老人の名前は一致した。無理やり聞き出した携帯番号はしかし老人曰く「でもこの番号はもうじき使えなくなるけどね」という不気味な根回し発言。すでに疑いの眼差しで見ているのでどんな説明も煙に巻いているように聞こえて釈然としないが、要約するとA子さんは外国人と結婚した友達のBちゃんと一緒に海外を飛び回ってるから、いつかはわかんないけどそのうち帰って来るから安心して待っていてとのこと。
「あなたは昨年私にA子さんは入院しているとおっしゃいましたよね?」と聞くと「入院してない。元気元気!」とだけ返されて華麗にスルー。海外を飛び回ってる話を訪問して来たお友達にしてあげて欲しいけどあなたが連絡してくださらないなら私からしてもよござんすね?と半ば嫌味を込めて念を押すと「その友達はなんで急に訪ねて来たの?」と逆に質問された。連絡が取れなくなったからだってばよ!
さて、A子さんの友人と早速連絡をとって作戦会議。Bちゃんは実在の人物で老人の持っているA子さん情報はところどころ合っている。しかしかなり古い情報しか持っておらず実はBちゃんとは随分と前に仲違いをしており今は連絡を取り合っていないはずなんだけどという話が聞けた。他にもBちゃんと海外を飛び回っているというのはかなり信憑性に欠ける事情がA子さんにはあることを教えてくれた。さて、どうしたものか。

結局、友人は勇気を出して老人に電話を入れて数々の疑問点を老人にぶつけてくれたそうだ。すると…
老人曰く、A子さんが足が不自由になる病気なのを認めた上で「多分最後のチャンスと思って海外に出かけたんだろう」との由。毎年、正月はBちゃんの所へ行ってたから今回もそうなんだと思う。へい?思うって…つまりはA子さんが海外を飛び回ってるというのはA子さん本人から出た確実な情報ではなかったのでございます。おじいさんもA子さんが今どこでどうしているのかを完全に知らないという。
友人の質問攻めに最終的に老人は「みんながそうやってA子さんの心配をすると悪い電磁波がA子さんのとこに届いてまた体調を悪くする。今は必ず帰ると信じてみんなで待ちましょう」と言われたそうな。
電磁波って…?「多分悪い気が集まるとか、そんな感じのことを言っているのではないかと…。」と、この話をしたら職場の友人にもそれ完全にあかんやつとちゃうの?言われた。

怪しい宗教紛いの団体に取り込まれてしまったのだとしても、それが本人の意思ならやむなし。それでも仲間が面倒を見てくれて世話を受けているならそれも一つの終の住処かもしれない。問題は外界との接触を絶たれて不本意なまま自宅から遠ざけられたりはしていないだろうかという心配。
そもそもね、毎年正月はBちゃんの所に行ってるというけど友人に依れば「それは絶対にない」し隣に住んでる私も断言するけど若い頃ならいざ知らずこの数年間A子さんは正月時期に家を空けてなんかいないよ?
老人がテケトーなことをいうので有耶無耶なれど、A子さんは現に行方知れずになっている訳だ。にも関わらず、このおじいさんが間に入ってトンチンカンなことを周囲に吹聴している限り、誰も捜索願を出せない状況に置かれている。それを知っているのは今のところ、宇宙で私達だけなんだ。さりとてどうすることもできない。実際問題、捜索願は身内でもないとそう簡単には出せないらしい。
私は先代の老夫婦と良い近所付き合いをさせてもらっていたからお二人が子供のいない娘二人の行く末を案じて最後に姉妹が助け合って暮らして行けるようにと2世帯分の広い土地を用意したことを聞き知っている。もし、何か良からぬ企みに巻き込まれて隣の家屋敷が誰かの手に掠め取られるようなことがあればどうにもいたたまれない気持ちだ。お二人はそんなつもりでこの土地を用意した訳ではないのだから。
しかしそういう妄想自体が悪い電磁波?!の元になるのであればなるほど悪い想像は慎むべきであろう。
A子さんの友人とは「A子さんが何事もなく帰宅して、全てが笑い話になるといい。その時は是非またお会いしましょうね」と約束して電話を置いた。十代を共に過ごした自分の友人と重ね合わせて、女の友情がこの先も長く続くことを願わずにはいられない。
はてさて、どなたかこうした案件に良い考えをお持ちの方はお知恵を拝借したいものです。
まじでまじで

2018年12月24日月曜日

真冬のホラー

さて、皆さんはお隣に誰が住んでいるかをご存知ですか?
ご近所付き合いが廃れていく昨今、そうは言っても学生さん風の人が住んでるとかOL風味のお姉さんが居るとか、おぼろげにでも隣に住む人の輪郭は見えているのが普通ではないでしょうか?
そんな風に認識していた隣人が引っ越した気配もないのにある日突然別人にすり代わっていたら…今回はそんな摩訶不思議なお話です。

私がこの地に越してきたのは四半世紀も前になるでしょうか。古い住宅地にある中古物件を求めて新生活をスタートさせました。その時、隣家には老夫婦が住んでおりましてお二人には人生の先輩として色々なことを教わりながら良いお付き合いをさせて頂きました。このご夫妻はすでに鬼籍の人となり、独身の娘さん(A子さん)が家を建て替えてそこで一人暮らしを始め、もう5〜6年になるでしょうか。先月、そこへA子さんの友人が訪ねて来た。
その友人曰く、「A子さんと連絡が取れないのですが…」電話に出ないというだけではなく、電話の契約そのものが解除されているらしい。「A子さんはここに住んでますよね?」と尋ねられて、はてどう答えたものか。確かに姿を見る事は稀だけど、しかし夜になれば部屋に明かりもともるし普通に生活している様子ではある。友人に言わせると「どうも様子がおかしい」との事でしきりに安否の確認を取りたがった。とはいえ不在では仕方ない。ひとまずA子さんには友人が尋ねていらしたことを私が伝えておく運びとなった。
その夕刻、部屋の明かりがついたので早速私が訪れてインターフォンを押してみた。
…が、一向に出ません。家の中に人がいる気配はしているのに誰も出てこない。出られない理由が何かしらあるかもしれないと思い、ご友人が尋ねていらした旨のメモをポストに入れて帰宅した。
友人には私から「A子さんは帰宅したようですが出られない様子なのでメモをポストに入れておきました」と伝えると、なんと友人は即刻引き返して再度訪問してくれて家の外から必死に呼びかけた。それでもA子さんは扉を閉ざして姿を見せなかった。
そして、その翌日から隣家の窓に明かりが灯ることはなくなった。

それだけではない。夫は仕事の行き帰りに必ず隣家の様子を見るようにしていたのだが数日後の夜、二階の窓が開け放たれているのを目撃し「誰かがいることはいる」と私に報告。翌朝、私も隣の二階に目をやると…その日「今年一番の冷え込み」と言われた朝なのに窓は開け放たれていた。多分、昨夜からずっとそのままだった模様。
さあ、あなたならどうする?

町内会長さんに状況を説明して、A子さんにはお嫁に行ったお姉さんがいたはずなので連絡をしてもらうことにした。ところがそのお姉さんはとうの昔に亡くなっているという。つまりA子さんには連絡を入れる相手がいないとの由。結局、民生委員に連絡を入れて委員さんの判断で警察に来てもらった。
ところが警察は二階の開いた窓から侵入を果たしたものの、家の中には誰もおらず「死体とかが出れば別ですが、出かけてるだけかもしれないのでこれ以上のことは警察にはできません」と言って帰って行った。「あ、窓は閉めておきましたから」ですと!
えー、それだけーー?!

実際、近所の人間にできることはここまでです。駐車場にはA子さんのものではない他県ナンバーの車がずっと停められており、町内会長さんによるとそれは親戚と名乗る男性が時々出入りしていたのでその人の車だろうとのこと。私は老夫婦とのお付き合いの中で親戚はほとんどがすでに鬼籍に入っていると聞いていたので、強いて言えば亡くなったお姉さんの旦那さん、つまり義兄さんだろうかと思っていた。
つい先日のこと。日が落ちてから裏庭の片付けをしていた時に、隣家の玄関が開いており中で明かりもつけずに何かしている人物を発見して私は思わず「A子さん!?」と声をかけた。中からは老人が現れてそそくさと戸締りをして立ち去ろうとする。追いすがり「すみませーん、A子さんってどうかなさったんですか?」と声をかけると「にゅーいん、入院してるんだよぅ」とのこと。
老人は先代の知人で庭仕事が得意なことから昔から庭木の手入れを任されていた人だった(しかし庭師さんという訳ではない)。A子さんが家を相続した際に引き続き庭の手入れを引き受けていたことは私も知っていた。面識もあるがこの人は決して隣家の親戚などではないことを私は知っている。とは言え長らく家に出入りしていたご縁で「もうほとんど親戚みたいなもの」ではあるのでしょう。独り身のA子さんが体調を崩した時に他に頼る人もなく、彼に留守宅のことを一任したとしても不思議ではない。
でもね、留守を預かったのならそれなりのやり方つーものがあるでしょうが。人が訪ねて来たら「これこれこーゆー事情です」と説明するとか、警察沙汰にまでなってるのだから町内会には連絡入れておくとか。高齢の男性なのでそういうことに気が回らないというのはあるだろうけど、「入院ってこの近隣の病院ですか?」と聞いても「いやぁ、違う」としか答えないのでA子さんがどこにいるのかもわからず終い。
友人が心配して訪ねて来た話とポストにメモを入れた話をしても「あー、そうなの」としか言わない。「連絡を入れてあげるように伝えてください」というと
「無理無理、話せないから」
「え、そんなにお加減が悪いのですか?」
「いや、頭ははっきりしてんだけど体が動かないんでね」と、こんな感じ。

そもそも入院なら新聞を止めるのは合点が行くが、電話まで解約するのは腑に落ちない。この日もそうだったのだがこの老人はなぜかA子さんの車を乗り回している。考えてみれば「もうずっと入院してる」と言っているけどその間、友人が訪ねる日まではおそらくこの老人がA子さんの家でずっと暮らしていたのだ。だからこそA子さんの不在に近隣住民は全く気がつかなかった訳だが、はてさてこれってどういうことなんだろうか。
言い方は悪いがA子さんは相続人のいない財産を持った独り身女性なのである。何事もなければ良いのだが…といらぬ妄想が暴走する。
何よりも、ずっと隣に住んでると思ってた人が実は別人だったという事実に震えた。
あなたの隣に住む人は、それは本当に隣の家の人ですか?
私たちはそれを知る術を意外と持っていないのです。
以上、最近起きた不思議なお話でした。

2018年12月12日水曜日

カメラのある生活

悪口が続いたので、いい加減美味しいものの写真でもupするかと写真データの整理をしていた。今年も美味しいものをたくさん食べたな、と幸せ気分満喫。
死んだ猫の写真を見ても、なんだかんだで共に過ごした幸せな時間を思い出してしみじみ幸福感。写真って本当に良いものですね。

子供の頃に思い描いた未来の生活は、人々が腕時計式の無線かなんかを持っていてそいつで鉄人的なロボットか何かを動かしたりなんかしちゃう便利な世の中。蓋を開けて見ればまさかの電話がそんな便利ツールとして活躍している。しかも板切れの形で!
時計じゃなくて電話だったか〜、という驚きもさる事ながらこの携帯電話の中でも一番私達の生活を変えたのは撮影機能ではないかと思う今日この頃。
誰でも手軽に日常生活の中で決定的な瞬間や、なんてことない風景をいくらでも記録して残せる世界。
神楽坂飯店のジャンボ餃子
パシャリとすればいつでも見られるこの喜び
今年一年に撮った写真を見て、ここに私のほぼ全てが入っていると思った時の驚きは何にたとうべき?私の軌跡が入っているだけではない。何を撮ろうと思ったかを通して私という人間そのものを端的に現していると言っても過言ではない。写真にはそんな側面がある。
ま、大げさに言ってるけど結局は食べ物と動物園の動物達ばっかり写ってるわけなんですが。それが私というものさ。
写真で一年を振り返る。そんな時間もまた楽しからずや。

2018年12月4日火曜日

賀状の切れ目

師走に入ったので出遅れの感はあるものの、年賀状を準備するシーズンの到来ですね。
男の人は知らないが、女性陣には年賀状だけの付き合いという人がたくさん居る。学校、職場、ご近所さんなり、かつて同じ環境にいて仲良くしていた人と遠く離れてしまい、さりとて努力して会うほどの熱情は互いに持ち合わせてはいない関係の友人。それが年賀状友達。
今の若い人のことは知らないが、女は往々にして結婚によって取り巻く環境がガラリと変わることも多く、断ち切り難いがさりとて親交を深めることも困難な状況の関係というのは多い。強いて言えば年賀状のやり取りを止めないことで、親交を細々と繋いでいくということかもしれない。
さて、今回はそんな細い繋がりをあえてブッタ斬ってみた時のお話。

小さい頃から友達は大事と刷り込まれてきたけれど30代のある時、ふと「付き合うべきじゃない友達もいる」と突如悟りを開いた。これは本当にある日突然、雷鳴のようにこれは付き合いを切るべき人なんだとひらいめいて断捨離よろしく3人ばかり付き合いを断ち切ったことがある。つーても、その頃にはすでに全員年賀状だけの付き合いになっていたので賀状を送らなくなったというだけのこと。
3人の共通点を挙げるならそれはギブアンドテイクではない関係だった。先方の都合の良い時にだけこちらが利用される関係。若い時にはそれも一つのバリエーションとして楽しめたので自分が利用されるだけとわかっていても気にせず付き合いを続けられた。
友情って損得勘定ではなく、何かしらの興味や魅力を相手に感じることができるから続けられるものだと思っていたから。
そういう意味では30代のある時、自分がもはや彼女らに何の魅力も興味も持ち合わせてないことに気が付いたのだと思う。それでも惰性や思い出だけで繋がっている友情があったっていいと思っている。実際にそういう関係の人もいる。だけど彼女らの関係を断ち切ったのは要は今後は1ミリだって時間と情を割く気持ちが失せたということなんだと思う。
若い頃なら笑って許せた狼藉がお前、30代になってもそのまんまなのかよという侮蔑となってしまった。そのことに気が付いたらもう友達の顔をして賀状のやり取りをすることができなくなったのだ。

ここから悪口な。
一人は長年、既婚者との同居生活を続けていて自ら音信不通になっていた人物。別の男性との結婚が決まった時に「結婚式に来て欲しい」と連絡をよこして来て交友が再開したのだが、その後生まれた子供の写真を散りばめた年賀状を見た時に説明のつかない怒りが湧き起った。(ちなみに私は他所の子の写真年賀状は肯定派。嫌いじゃない)
彼女の不倫は最初は職場同僚(既婚者)への一方的な片思いで始まったのだが、先方の奥さんが里帰り出産の不在時に家に押しかけて一度だけ抱いて欲しい?!と懇願して不倫関係に突入(本人談)。以来10年も先方の家庭を引っ掻き回してきたのに、相手の奥さんが愛想をつかして離婚話が出たところで「なんか、面倒くさくなっちゃった」と関係を解消した経緯がある。他所の家庭を壊しておいて何事もなかったように自分の家庭の幸せ満喫かよ、と今更せんなきことだし他人事なのにそれでも嫌悪感が止まらなくなった。(じゃあ地味な反省文を寄越せば良かったのか?とか考えだしたら謎は尽きないのだが)
毎年、こんな調子で彼女の年賀状を見るたびにモヤモヤするくらいならもう止めよう、とこれが断捨離のキッカケだった。翌年、賀状を送らなかったら元々自ら音信不通にするくらい薄情な奴なのですぐに彼女からも連絡は来なくなった。
後の二人は上記の彼女のとばっちりみたいなもので、あれを切るならついでにこの二人も的な流れでさよならした。
突き詰めて考えると3人とも決定項は「不倫」。なんかね、若い頃は絶対にそれを肯定はしないものの、だからといって積極的に否定することもしなかった。止めたところで止まらないのがあの手の人たちの常だったしね。
だけど今は思う。不倫の事実を知った時に彼女達を拒絶するべきだったんだ。あんたらのしてることは友達なくすようなことなんだよ、と。
私が友達やめたところで痛くも痒くもないことだろうけど、不倫に苦しめられた名も知らぬ奥さんに「元友人がすまぬ」と、元友人を止める器量のなかったあの頃の自分の贖罪を込めて関係を断ち切ることにした。
さてそのうちの一人はかれこれ15年近く賀状を送り続けてくれている。彼女は不倫経験もさることながら私に少額ではあるが借金をして踏み倒していることもあってお付き合いをやめている。借金のことは多分もう完全に忘れてるだろうけど、私としては「お金と一緒に私のことももう忘れていいよ」と思っているのだが、これだけ長く不義理を続けている私を彼女は切るつもりがないらしい。

水と油みたいに全くタイプの違う彼女とは衝突も多かったけど、それだけ印象に残る関係だったと今も思う。私との関係を断ち切りたくないと彼女が思い続けてくれているのなら、そろそろ私も「貸した金、返せよ」と返答するべきなのかな、と徒然思う師走の空。
こうして考えると年賀状をやめないというのも、それなりに効力のあるお付き合いの一つなのかもしれない。むぐぐ

2018年11月21日水曜日

黙認する人々

副題「正義感という悪癖」

私は子供の時から正義感が強すぎて「よろしくない」と言われてきた。正義を嵩(かさ)にきてやり過ぎてしまうところが確かにある。要するに融通が利かない。
正義なんて十人十色、自分の判断だけを基準に物事を断じる危険性は私も承知している。だから大人になるにつれ、相手の立場を想定して「こういう事情だったかもしれないじゃん」という形で融通をつけるようになった。
大抵のことはこれで波風立てずに過ごせるようになったけど、いまだにどーーーーおしてもインチキな嘘を看過できない。

前回、二度目の登場をした外科医詐称男の三度目の登板です。ついに私の臨界点を突破した。彼はおそらく発達障害に近い何かであろう、とこれは職場で何度注意されてもデタラメをやらかす彼を許容するための私なりの落とし所だった。←実際にちょっと尋常じゃない不手際が彼には多すぎた。
端的にいうとどれだけ説明しても正しい処理を行うことができずに道具や資材を大量にお釈迦にしてしまう。ミスをするのは人間であれば誰しも仕方ないことだが、彼の場合は常識の範囲を越えるものが多く金銭的に見ても相当な損失を被っているので企業であればこれを理由に退職を促すことができるレベル。だけど結局、直接的には誰の懐も痛まないので黙認され続けている。
実に不愉快なのは彼が黙認されるのを良いことに自分のミスを絶対に認めず、それゆえいつまでたっても改善がなされないこと。
このこと自体は君には関係ないことだから目くじら立てる必要ないじゃないかと言われればそれまでだが実に歯がゆい。いや、共有機材を壊されたりすると実際には私にも実害が及ぶのですけどね。

私の見立て通り彼が本当に発達障害であるのなら、なるほど一般的な会社社会で生きていくのは困難だ。アカデミックな場所でちょっと風変わりな人として生きていく方がまだ方策はありそうだ。彼にもできるようなことが見つけられるといいね、とこれは本心でそう思ってた。(と、勝手に彼を発達障害認定しているのもどうかと思うが ^^;)
でもそれは飽くまでもそういう能力をここで見つけられればの話。まずもって日頃の彼の仕事ぶりを見ていれば適性が全く無いのは誰の目にも明らか。能力もないのにアカデミックなポストを得られるなら誰もこの業界でこんなに苦労はしない。
それなのに彼にも学位が与えられるらしいという話を聞いて、これは流石に私の臨界点を超えた。彼がやってることを実験室で実際に見ているので、あれで論文が作成できるとは到底思えない。言っちゃあなんだが、これ以上ここに居座られても困るからさっさと学位を授与して出て行ってもらおうという意図を感じる。そんなことってあるだろうか?

ダメなものはダメと毅然として欲しい。
彼は医師でもないのに「僕は外科医です」と自己紹介しちゃう人なんですよ?今までは「そりぁ無いわ〜HAHAHA」と真っ赤な嘘と黙認されて済んだけど、見合う能力もないのに卒業の経歴を与えてしまうと今後は彼は大手を振って「天下の〇〇大学の院卒でございまーす」とあのポンコツぶりを発揮しながら喧伝して回るんですよ。
能力の無い人にお墨付きである学位を与えてしまうとそれはつまり「あー、〇〇大学ってたいしたことないんだな」と世間に広めることになるんですけど?
ええ、私には何一つ関係のないことではありますが、これは日本の科学技術の信用を大いに失墜させることに関係してくる。そういう考えが上層部の先生方の頭にないことに私は憤懣やるかたない気持ちだ。ええ、あっしには何一つ関わりのねーことでござんすがね

人々の黙認が日本の未来を、ひいては世界を少しずつ悪くして行くのだ。
と、このように正義感が肥大すると大仰になってそれはもはや悪癖。憤りからネットに書き殴ったりなんかするのも「よろしくない」と、それはわかっちゃいるけれどやり場のない怒りで脳みそがまた沸騰しちゃいそうです。

2018年11月14日水曜日

アンシェアな人々

前回「誰にでもすぐに引き継げる形で働かねばならぬ」と書いて思い出したのですが、この業界(テクニシャン)では「この作業に従事できるのは自分だけ」というポジションを死守しようとする人がいる。過去にそういうタイプの人に何度か遭遇した。
極力間違いが起きないように一人で管理したいという側面も否定はできないが、多くは雇用契約の更新を切られないよう自衛のために他の人に仕事を回さないケースが多かった。この業界の雇用形態はその年の予算の有無に直結するのでどうしても短期雇用契約が主になっている。誰しも金の切れ目が縁の切れ目の中で綱渡り状態で働いているので「あの人じゃないとこの仕事は誰にもわからない」というトラップを作る人がいてもそれを責めることはできない。
以前、ほぼ全員がそういう考えの人で構成された職場を経験しているが非効率的なことこの上なかった。そこでは一人でできるような作業でもあえて細分化して大人数で取り組んでおり、互いの領域は不可侵とする不文律が出来上がっていた。よって誰かが休めばたちどころに作業はストップする。
ある意味ワークシェアリングと言えるのかもしれないが、いや違うだろ。自分の領域部分については絶対に誰にもやり方を教えないので不測の事態が起きた際には誰も対処ができない。
本来は誰でもできる形にした上で皆でフォローしあってやるのが正しいワークシェアリングではないのか?

誰でもできる形にシステムを構築して惜しみなく自分のスキルも伝授した。私は新人さんと力を合わせて働くつもりだったのに、彼女は能力的に色々問題を生じる人だったので結果的に仕事をシェアすることはできなかった。彼女から見たら私は「仕事を譲ろうとしないアンシェアな人」だったのではなかろうかと思うとそれが今でも若干気になるき。
「能力の低い人ほど自己評価が高い」というトピックについて前回書いておきながら、はて自分はどうなのだろうか?と不安になってきた次第。
ことほどかように、人の悪口は自分に却ってくる。

この分野では誰にも負けないと自負するものも持ってはいるが、ありがたいことに周囲の人もまた私が太刀打ちできないようなスキルを各人が持っているので「自分は優秀」と自惚れる余地がない。自分の得意の分野について皆で知恵を出し合って協力して仕事を進められる今の職場は本当に環境が良く恵まれていると思う。

でもね、たぶん、きっと…
来るよ!新たな悪口。「優秀な人達に混ざっている僕も優秀なのだ」という勘違いで自己評価を過大に膨らませた職場のとある人物が最近、自身のブログのプロフィールに嘘八百を並べているのが職場内で発覚した。学歴や職業を平気で詐称しているので、果たしてこれを野放しにして置いて良いのかどうか実に悩ましい。他の人は呆れつつも放置の姿勢なんだけど、私はどうしてもこうした行為が生理的に受け付けない。
自己評価が高いだけあってこの人も相当に能力が低い。正直、職場内をウロつくだけで妨害行為になるレベル。そういう意味では他者に何もシェアするものがないので、こういう人もアンシェアな人と言えよう。
はい、以前も登場した黙秘な人々の彼のことです。もー、嘘は暴きたくて仕方ない。極力彼にはもう触らないようにしてる他の人達と比べて、いかに自分が小者であるかを痛感するよ(涙目)。

2018年10月30日火曜日

重複する不幸

不幸とは重なるものなのか、いや、悪い巡り合わせが重なった時に人はそれを不幸と呼ぶのであろう。本当に間の悪さというものは重なると多大な悲劇を引き起こす。

4ヶ月だけ一緒に働いた人の残務整理でこのところ大忙しだったことは細々とこぼしてきた訳ですが、今日こそ書いてやるぜコンチクショーめ。
と、書いては消し書いては消しであっという間に一月が経ってしまった。どう頑張って取り繕っても悪口になってしまうんですよ
それだけ仕事の上で酷いことをされたのでえーい書いてしまえ!と思う一方で、居なくなった人の悪口はちょいとみっともねーなと思う気持ちもある。
もとより、人に読ませる文章を書くときは私的な事は書かずなるべく一般化して書くようにと私の師匠(なぞ)もよく言っていた。ふむ

以前、聞いたことがある。能力の無い人ほど自己評価が高くなりがちなんだそうな。
その手の人は「これで完成!」のゴール地点を元々低いラインに設定しがちなので、周囲からは頑張りを認めてもらえず不平や不満を溜めやすいそうだ。自分はこんなにやってるのに!という気持ちから過大に自分の能力をアピールしがちで、結果言ってることと実力の落差から余計に周囲から認めてもらえなくなる。
裏をかえせば、自分が認めてもらえていないと感じるときは冷静に周囲を見回してフラットに自分の立ち位置を確認する必要がある。私も以前の転職時にそれを痛感していたので、冷静な視点無しに職場を変えても同じことの繰り返しになるよ、と声を大にして彼女に言いたい!
なにせ世間は狭いし、私もこの業界は長く勤めているので知り合いもいたるところにいる。彼女の新たな職場にも御多分に洩れず私の知人がいるわけだ。「ねえ、この人ってもしかして例の人じゃない?」と持ちかけられた話題の人物は…例の人でした。
私が想像した通り、新しい職場で前の職場の不平を漏らしながら(つまりは私の悪口だ^^)相変わらずトンチンカンな仕事ぶりを発揮している様子だった。
彼女は多分、永遠に新人さん。今の職場も年内には終焉を迎えそうな勢いでやらかしているらしい。

さて冒頭の「悪い巡り合わせ」というのはこのことではない。新人さんの杜撰な仕事の上にもう一人、間違った手法の仕事を重ね合わせてくれちゃった人物がいて、そのためにずっと私は修正作業にあけくれていたのです。ミスが一つだけなら傷は浅かったろうに、一つの間違いから広がる可能性の枝が二つ絡まることで実に難解なパズルとなって立ちふさがった。新人さんが関わらなければとか、段取りを理解してない学生さんが関わらなければとか、悔やんでもそれはせんなきこと。そんなことを言い出したら結局、全部一人でやるのが一番安全で間違いないということになってしまう。それは事実なんだけど(^^;)
でもそれは行き着くところ、自分の代わりがいない仕事になる。「自分にしか出来ない仕事」があることを誇らしく思う人もいるかもしれないが、私は仕事としてそれは間違っていると思う。何より、それじゃ私が休めなくなるじゃないか!
昨年、脳梗塞を起こした時に思ったのは誰にでもすぐに引き継げる形で働かねばならぬということ。人が関わることで最初の段階でどんなに面倒くさいことになったとしても、作業は割り振って行う。それを意識するのが責任を持って仕事をするということではないかと思った次第。

良き巡り合わせで、仕事を共有できる人が見つかりますように。なむなむ

2018年10月7日日曜日

女の処世術

隣街の雑木林に忽然と出現した ”隠れ家的古民家カフェ” に、ポケGOの途中で立ち寄ってみました。本日はその感想とそこに付随した亜空間思考の紹介。

随分前からそこにカフェができたことは風の噂で知っていた。古民家をカフェに改装して、食事には有機栽培の野菜を取り入れ、体と心に優しいロハスな雰囲気に満ち溢れた小物の販売もするし、定期的に良い雰囲気の映画の上映会なんかもしちゃったりなんかする色々な試みに意欲的に取り組んでるカフェという触れ込み。
ロハスに興味は無いけれど、近くまで来たことだしと全くの冷やかし客として入ったわけですが店内に入って「こんにちは」と声をかけるが反応は無い。店員は皆、厨房作業に集中して頑なにこちらと目を合わせない。
全員、人見知りかな?と思いつつとりあえず販売スペースの棚を拝見。その一隅にカフェスペースのウェイティングシートが置かれていることに気づいて名前を記入。これが無ければ、誰からも相手にされない雰囲気にいたたまれなくなって帰るしかなかった。店内からは隠れ家カフェには似つかわしく無いほどのお客さんの喧騒が聞こえてくる。
待つことしばし。ようやくカフェスペースに案内されて「繁盛してますね」と声をかけるとそれまでとは打って変わって気持ちの良い対応で「今日はたまたま団体のお客様がいらしてるんです」との由。客席に着いてからの店員さんの対応は実に物腰も柔らかく好印象で、入店時の排他的な雰囲気が嘘のよう。気を取り直してメニューの説明を聞く。
ここは土鍋ご飯が名物らしく、しかも今月の土鍋ご飯は「鯛めし」だという。鼻腔に鯛めしの芳しい香りを妄想しながらもあまり時間がなかった私は「でも鯛めしは時間がかかりますよね?」と躊躇っていると「そうでも無いです」という意外な返答。「じゃあ、鯛めしで!」
お値段はそこそこ張るけど、なかなか食ベる機会のない鯛めしに思いがけない状況で邂逅した喜びにホクホクしているところへ出て来たものは!
小さな土鍋にご飯をよそってその上に鯛?の刺身をちょろりと載せたものでした。
違うよね?これ、違ってますよね?
いえね、鯛茶漬けみたいにご飯に鯛を載せたもので鯛めしというのがあるのはわかる。百歩譲って塩焼きにした鯛のほぐし身を土鍋ご飯の上に散らして出すこともあるだろう。でもね、土鍋ご飯で鯛めしつーたら、普通は土鍋で鯛と一緒に炊いたご飯を想像するよね。お値段もそれなりだったわけですし
少々絶句しながらも出されたものはありがたく頂戴する。背後では入店時から騒音の発生源になってた奥様連中がいまだ声高にお店の雰囲気を絶賛中。
「お庭が素敵!」「古民家カフェっていいわよね〜」
違う…これは違うよ。一般的に古民家を改装したお店というのはそこそこ歴史と風格がある建物をその雰囲気を損なうことなくお店に仕立てたものを指すと思っていたんだけれど、ここは…高度経済成長期に量産された極一般的な庶民のお宅です。正直、奥様連中の喧騒が無ければここがお店だとはわからないくらいに古く傷んだパンピーの一軒家だったのでここがその「古民家」だとは思わなかった。古い民家という意味では間違いではないだろうけど、しかしいわゆる古民家を売りにした商売をするには、土鍋に別炊きのご飯をよそった土鍋ご飯くらいには何か違ってますよというツッコミを入れたくなる。経営側がわかってないままイメージだけでやっているのか、あるいはわかってない人を対象にイメージ先行の集客商売をしているのか判別がつかない。(唯一、擁護するとすれば外観はともかく内装はとても工夫しておしゃれ空間にリフォームしてありました)
お庭もね…学生時代に造園部に在籍していたので言えるのですがプロの仕事ではないのです。素人が趣味でやってる程度には楽しそうで微笑ましいのですが、店内にはお庭の施工も承りますという張り紙があって、いやいやいや、この庭は正直危ないって感想が否めない。隠れ家カフェというよりは隠れ里に近い鬱蒼とした雑木林に走る細い獣道。ここが正規の入店ルートらしいのですが、雨のこの日は実に危険な足元の作りだった。プロの仕事なら危険な設計はご法度でござるよ。
イベントの映画上映も林に張ったスクーリンで野外上映らしいのですが、映画館と同じ料金をとるのには恐れ入った。映画館は設備費を含めてのお値段ですよ?
あの鯛載せご飯に一般的な鯛めし金額を提示したのは、根底に流れるこのイメージ先行金額設定があるからなんだと合点が行った。それでも他に選択肢のない地元の人がありがたく思って通うのであれば、それはそれで存在意義はあるのでしょう。

昔、ママ仲間(ママ友と呼ぶほどの付き合いがない)がアクセサリーの販売を始めた昔の友人からダイヤのネックレスを安く買ったと大喜びで見せて回っていた品がどう見てもジルコニアだった時の複雑な心境をふと思い出して帰路についた。その時は聞いたお値段もジルコニア相当だったのでまあ問題はなかろうし、本人が喜んでいるものを「それダイヤじゃないよ」とは誰も言わなかったけど、ダイヤだと信じた人の何人かは彼女のツテでそのジルコニアを購入していたし、彼女らがやがて明らかにプラスチックみたいなアクセサリーを一斉に身につけ始めた時は他人事ながらハラハラしたものよな。
ジルコニアと天然ダイヤの見分けは素人目には無理と言う人もいるけど、どうなんですかね。光り方は全く違いますよね?質の高いジルコニアは知りませんが少なくとも当時は私を含めて幾人かの奥様はコレは違う…と思いながら目をつぶっていた模様。「本物はこんなだけど」と良かれと思ってやっちまった奥様が酷い目にあわされたことを後日談で本人から聞いた。
ことほどかように時として本当のことを言うと大変な事態を招くのが女の世界の厄介なところ。余程のことがない限り、大多数が信じた誤りを正すような真似はしないのが女の処世術。真実を明かすにも並外れたスキルが女の世界では必要なのでございます。

そして大概のことは目をつぶる私でも食べ物の恨みだけは決して忘れない(^ ^;)
ああ、本当の鯛めしが食べたい。

2018年9月26日水曜日

今そこにある旅路

長い間が空きましたが私は元気です。辞めていった新人の置き土産的な地雷を除去する作業に追われて「くっちょ〜、書いてやるからな」と思ってブログに途中まで着手しつつも、とりあえず私の持ち場から去ってくれたことに感謝する方向で仕事に没頭する数週間でした。彼女は今頃、新しい職場に迷惑かけてんだろうな〜と胸を痛めつつ…。

そんなわけで(?!)本日のテーマはポケモンGo、君に決めた!
位置情報ゲームとして昨年、世間の話題をさらったので未経験でもご存知の方は多いでしょう。私も昨年の配信日から始めて飽きもせずに細々と続けております。ひたすらポケモンと共に歩いて辻々で見つけたモンスターを捕獲しては図鑑を埋めていく、昭和の子供の昆虫採集の喜びを彷彿とするゲームなのですが、単純なものほど遊びは楽しい。
配信当初は捕獲できるポケモンやアイテムをゲットできるスポットの数が都市部と郊外では差が激しすぎて、その格差ゆえに私の周辺ではすぐに辞めてしまった人も多いのですが、随時補正が加えられてどんどん面白くなっています。
今は謎の男、ウィロー博士が不定期に指令を飛ばしてくるのでその期待に応えるべく粛々と課題をこなす日々。やっていて思ったのですが、絶対にやらなきゃいけないわけじゃないちょっとしたタスクを提示されて、それをクリアしていく快感というのがこんなにも楽しいという発見がありました。
「例えば○km歩いて卵を孵化させろ」とか言われると、ちょっとだけ遠回りして帰ろうかな、なんて余計に体を動かしたりなんかして。それで卵が孵化するとその達成感で爽快な気分になる。ホント、ちょっとしたことなんだけどね。でもこの達成感ってやつは人生にとてつもなく励みになる。人間にとても大事な要素ではないかと思う次第。
昨年、ポケGoと共に地元を徘徊した時も「身近にこんな場所があるんだ」という発見があったり「うわ〜、ここ歩くの数年ぶり」みたいな懐かしい風景に身を置いて来し方行く末を考える時間を持ったりで色々と感慨深いものがあった。今年は今年でこんな風に人間のモチベーションの大切さについて考察してみたり、人生はいたるところに発見がある。
最近、一番悶絶したウィロー博士の無茶振りは「フレンドを3人作れ」というもの。ゲーム内でお友達を作りなさいという指令。リアルでも友達なんてそう簡単にできないのに、博士!なに言ってくれちゃってんの!

思い余ってとうとう禁断のTwitterを利用して友達ゲットしちゃいましたよ。
リアルとネットをリンクさせる趣味はない(キリッ)とかつて書いたこともあるけれど、迂闊にネットにリアルの情報は流したくない。(その割に職場の愚痴は垂れ流してましたけど、ほほほ)だが、博士の期待に応えるにはどうしてもお友達が必要。恐る恐る、フレンドの仕組みについて情報収集してからネットでお友達募集してみました。
まずは自分のコードナンバーを取得してそれをTwitterで公開。このナンバーを見た人が入力をして友達申請をしてくれれば、めでたくフレンドゲットだぜ。あくまでもポケGoアプリに割り振られたナンバーのやりとりなので、これだけなら個人情報の流出は心配なし。(コードナンバーは固定ではないので何度でも変更できるのも安心材料)もっとも、Twitterで自ら色々情報を垂れ流してれば住んでる地域とか仕事とか多少のことは察しがつけられるけどね。
一番危惧したのはTwitterで友達募集して手が回らないほど応募があったらどうしよう…という心配。実際には募集で得られたフレンドは総勢5人だったので全くの杞憂だった。インフルエンサーならいざ知らず、トーシローの自分の呼びかけではこんなものと思い知った一幕。
さて北は北海道、南は九州、近畿、中京と満遍なくフレンドを得ることができて彼らと地元のポケストップで手に入れたギフトを送り合う生活が始まりました。そこで知ったのは遠い土地にこんなポケストップがあるんだ〜という発見の数々。私の知らない土地で互いを知らないフレンドが未知なる生活を営んでいて、けれどもアプリを通じて袖すりあっている不思議。いつかこの未知なるポケストップを訪れる日がくると楽しいな、なんてギフトが届くたびに遠く旅をしている気分が味わえる。地元に根ざしたポケストップはいろんな意味で観光地とは違った趣があるんだけど、視点が変わるとそれだけで楽しい。いつも見慣れたなんでもない風景で、見も知らぬフレンドも楽しんでくれるといいなという余計なサービス精神でせっせと少しでも面白そうなポケストップを徘徊する日々。
日常に潜む旅路の数々を思い知った昨今です。

その後、ウィロー博士が「ポケモンを交換しろ」という指令を出してきた時はさらに悶絶したわけですが(←交換はフレンドと対面してないとできない)それはまた別のお話…

2018年8月22日水曜日

未完の制覇

仕事帰りに夫と落ち合って根津の釜飯屋「松好」に行こうと言う話になった。ところが店に着くといつの間にか開店時間が一時間後ろにずれていて入店できなかった。時候が良ければ根津神社に参拝して時間を潰すところだけど今年の夏はむやみと暑くて断念。
ということで図らずもゴージャス飯再び?!となって根津の串揚げ屋「はん亭」へ。
趣のある店構え(昔行った時の写真ですが)
店の中に蔵席がある
遡ること20数年前、加州へ転居する前に「日本の外食食べ納め」で行った思い出の場所。歴史のある古いお店なのでご存知の方も多いと思いますが、席に着くと「もう結構」と言うまでその日の串揚げが順番に運ばれてくるユニークなスタイルのお店です。昔は一膳が6本で完全制覇するには六膳までの計36品だったのですが、現在は3本ずつで加減しながら膳を進められるみたいですね。
さて、若かりし日の私は「あともう一膳で完全制覇!」というところまで行ったのですが夫に止められて後ろ髪引かれる思いで店を出たことがあります。折々に「あの時、もう一押しだったのに」と思い出してはあじき無い思いをかみしめ続けた。その後、はん亭には何度か足を運んだがいつも同席者の手前、足並みを揃えて箸を置かねばならず夢の完全制覇は叶えられなかった。
前菜サラダと付け合わせの野菜
一の膳前半:エビ、枝豆、谷中生姜

今日は夫と二人飯。釜飯のために胃袋のスペースも開けてある。絶好のチャンス到来。今日こそは喰い遂げて悔いをなくすと宣言して挑んだ。ビールで乾杯してから前菜のサラダ。一の膳の後にはお口直しのガスパチョがついた。これが美味しかった。お口直しは旬のものが工夫されて出てくるので串揚げ同様に楽しみがある。
稚鮎、蓮根、ホタテ
牛ヒレ、生麩、太刀魚
鴨、エリンギアンチョビ、烏賊ウニ
枝豆はすり身団子になっていて食べた時の意外さが楽しい。具材に合わせて工夫したスパイス使い、本当に気が利いてる。カレー粉あり、チリソースありで飽きない。
三の膳あたりから記憶が曖昧になってくる。
真ん中は玉蜀黍、他は…?
夫は三の膳の前半で離脱。このプレッシャーに負けてはいつものパターンで後悔する。独りでも突き進むのみ。4の膳ぷり〜ず。
南瓜、茄子、?
鱚三つ葉、トマト、思い出せない何か
浅蜊、椎茸タルタル、アスパラ
そして限界がきた。無念のリタイヤ。最後のアスパラなんかは写真撮る前に齧りついちゃったし(^^)。
やはり若いうちにやりたい事、何でもやっておかなくちゃダメね。若いうちは財布の中身がすっからかんでそうも行かなかったけど、財力ついたら体力が追いつかなくなってるというジレンマ。串揚げで人生について考える夕べでありました。

後の愉しみに取っておく、というのは痩せ我慢体質の私は嫌いじゃない。そうやって将来の楽しみのために今を頑張るのは好き。でも「いつかやろう」と思って先延ばしにしている事はいざという時には実現できなかったりする。いつだって「今!」しかできない事はたくさんある。
ちなみに今、「いつかやるから」と言って部屋の片付けを絶対に実現しない夫の背中をじっと見ている。

2018年8月11日土曜日

伝わらない人々

人生はめぐり合わせでできている。そこに良い悪いはなくて、ただその時々のタイミングで一つの物事が紡がれるだけ。さあ、お待ちかね?今回は仕事の愚痴(と言うか悪口)タイムです。 昨年9月に「人々シリーズ」で愚痴を上げていた ので今回もタイトルは人々で…。て、ついでに読み返してみたら自分ってばいつも他人に不平を言ってるみたいでちょっと恥ずかしい。でも言っちゃう(^^;)

プロジェクトが軌道にのったので私の病気入院とは関係なしに職場では私の仕事のサポートをする人を雇おうということになり、4月から新人さんが来ていました。Twitterで細々とupしていたので「あー、あの話ね」と思われる方もございましょうが、今週彼女が辞める運びになったので総括でごわす。
端的に言うと彼女は「話が正確に伝わらない人」でした。その点では既出のMr.ポンコツと同じ。ポンコツ氏と違うのは何も言ってこないので話の内容を理解できてないことがこちらになかなか伝わらなかった。普段の彼女は仕事で具体的な指示を出すと、その直後にはてんで違うことをやり始めてしまうお茶目な人でした。
一番のヒットはデータ入力のやり方を説明して「じゃあお願いします。割と急ぐのでこの入力が終わったらすぐに知らせてくださいね」と言った直後に居眠りを始めたこと。どこから着手しようか思案してるのかと思ったけど、どう見ても目を閉じて寝てるので思わず二度見した。「疲れちゃった?具合が悪くなったの?大丈夫?」と慌てて声をかけると「え!あっ、やる事ないから眠くなっちゃって…」ですと。いや、あーた、今さっき急ぎの仕事を振ったばかりなんですが?「やる事ない=指示される前に入力を終えていたのかも」と思い直して「もしかして既に終わってた?データファイルもらえる?」と声をかけると「?!データって?えっと何をどうするんでしたっけ?」とフリダシに戻る。

とまあ、こんな感じに仕事してました。これはまだ害がない例だけど、彼女にはどれだけ説明してもそれがキチンと伝わらない。最初は緊張もするし慣れない場所で働くとおっちょこちょいにもなるだろうと思って長い目で見ていた。飲み込みが悪いのは彼女の個性と思い(ポンコツ氏の体験でそーゆーの慣れてもいた)、そこは何度でも繰り返し説明すればそのうちできるようになるだろうと思ってた。結果的にそれが「何度も同じ事言ってくる須磨人、ウゼー」になってしまった模様。
上記の例のように「もしかしてもう終わってた?」みたいな先回りした解釈も、私としては良いように受け止めようとした結果だったけど、本人にとっては仕事ができてない事を責められてると感じたようで、一時が万事この調子で要はお互いに何も伝わらない間柄だった

飲食店になぞらえて言うと彼女にオーダーした料理はいつまでたっても出てこない。声をかけると「ああソレ、できてますよ」と言って盛り付けもしてない料理が鍋ごと出てくる。しかもオーダーと違う。ほんでまたよく見りゃこれが生焼けで食べられない料理。色々とムリ。みたいなツッコミどころ満載なお仕事をする人だった。
オーダーと違う動きを始めたところで側にいる人間としてはどうしても「それ、ちゃうちゃう」と言わないわけには行かないじゃないか。良かれと思って軌道修正させてたが、それが原因で嫌われて、その上彼女は失敗を隠すのでその矛盾を迅速に見つけて修正する作業も加わり流石に私も疲弊した。うちらの業界では失敗を隠す、つまり捏造データを作られるのは一番の致命傷になるので本当にこれには参った。(思い返せば去年もこれ系の問題修正に苦しめられてブログで愚痴ってたんだった)
私のサポートのために新人を雇ってもらったのに、私が新人のサポートでてんてこ舞になっているのを見て&新人は正確に話が伝わらない人だとボスも認識してくれたので先月から彼女に仕事を振るのはボスが肩代わりしてくれるようになった。当然、ボスもオーダーと違う動きをする新人に「それ、ちゃうちゃう」と言うわけですよ。すると新人は「須磨人と同じことを言う。ボスは須磨人の言うことを鵜呑みにしてるんだ」と孤立感を募らせたようで「辞めます」と言う運びになった。

正直、ホッとした。今まで積み上げて来たもの(データの蓄積)がおかしくなって壊れていくのも苦痛だったが、意思疎通がうまく行かずに作業がグダグダになっていく段階で「自分のどこがいけなかったろうか」と不必要に自分を責めてしまい心と体の両方を壊しそうだった。彼女に対する苛立ちも沸き起こるし、その事自体にも自己嫌悪が湧くジレンマ。
彼女が辞める話をボスから聞かされたとき、うまく仕事のコンビネーションを組めなかったことを詫びるとボスは私を慰めてくれた。「最終的には彼女には辞めてもらうつもりだった。見ていて気分が悪くなるくらい、あなたに対してひどい態度をとる人だったから。長らく嫌な思いをさせてすまなかった」と。
え?彼女、私に対して悪い態度だったんですか?
そういえば過去に2回くらいは「反抗期の娘が親の説教聞くみたいな態度で説明を聞くんだな」とびびった事はあったけど、毎度というわけではなかったから「家庭で嫌な事でもあったのかな」と思い受け流していた。周囲の人は彼女の不貞腐れた態度を見ながらずっとヤキモキしていたらしい。多分、彼女はそうやって「ウゼーんだよ。いい加減気づけよ」という主張をしてたんですね。肝心の私にだけは伝わらなかったようで…ああ私達、いろんな意味で伝わらない人同士だったんだね。
巡り合わせというものは如何ともし難い。彼女と鉢合わせたのは私にとってとんだ災難だったが、同様に彼女にとっても私は災難な巡り合わせだったのだなと複雑な気分で職場を去る彼女を見送った。お互い様だと思えば、うまく行かなかったことを彼女だけのせいにはできない。

それはさておき新人のズレまくる仕事のアレコレを知人に話すと大概は「今の若い子は仕方ないね〜」と言われる。でも実は新人さんは私と変わらない年頃の40代子持ち主婦でした。飲食店になぞらえると「長年、厨房で働いて来たのでなんでもできます」と熟練を売りにして採用されたのに、前の職場では何をしていたのかを聞くと「それが洗い物しかさせてもらえなかったんですよ!酷いと思いません?プンスカ」と前職の悪口を言っていた。今となってはそこで何があったのかは推して知るべし。
次の職場でよしんば私の悪口を言われたとしても、彼女がもし今のままであるならばきっと同情されるのは私の方だと確信を持てる。←ここは彼女に対する私のささやかな悪口な

来週からは気持ちを新たに働きまふ。やれやれ

2018年8月4日土曜日

どんまい三昧

実はですね、東京ステーションホテルに泊まる前の週にもう一軒泊まってます。会議は2週に渡ってあったのでございます。今回は丸の内ホテル編。どんだけ遊んでるんだ?という感じで恐縮だけどお仕事のためです(この日は夫しか働いてないけど)。

窓から東京駅を俯瞰できる
コンパクトなまとまり
随所に洒落た調度品
丸の内ホテルはオアゾの上。丸善にはいつもお世話になってるけど、その上階にはとんと縁がなかったのでエントランスを潜る時はドキドキ。7Fに進むとロビーには小さな庭があったりしていつもの場所の知らない風景に小さく感動。全体的にコンパクトにまとまった感じのいいホテルでした。東京ステーションホテル同様に地下通路を通れば雨天でも傘をささず駅に直結なのも嬉しい。
ちょっとした気遣いが嬉しい
そして何と言っても窓から見える風景がいい。東京駅が一望できて、まるでジオラマを見てるみたい。鉄道ファンにはたまらないロケーションでしょう。
室内の誂えもモダンで洒脱。小ぶりな部屋でしたが窮屈感はなく、落ち着いてくつろげました。洗面台に置かれた歯ブラシ立てが何気に嬉しい。こーゆーのなかなか置いて無いですよね。
朝食ブッフェは割と普通でした。選べる卵料理とか、トーストがセントラル ザ ベーカリーのプルマンでございとか、そこそこ期待はして行ったのですが食べた感想は申し訳ないけど割と普通だった。決して贅沢して口が奢ったわけじゃ無いです。東京ステーションホテルに泊まった後だからだろう、と思われるかもしれませんが、丸の内ホテルの方に先に泊まってます。むしろ東京ステーションホテルに泊まった後だったら少しガッカリするレベルだったかも。あそこと比べるのはちょっと酷ですが。ホテルの部屋同様、料理のスペースもコンパクトに収まっていて他のお客さんとの巡り合わせによっては若干取りにくい仕様。品数は決して少ないわけじゃ無かったけど、要は自分の食の趣味とは合わなかった。
スープ皿が欠けているのもご愛嬌
一番の敗因は卵料理が冷たかったこと。ポーチドエッグを頼んだのにまさか冷たいスープで供されるとは思わなかった。これはお店のせいではなくて完全に私のオーダーミスと言えましょう。冷たいスープも季節柄それはそれでよろしいのでしょうが、温かいものと思って口にした時のやっちまった感が最後まで拭えなかった。次は温かい卵料理でリベンジしたい。

元気があったら夫を見送った後に休日出勤でもするかと思ってたのですが、雨天だったこともあり大人しく帰宅しました。雨に濡れずに帰れてやっぱりこの立地は便利だなと思った次第。早朝から電車で遠出をするような時には利用価値が大きいと思います。
今読み返すと食べ物に文句言って申し訳ない。でも滞在そのものはとってもリラックスできて全体的に品の良いホテルでしたのよ。とフォローしてみる。機会があればまた利用したいホテルの一つです。

2018年7月28日土曜日

洗濯のおまけ

せっかく東京ステーションホテルに泊まったので、もっと宿泊備忘録。ということで前回は紹介しきれなかったあれやこれやの写真をupです。
幸せ朝ごはん
朝食室に続く階段
まずはベタ褒めしておきながら一枚も上げなかった朝食の写真。卵料理は調理スペースで依頼して出来たてを出してもらえる。オムレツの他にエッグベネディクトがあるのが嬉しい。オーソドックスなものを頼むつもりだったけど今回はアボカドにポーチドエッグを載せた変わり種をチョイス。アボカドの種の窪みに埋められたサーモンの塩味が「これ絶対ご飯に合う!」という味で思わず和食スペースにご飯を取りに行ってしまった。
落ち着く調度品
そんな訳でエッグベネディクトらしからぬことになってしまったけれどそれも楽しい思い出。夫はオーソドックスに仕上げてもらって「バルサミコが美味しい!」と喜んでいた。う〜、オーソドックスバージョンを食べにまた来なくちゃだわ。
とにかく種類が豊富なので目移りすること。ドリンク、オードブル、サラダ、温料理、そしてデニッシュもどれも美味しそうで、さりとてそんなには食べられない。対面には和食コーナーもあって、こちらも充実してる。あー!朝だというのにデザートコーナーまで充実。もうね、ここで暮らしたい。幸せになれること間違いなしの朝食でした。

湯のみが可愛い
さてお部屋の話もしましょうか。使い勝手がよくてシックな雰囲気の水回り。お風呂は広々して洗い場と浴槽が分かれているジャパニーズスタイル(ユニットバスじゃないってことね)。トイレの扉の所に小さな段差があるので足元にはご用心。
窓辺に置かれたソファが座り心地が良くて愉快な気分。カーテンを開けてここから人通りの少ない朝の行幸通りを眺める。と、修学旅行生が記念撮影に現れた。なるほど、考えましたね。朝のこの時間じゃないととても集合写真が撮れるロケーションじゃ無いものね。
窓から臨む行幸通り
バーコーナーはこじんまり。冷蔵庫も小さめ。でもこれだけ便利な場所だから近くにコンビニもあるし晩酌には事欠かない。揃えられた茶器の趣味が良くて笑みが溢れる。

旅行とは違うけど、見慣れた風景の中でちょっとだけ非日常を味わえるホテルライフ。清潔に整えられた部屋で過ごすだけでも気持ちが入れ替わるし、自分の家も綺麗にしようと決意を新たにできるおまけつき(^^;)
毎度、贅沢な宿に泊まるわけには行かないけど、少しお疲れ気味な時には通勤の疲労を避けるためだけでも、こうやって職場近くの宿をとってみるのもいいかもしれません。
気持ちにゆとりを持てるし、また頑張ってお金稼ぐために働こうという意欲も湧く。という馬車馬人生。
次回はいよいよ職場の愚痴…かもね?!

2018年7月18日水曜日

命の洗濯三昧

手術休暇明けの仕事が恐ろしく忙しくてブログで愚痴を垂れ流すいとまもない程でした。なんとか一区切りつきましたので再開。今回は、忙しいと言いつつも先月出かけた息抜き備忘録です。
夜の東京駅
なんだかんだ遊んでると言われればそれまでですが、以前にも経験した夫の「朝から都内で会議だけどラッシュの電車なんて乗れない体だから都内で前泊するよ企画」です。
なんと!今回は憧れの東京ステーションホテルでっす。運よく割引価格を適用できたのでこれまた「生きてるうちにやりたいことをやるんだもんね」というヤケクソ気分で行ってきました。久々のヒストリカルホテルシリーズだ(シリーズという程出かけてませんが)。

こちらが3階廊下
こちらが2階廊下
歴史のある建物はいいですね。大改装後とはいえ、本当に子供の頃から憧れていたホテルなのでここに泊まれる日が来るなんて感無量。チェックインするとツアーガイドの小冊子を渡されて自分で自由にホテル内を探検できます。
ホテルの廊下から駅の改札を見下ろしたり、何と言っても東京駅のホームと同じ長さがあるのでいつまでも続く廊下の長さを堪能したり、驚きと感動がいっぱいの宿泊でした。
落ち着いた内装
部屋に通されて最初の印象は「天井がたっかーーい」。ただそれだけでゴージャスな気分。でもホテル内をうろついて気が付いたけど2階と3階で高さが若干違う。外に出て見るとなるほど高さが全然違う。2階は階下を歩く大勢の人の気配が近くて窓辺にいると落ち着かないところもあるけれど、それでもこの天井高のゴージャス感には代えられない価値がある。3階なら展望がいい、というロケーションでもないから私なら2階をオススメする。ドームに面した部屋は3階でも天井が高そうですけどね。

こちらがアーカイブバルコニー
バルコニー窓からの眺め
改札から見あげるのとはまた違う表情
ドームサイドのお部屋は人気もお値段も高いけど、ドームを臨める一角がアーカイブバルコニーとして宿泊客に開放されています。ここからドームの装飾品を眺めるのは至福の時。駅の改札を行き交う人々を眺めるのも楽しい。
朝の光が気持ちいいアトリウム
そして何と言っても一番の楽しみだったのが朝食ブッフェ。東京駅駅舎の最上階、というか元屋根裏部屋が現在は大きな天窓を擁したアトリウムとしてホテルの朝食室になっている。駅舎正面の三角屋根、そのホーム側の屋根が天窓になってたなんて知らなかった。
開放的なアトリウムの雰囲気も素敵だし食事の内容もスンバラしくて、今思い出しても幸せな気分になる。種類も豊富でどれを食べても美味しかった。ブッフェ形式の朝食は正直あまり好きではないけれど、ここだけはまた行きたいと思える。食事を終えて帰り際にお土産の木村屋のあんぱんと蒸しケーキをもらえたのも嬉しい。

ホテルの居心地の良さもさることながら、文字通り駅直結なので便利なのがたまらない魅力。
夫はゆとりを持って身支度をして仕事に出かけた。私もリフレッシュできたおかげで修羅場と化した職場へと余裕を持って出勤できた。お昼ご飯に木村屋のあんぱんを頂きながら、贅沢な余韻に浸って働けるこんなやり方も悪くはないなと思いました。ストレス溜まったらこんな風に発散してやろうと思ったら俄然やる気になりましたとさ。
元気をありがとう!

2018年5月14日月曜日

しばしのお別れ

検査結果を主治医から聞いた。その週の金曜に医療チーム全体のミーティングがあり、具体的な治療方針はそこで固められると言う。もちろんこちらの意思も尊重される。さしあたって退院時に行われた主治医の説明は検査結果の報告に止まった。
昨年の脳梗塞発生直後よりも明らかに塞がった血管。狭窄部の範囲も広がっているようで、現段階ではこう見えて血は通っているものの将来的には結局血行再建術が必要になる感じ。脳疾患のリスクを抱えたまま余生を過ごすにはまだ若すぎるでしょう、と言う話だった。検査の様子から鑑みて血行再建術は脳バイパス手術になるであろうこと、頭蓋骨周辺の血管(浅側頭動脈)もあまり良い状態ではないので私の場合は腕の橈骨(とうこつ)動脈を取り出して利用することになるかもしれない。施術範囲が広がり結構難易度の高い施術。

「そのままでもなんとかなるかもね〜」なんて検査結果になるやも知れぬと言う一縷の望みは叶わなかった。その上、今や猫のことが心配。ダメなんだろうなという予感とただひたすらに仕方がないという思いで帰路につく。仕方がない。仕方がないのだ。

お気に入りの場所でいつものように眠っているような姿の愛猫ディーと、そのかたわらで椅子にずっと腰掛けていた様子の息子を見て、ひたすら申し訳なかった。だけど一声鳴いて、様子を見に来る息子の気配を感じながらきっとディーは安心して逝けたのではないかと思う。息子には過酷な経験をさせてしまったけど、絶命の瞬間に信頼できるヒトを呼んでそれに応えてくれる相手がいて良かったと息子に謝意を伝えた。誰もいない時に独りで逝く情景は寂しすぎる。それは勝手な解釈と百も承知だが、ディーがいろんなことを教えてくれた。自分もこうやって病に倒れたとしても、それはただひたすらに仕方がないことなのだ。

近所にあったペット霊園に電話をして火葬を頼む。夕刻に弔いが可能とのことでそれまで涼しい部屋に移し、タオルに包んで花やおやつと一緒に連れてくるように言われた。夫は「何もこのタイミングで逝かなくても」と絶句していたが私はむしろ救われた。覚悟したのは自分の死だったが、おかげで心残りのないほどにディーを愛でてから別れたのだ。退院の日だったから他に予定もなく、弔いの時間まではたっぷりとお別れの時間を取れた。冷たい部屋で一緒に横たわって何度も撫でた。撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす声が聞こえて、何度も「あれ?まさか生きてる?」と話しかけた。
涙はとめどなく溢れたけど、一緒に過ごせた幸せを噛み締めて感謝の気持ちでいっぱいだった。弔いってこういうことなんだ。
火葬の間、猫の写真を飾りたいという夫の提案でスマホの写真データを眺めた。幸せな記憶が次々とよみがえり、私は泣きながら笑顔になっていた。
自分の葬式の必要性は感じなかったけど写真くらい飾りたいと思われた時用にこっそりと遺影フォルダを作って「使うならコレ!」みたいな奇跡的な数枚を用意した。猫は実にいろんなことを教えてくれたのだ。

さて、そんなこんなでいよいよ今週、血行再建手術が行われます。
何としても今月中に退院できるよう奮闘する所存。それというのも高額療養費制度の限度額は月をまたいだ分は再び支払い金額が発生するので。←同月内に収まった医療費なら限度額以上は払わなくて済むけど、月をまたぐと二ヶ月目の限度額までの支払いが発生する。
だからこの制度利用者は一ヶ月以内に入院が収まるように予定をきっちり立てましょう。これ豆知識な。

しばらく入院生活のためにブログはお休みですが、また会う日まで。
どうぞみなさまお元気で。

2018年5月7日月曜日

カテーテル検査入院

初めての検査入院。気持ちはそわそわ。
そりゃあ開頭手術に比べりゃ時間も短時間(1〜2時間)で終わるし、体に受ける負担も少ない。
気軽に受けてみてください、みたいな話だったのにいざ受けるとなったらリスク説明があって同意書にサインを求められる。脳みその血管に管を通すわけだし全くのノーリスクというわけには行かないわな。でも気軽に勧めておいて検査予約を入れた直後の同意書サインの段階になってから死ぬこともあるとか言われると…なんだかしてやられた気分なのよわさ。今更後には引けないではないか。

そもそも脳カテーテル検査ってどんなものなのかしら。脳梗塞の入院中に何人かが入れ替わりでこの検査のために同室になった。皆一泊二日の短い期間だけど、人によっては傷口が痛いと訴え続けたり、一晩中気持ちが悪いと言う人もいた。
検査前には止血のためのテープを貼るので剃毛してくるようにと言われた。でもどこまで剃ればいいの?とか疑問は尽きない。こんな時は魔法の箱に相談だ!
検索するとカテーテル検査の様子を実体験した人のブログから垣間見ることができる。
まずは剃毛は病院によって言うことが違うみたいだが概ね鼠蹊部を中心に止血テープを貼る位置に毛が無ければそれでいいらしい。脳梗塞の時にこの鼠蹊部テープは経験があるのでなんとなく検討はついた。要するに全部剃る必要はないということ。万が一不都合がある場合は施術前に看護師さんがなんとかしてくれるはずだからあまり深く考え込まずにショリショリしましょう
カテーテルを通す穴を開ける際に痛み止めのための局所麻酔をするのですが、これがチョーーー痛いと聞いていた。覚悟を決めて臨んだけどそうでもなかった。手順としては鎮静剤のガスマスクをはめられてこれのせいで酔っ払ったような気分になり、その間に局所麻酔をされたのであまり気にならなかった。むしろ鎮静剤のおかげでお酒を飲んだ時みたいになったので下戸の人ならもしかしてこれが気持ち悪くてダメだったのかな?と思った。
看護師さんが鎮静剤を入れる時に「少し眠くなりますよ」と言ったので「あ、じゃあ寝てていいんですか?」と聞くと施術中に指示が出るから完全に寝るのはやめてくださいと言われた。難しい。MRIの最中でも寝てしまう体質なので、ムムム。
酔い心地で施術開始。管が通っている感覚なのか時折鼻の奥がスーッと冷たくなる。造影剤を入れるとカーッと熱くなる。息を止めて〜と指示された時だけ言うとおりにして、後はふわふわと酔っ払いのように横たわるだけ。寝ているわけじゃないんだけど、時折いびきをかいてしまって焦る。これは筋肉が弛緩しているのか舌が気道に落ち込んでいびき音を出しているっぽい。施術後もこれはしばらく続いて病室で休んでいると不意に「ぐごっ」といびきをかいて気まずい思いをした。
そんなこんなで検査は終了。主治医が止血作業をする間、雑談もできる。

検査で死んだり重篤な後遺症がでることもあると聞いていたので、検査入院の前に私は遺書みたいなものを書いていた。基本的には家族に感謝の意をしたため、どこに何があるかとか、各種パスワードの類を提示して遺された人が困らないようにしておいた。興が乗ったので辞世の句までひねり出して準備万端整えていた。
家を出る時にはこれが最後かもしれないと覚悟して猫たちにも挨拶。存分に撫でてやり、声かけをして思い残しを無くしてから出かけた。
なんてことはない、検査は無事に済んだ。翌朝、退院の準備を整えて検査結果の報告を待つ間に夫も迎えに来てくれた。その夫に珍しく息子からメールが届く。
「今すぐ帰って来て。大声で鳴いてその後、猫が動かなくなった」

ああ、神様。昨日覚悟を決めてした挨拶が最後になるなんて。私じゃなくてあの子だったなんて。突然死ぬってこういうことなんだ。

2018年5月4日金曜日

病院へ行こう

退院後は日常生活をバタバタと送り、あっというまに三ヶ月経過。約束していたMRI検査を受けに行って、これでやれやれ一段落と思っていた私が甘かった。
検査後の診療で示された画像には、前回よりも狭窄部位が一層やせ細ってしまっている右脳の血管が写っている。右脳の血流が実際にはどうなっているのかを調べる必要があると言われた。
放射性物質を注射して脳内に流し込み、その動向を追跡して血の巡りを確認するという。あー、シンチレーションカウンターって放射線使った実験を昔やったなー。微生物に放射性物質与えて代謝の様子を調べるやつ。あれを自分の体でやる日が来るとはな…。
放射性物質注入という話の時点で拒否反応を示す人も中にはいるようだが、自分が微生物相手にやってきたことなので抵抗はなかった。てゆーか、こんなところで因果応報?
母親はヒロシマ被爆者だし、今更放射能でどうこうは思わない。検査そのものは興味もあって受けることはやぶさかではないのだが、しかし検査後の治療となると話は別だ。
医師は丁寧に今後の予想される流れについて説明してくれた。退院の際にかいつまんで聞かせてくれた話を再度ここで繰り返してくれる。
脳内の内頚動脈が塞がる原因不明の病気。塞がった血管の代わりに毛細血管が発達して血流を補い、もやもやとした陰影に見える微細血管群を形成する。しかし本来細い血管に無理をさせるので脳出血のリスクも高くなるし細い血管のせいで脳梗塞リスクも増す。要するに突然死の可能性が高くなる病気。原因不明だから治療法はないが対処療法として血行再建手術が行われる。(血行再建術の適用には各種ガイドラインがあるっぽい)

血流が確保できていれば良いが、血流検査の結果いかんでは血行再建術の必要がある。その際はカテーテル検査をして実際の血管の状況を見極めて、その上でどのような治療に当たるかを検討する。カテーテル手術で済む場合もあるし、事によると開頭手術で脳の内外の血管を繋げる場合もある。
ざっとこんな流れ。すでに工場のラインに乗せられた気持ちで、しかしながら検査をしないことには始まらんと思い速攻で検査予約を入れる。血流確保が確認できてれば当面は済む話なのだ。
検査で自分の置かれた状況を把握するのはいいだろう。だけどそれと大仰な治療を施すかどうかは別問題。突然死の可能性が高い病気と言われても、人はいつかは死ぬようにできている。死ぬ時というのはいつだって誰にとっても突然なんだから。
治療をしなければ突然死ぬかもしれないけど、死の直前まで何食わぬ顔で普段の生活ができるのであればそれは本望だ。嗚呼、私が愛したあの猫のように!
(注:この段階では愛猫はまだ存命)もし治療を受けることで100まで長生きできたとしても、体に負担をかけてまで日々衰弱しながらじっくり時間をかけて死を迎えるのであるなら意味を見出せない。それに治療というのはそう簡単なことではないと思うから逆に命を縮めることだってありうるのだ。
自然に任せるわけには行かないのだろうか?
「あんた血管が閉じてる段階ですでに体に負担かけてるわけだからさ」と夫には呆れられ、「猫だって腎不全の時に輸液をいれて治療したさ」と説得され、手術を拒否りそうな私を警戒した夫はシンチグラフ(血流検査)の診断結果を聞く時に付き添ってきた。

シンチ画像はこんな感じ
赤いのは血流ブンブン
黒いのは…しーんとしてる
結果は右脳のやつ、サボってやがる。サーモグラフのように映し出された血流は右側真っ黒。てゆーか、私は左半身をどうやって動かしているんでしょうかね?
この画像を見て説明を受けてそれでもなお「このまま何もしないという選択はありますか?」という質問をしたら夫に「この状況でバカなのー!」と怒られた。
でも医師は「そういう選択もあります」と言ってくれた。あくまでも患者の意思は尊重されるらしい。むしろそう言ってもらえたことで決心はついた。
次の段階であるカテーテル検査を受けることにして、これはもう完全に工場のラインに乗ったな、とベルトコンベアーに乗って流れていく自分を想像しながら病院を後にした。

2018年4月30日月曜日

朝の気配

「あなたにはその自覚がないでしょうが、重篤な病気ではあるので我慢してください」
入院中に毎朝回診にくる医師は「早く退院できないか?」と聞く私にそう言った。
確かに、脳梗塞を起こした人は多かれ少なかれ脳細胞の一部が死んでしまうわけで、その死んだ部位に応じて何かしらのリハビリが必要になる。
以前も書いたが私は右脳の大脳辺縁系の一部がお釈迦になっている。この部位は元々何を担っているか現代科学では未知の領域のために、私の失われた能力が何だったかは未だに不明。思ったことが瞬時に口から垂れ流しになるところがあった私ですが、脳梗塞後は一呼吸置くようになったから、無くして良い能力が失われたのかな?
と、前向きに捉えて2週間分の点滴を打つためだけの入院生活を余儀なくされた。

実際には入院中に脳梗塞の原因となった病気を抱えていないかどうか色々な検査をすることになります。主に血栓発生源となる心臓疾患を持っていないかとか、動脈硬化の兆候はないかとか、そんな各種検査を日替わりであれこれと。でもさすがに2週間はかからない。私にとっては寝ている他にやることがない長い2週間になったけど、リハビリが必要な人にとっては回復に向けたがむしゃらな期間になったことと思う。後から聞いたことだけど、リハビリは問題発生時から時間が経過するほどに回復力が落ちるのだという。なるべく早い期間にできるだけ多くの能力を再獲得するべく奮闘する必要があるらしい。集中治療室を出た後、同室になったご婦人は歩行訓練が終わると次は計算問題、字を書く練習と入れ替わり立ち替わりリハビリの先生が現れて大忙しだった。大変な思いをしている人の前で「お家に帰りたいよー」と寝てるだけの私が言うのもおこがましいので以降は口を慎んだ。

脳に傷を負った重篤な病気だから、退院しても2週間は自宅療養を、つまりは脳梗塞の後一ヶ月は様子をみてゆっくりしてくださいとの由(退院の1週間後には予行演習してから職場復帰しちゃったけどね)。血液をサラサラにする抗血小板薬を処方され、流血しやすい体になっているから怪我に注意ということも言われた。その他には血管がキュッとなるような寒暖差のある場所に注意。それ以外はお酒を飲んでも飛行機に乗っても問題ないとのこと。退院前の諸注意はそれくらい。あとは脳の検査結果画像を指し示して脳血管の狭窄部位が認められ、それが今後引き起こすかもしれない病気の可能性について説明があって、三ヶ月後の経過観察検査予約をしてまずは退院。衝撃の病気告知の始まりなんて、こんな風に何気ない会話の中で予告されているのね。
この時は何の不安も感じずに、退院の喜びと共に生きていることに感謝して普段の生活へ帰って行った。

退院後に起きた変化といえば毎朝起き抜けに病院の朝食の匂いがすることくらい。入院中は病院の厨房から漂う朝食の香りで目覚めていたけど、あれは実はご飯の匂いではなく私の脳内で朝になると勝手に起きる不思議現象だったらしい。この不可解な生理現象はほどなく消えた。嗅覚を司る脳細胞は私の死んだ脳組織のそばにあることを後で調べて知った。脳みそって不思議。有り体に言って豆腐の味噌汁みたいな匂いだったんだけど…

さて今回のおさらい。入院中の諸注意としては早期のリハビリ!そして私のように寝てばかり生活になると顕著に筋肉が衰えるので筋トレに励みましょう。筋肉の衰えはてきめんに腰痛を引き起こします。私はご飯を食べてるだけで腰が痛くなったことに衝撃を受けて療養期間中はひたすら筋トレに励みました。
後もう一点。入院期間中に高額療養費の限度額適用申請を必ずやりましょうね。脳の外科処置は半端なくお金がかかるから、限度額以上の出費は是非とも抑えましょう。
入院のお金の話は こちらも参照ください