いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。

2017年6月21日水曜日

ヤマヤマヤ

すっかり梅雨でござんすねぇ。という風情をぶち壊す勢いの暴風警報が出ている本日、窓に打ち付ける雨粒を眺めながら梅雨入り前にそそくさと出かけた山登りのお話など。
帰りの駅で藪から棒なヤギの家
小屋の中でくつろいでた
山登りというほどの山ではなかったのですが、旧友に誘われて秩父方面にハイキングへ行ってきました。普段アウトドアとは無縁な生活をしているものの、新緑に囲まれて気持ちの良い季節を謳歌するのは楽しいもの。
このハイキングの経緯がまた妙なきっかけでありまして…私が流しのテクニシャン人生をスタートするきっかけになった最初の職場仲間に誘われたのが始まり。その職場は紆余曲折あって研究所自体が閉鎖に追い込まれて仲間は散り散りバラバラになったものの、声かけをしてくれる人物のおかげで10年以上もの月日がたつのに年に一度は同窓会と称して飲み会をする仲間になっています。
春先に行われた定例会で先生を囲んで飲み食いするうちに、その先生がおめでたい年に当たるという話題になり「それでは山男である先生を囲んでお祝いを兼ねた山歩きに皆さんで出かけましょうか」ということになったのがこの度の由縁。
まあね、蓋を開けてみたら参加人数4人という有様でしたが…。正直、私も猫が死にかけていたり、なんだりかんだりでそれどころではない状況だったのですが面倒な調整役を引き受けてくれた幹事さんを気の毒に思ったり、先生のお祝い企画なのに無碍にはできないという気持ちだったり、おつきあいってそういうものだろうと覚悟を決めて参加しました。したら幹事さんも土壇場で急用ができて不参加になってやんの、なんじゃこれ
結局のところ会いたかった旧友も不参加。世話になった上司、ほとんど没交渉だった上司、イベントはいつも不参加の誰にも打ち解けない先輩、そして私。ほぼ親しい人のいない状況で遠路はるばる出かけての山歩き。なんじゃこれの嵐。なのにお世辞抜きにとっても楽しかったんです。人には添うてみよ、山には出かけてみよ、ですね。

秩父には縁のない私。高麗と書いて「こま」と呼ぶその土地の名を見た時に歴史ファンの自分が真っ先に思い浮かべたのは「コウライ」「コウクリ」。どうしてそんな地名になったのかしらん、と紐解いてみると実際ここは高句麗からの遺民が住んでいた場所だという。時に7~8世紀の頃。新羅や百済に追い落とされた高句麗国の王族なんかが畿内の親戚縁者知人(もちろん王族だと思うけど)を頼って流れ着き、畿内にはもう住む場所がないということで与えられた土地がこの埼玉の地であったらしい。
8世紀頃の埼玉にはそうした土地がいくつもあったようで、幡羅郡(深谷、熊谷)新羅郡(和光、新座)高麗郡(高麗、飯能)などがそうであったという、いにしえのお話。
考えて見れば太平洋の潮を制御する技術ができる前は日本海こそが港の要で、埼玉に大陸の風というのは意外なようでいて北陸伝いに南下して来るのは自然なことなのだなと感慨ひとしお、目から鱗。
などと土地や地形の薀蓄にも豊富な人と一緒に歩く山歩きの楽しいこと。土地感のある人と一緒なら「あっちに何がある」「こっち行くとあれがある」と迷う不安もなくて心強い。
川には星屑のような綺麗な花びらが流れてた
山を降りた後の飲み処に詳しいのも何気に嬉しい。いつもは同窓会自体絶対不参加の気むづかしい先輩は以前よりとっつき易くなっていたので「月日は人を変えるのだな、この人とまともにお話ができる日が来るなんて思わなかったな」と思っていたら下山したら途端に再就職の斡旋を先生方に頼む方向に話題が移り、ああ、人付き合いってこういうものなのねという微妙な感想を持って1日を終えたのであります。何にしても新しい発見がある活動は得難いものです。

2017年6月6日火曜日

死生観

おすまし写真
小型犬を長年飼い続けている人を知っている。自分が猫を飼うまではペットの寿命なんて知らなかったので、およそ3〜4年でその家の犬が寿命を迎えるのを見て「小型犬って長生きしないのねぇ」と思ってた。今ならわかる。んなこたーない

ポメラニアン15才、ひ弱そうなチワワだって13才。むしろ小型犬は大型犬に比べても長生き傾向だという。小型犬の4才つーたら人間年齢に換算して30代というのだから驚きだ。なんという早逝。飼う犬全てがなんでそんな早死にしちゃうの?という目で見ると成る程、人間の食事だろうがおやつだろうが犬がそばに来るとその人は「この子、人間のものを欲しがるから〜」と与えていたなぁ…歴代ワンちゃんの大半は最後は糖尿病になっていた。「留守番はかわいそうだから〜」とどこへでも連れて行き、なのにレストランで食事する時は車中でお留守番させて(そーゆー時はかわいそうじゃないんだね)熱中症で死なせてしまったこともありましたね。
自分がペットを飼うようになって人間の食べ物を動物に与えてはいけない、自分の都合だけで可愛がってはいけない、そうしたことを学ぶにつれて知人の飼い主モラルの欠如に呆れたし、懲りずに流行の犬種を選んで購入してくる様子を見て嫌悪感が募り、なんだかんだで距離を置いてしまった。

だけど最近ちょっと考える。昭和のペットって今ほど寿命は長くなかったな、と。人間の残飯をエサにして与え、具合が悪くなっても病院になんか連れて行かない。しつけ?動物相手にナニ言ってんのミャハ。おそらく知人はその昭和スタイルを踏襲し続けたのだな。←最後の方はほぼ偏見だ(^^;)
我が家の愛猫が病気になり病院通いの今は思う。他のエサを欲しがっても療養食を食べなきゃだめ!嫌いな病院もいかなきゃだめ!とダメ出しされながら少しでも長生きすることを願われるこの子と、たとえ短命に終わっても飼い主に存分に甘やかされて過ごせた生き方と、どちらが動物にとって幸せなんでしょうね。
シンクロにゃんず
例えば苦しみが軽減されたり、症状が改善される治療なら受けさせてあげたいと思う。
どうせいつか死ぬんだから病院行って長引かせるのは忍びないと思う人もいるんだろう。逆に「絶対死なないで!」という無茶振りのために病院に駆け込む人もいる。
死なさないためだけの延命は自分の身に置き換えても無理だと思う。このあたりの治療の判断はその人の死生観に依るし、また信頼できる獣医さんに相談ができないと難しい。
おまけ
ノラ猫の宿命に真剣な眼差し
獣医によってはうちではもう見られないと放り出されるケース、はいはい預かりますよからの死にましたよ連絡で終了ケース、安楽死を奨めるケース、安楽死を認めないケースetc.本当に様々なケースが考えられるようです。ベストなのはもちろん「今こういう状況で今後はこうしたことが考えられる。できる処置としてはこれかあれか」と説明してくれる獣医さん。それでも実際にどうするかを決めるのは飼い主にしかできない。それが飼い主の責任 (獣医さんが全部決めてしまうケースもあるようですがそれも含めて全ては巡り合わせ)。

信憑性は疑わしいが終末医療の現場で患者が見る夢の聞き取り調査というのがあったそうだ。死んだ身内やペットが夢に現れる頻度が死期が近づくにつれ増えるという。そうやって無意識のうちに人は自分の死を受け入れる準備をしているのではないかという話だった。突然の事故や急病では事情が違うが、例えば高齢者が入退院を繰り返すうちに徐々に見送る方も覚悟が決まってくるなんて話もある。生死を行きつ戻りつする時間というのはもしかしたら死の恐怖を克服するために必要な時間なのかもしれない。

なんて、まさか自分が死ぬ時のことを想像されてるなんて思いもしない愛猫は、今私の膝の上。生き物は命ある限り、生きることだけ考える。