いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。

2013年12月30日月曜日

煉獄だより〜転生編

前回の結びが予告に見えなくもなかったので『巨人の星』ばりに鞄の話をひっぱり続けてみます。まずはバッグを手に入れるまでの紆余曲折なんぞ。

裁きを待つ者が地獄の手前でウロウロおろおろする場所、そこが煉獄(当社調べ)。身の丈に合っているかどうか定かではないバッグを入手しようとする私の不安と戸惑いとヘンな高揚感は何に例うべきや。
あの日、頭を冷やすためにブランドショップからぴゅーっと逃走もとい、後にした私は
日を改めて地元デパートへ再確認のために出向いた。あのバッグを利用する際にするであろうココ一番装備を身につけて、気分はすっかりボスキャラ討伐の旅路
ショップ入り口に展示された目的のバッグ。あぁ、やはりアレはいいものだ〜。覚悟を決めて店員さんに色味をよく見せて欲しいと頼む。自然光に近い場所へ移してもらい、姿見前に通され全体像をチェック。靴、コート、グローブ、このバッグのためにピックアップしてきた手持ち装備とのバランスは…大丈夫!この最終装備なら遜色ない。問題はこの格好以外のコーディネートを私にひり出せるかどうかだが、この際そこは目をつぶろう。ロープレの勇者だってだいたいいつも同じ格好してることだし。

こうして念願のセミフォーマルバッグを手に入れて、私の鞄ジプシーの旅は終わった。…と思わせて、この話にはまだまだま〜〜だ続きがある。
買い物後の満足感に浸りながらバレーパーキングで自分の車を待つ間、待ち合いで居合わせた一家の奥さんがブランドバッグを持っていた。いつもなら気づかないが、先刻まで居た店に陳列されてたバッグなので流石の私もすぐにそれとわかった。というかね、バッグがやたら悪目立ちして目で追ってしまう。新品でピカピカつやつやの革製品だからというのもあるが、それだけが原因ではない。

中略

色々書いてみたけど他所様の格好をアレコレ言える資格もないので、そこは割愛。端的に言うと「奥さん!雑誌の言う普段使いにまんまと騙されたね」という感じ(前回参照)。都内レベルの普段着ならブランドバッグでも浮かなかったろうが、その一家は私が毎日隣県(農村部)の農道で見かけるレベルの普段着だったのだ。ある意味、素朴で飾らない格好なのに奥さんの右肩だけ何故そんなに飾り立ててしまったか…まさに浴衣に高級エナメル草履状態。
一家はオプション装備満載のごついワゴン車に乗り込んだが、そのナンバーはドンピシャリ、隣県もの。隣県を腐すつもりはないので念のため。意外と日本は平均化、画一化された世界ではないということが言いたい。「普段」の一言ひとつとっても事情は色々違う。なのに情報発信源(都市部)だけが日本のスタンダードのようにいつも皆を錯覚させて混乱(混沌?)を巻き起こす。(それとも私が知らないだけで実はこのアンバランスコーディネートが日本のスタンダードになっているのか?)

車といいバッグといい、おそらく我が家なんかよりずっとお金持ちなのが分かるのに、この間違い探しな感覚をどう表現したら良いものか。なるほど私も旦那の協力でブランドバッグを手にすることはできたが、果たしてそれで満足していて良いものだろうか…。
優れた馬術を体得している人は、どんな馬でも見事に乗りこなす。それが名馬を与えられれば、見事な技を馬とともに披露して見る者を魅了するはず。しかし大した技を持たぬ乗り手が名馬だけ手に入れたとしても、それは互いの持ち味を台無しにしかねない。人と鞄もまた、かくのごとし。
とまあ、そんな事を考えた。私は馬術なんか、やりませんがね。
「気をつけなければいけない」そう思ったブランドショップの帰り道。道具は使いこなしてこそ。これからは安いのも高いのも、どんなバッグでも見事に使いこなせるように励みましょうぞ。私のオシャレ道はまだ始まったばかりなのであります。

これにて私の鞄談義は、一巻の終わりにございます。また来年もよろしくお願いします。良いお年を!

2013年12月23日月曜日

不断の普段〜逡巡編

都内に出かける時と仕事に出かける時とで着ているものがガラリと変わる。そこを評して「あなたは、つくばを舐めすぎている」と言われたことがある。人目につかない車通勤なんで、かなり油断ちゃんな格好なのは事実。意識してたわけではないが、部屋着 ≦ 通勤着 < 近所 < 近隣市街地 < 都内 < 帝国ホテル(^^;)という順で私の女装レベルは確かにランク付けされている。
さてここまでは話の枕。こんな私がセミフォーマルなバッグを買いに出かけた顛末記が始まるよ!

東京は日本橋の高島屋だの三越だの、ちょいと野暮用がてらに立ち寄って初めてじっくりブランドショップなるものを物色してみた。というのもネットで情報収集をするうちに『30代以降のオトナのオンナは普段使いバッグにブランドバッグ(相場は10~20万円!)を持たなくちゃね』みたいなサイトや掲示板に幾度も行き当たってはなはだ疑問を感じたから。普段使いで10万とか私としてはべらぼうなんですが、どうなんでしょ。
ブランド物を買いあさる趣味はないけど、かといって毛嫌いするつもりも別にないんですよ。曇りなき眼で見て、良いと思えるものはやはり良いと思う。こんな機会はなかなか無かったので、ここはイッチョ、来て見て触ってブランドショップも覗いてみよう!これが煉獄の始まりだったのでございます。

まずね、日本橋の百貨店群はこうして見ると地元デパートとはまるで違うよ。すれ違う人は皆、上品でお洒落にキメている。私のようにヨソ行きに身を包んでココに来た人はおそらくこの内の半分。残り半分はこの状態が普段レベルの人達、多分ね。つまり私で言うところの都内女装レベル=この人達の普段着ということ。成る程ブランドバッグを普段使いにするとは、こういう人達の話なんだ。都市部の普段と田舎の普段はフダンが違う。雑誌や一部サイトの言う「普段使い」を真に受けて私なんぞが地元の街をブランドバッグひっさげて歩いたら滑稽な事この上なし。それは浴衣着てるのに振袖用の草履を履いてるみたいな感じ?激しくアンバランスなのよね。「こちらは普段使いに最適ですよ」と声かけしてきたブランドショップの店員さん、私の普段レベルを見たら同じ台詞はもう吐けますまいよ、ふふふのふ。(←言ってて空しい)

フォーマルバッグと普段バッグ(都市部編)の両者を吟味してきたが、ちっとも目的のセミフォーマルバッグに辿り着かない私。どうしてこんな回り道をするのかと言えば、平たく言うとお洒落ドシロウトなのでイメージトレーニングに大変時間がかかるのでございます。「アレが要る」と思った時に未熟者なので「欲しいアレ」がすぐに思い浮かばない。「自分が求めるものは何か」が確立されていないとこんな形で弊害が出る。年相応の物を持たないと恥ずかしい、というのは詰まる所、その年になるまで自分スタイルができてないのは恥ずかしいという事なんでござんすねぇ。しみじみ

で、どうにか欲しいバッグのイメージが固まり「ブランドバッグも悪くはないけどコストが私のポリシー(モノに依るけど鞄に20万は出さねーよ、おっぺけぺー)に反する」という所に辿り着いた頃、その瞬間は訪れた。
とあるショップの前を通りすぎた時、カウンター上の鞄が目にとまり「おぅ?」と立ち止まる。同行していた旦那も同時に「あれは」と言って同じ鞄に視線を注いでいる。もしかしてコレじゃない?私がイメージしてた鞄。
鞄に呼び戻され店内に吸い寄せられる二人。ムーミンに出てくる双児のトフスランとビフスラン(と思ったらあの二人は夫婦だったのね)みたいになった私達はその場でコショコショと秘密会議を開始する。いいねでも大きさがちょっとね色味もコレじゃんよ持ち手がイマイチよ値段がわかんないねわかんないねぇ聞いて高かったら一目散に逃げよううん逃げよう。逃げるこたないけど結果的にはこのバッグは私の望んだサイズより若干大きく、候補からは外れた。しかし店員さんが同じシリーズのスモールサイズがあると言って出してくれたバッグがドンピシャリ。
変わった色合いも大きさも
古典型を掘り起こしてモダンにしたというデザインも
お値段以外は全てストライクゾーン
その後、紆余曲折(その話は割愛^^)して惚れたバッグを私はようやく手に入れることができた。いみじくも「お気に入りの品なら値段なんて関係ない」なんて前回書いたけど、真逆のベクトルで値段関係なしに気に入った品を買ってしまったわけだ。あな恐ろしや。
私が鞄に出していいと思える金額Aと、よっぽど気に入ったとしても上限はここまで!という金額Bの二つがあって、偶然その二つを足したお値段だったのも購入のきっかけになった。「金額Aを君が出して金額Bを僕が出せば買えちゃうじゃん」と旦那が言ってくれたから。この偶然がなければ多分私は今も鞄ジプシーを続けていたことでしょう。そうしてそのまま一生買わずに人生を終えていたことでしょう。マジでマジで。
今更だが金額Aバッグを私が買って金額Bバッグを旦那に買ってもらえば上等な鞄が二つもゲットできたのかも…なんて思わないでもないが、それはそれ、これはこれ。

さてブランドバッグ狂想曲とも言うべき真の煉獄はここから始まるわけですが、それはまた別のお話。

2013年12月15日日曜日

手鞄を買いに〜準備編

30代のある日ある時、もう合皮の鞄は買わないぞ!と思い立った。独身時代から使い続けた鞄(合皮モノ)のほとんどが擦り切れて、ちょうど絶滅を迎える時期だったのだ。それは子育てが一段落してお一人様のお出かけが増え始め、傷や汚れのついたバッグを持ち歩くのに躊躇し始める時期でもある(専業主婦限定)。子連れという免罪符もなくなり、汚れて古びた鞄を持ち歩くのもそろそろ卒業!年相応にキチンとした鞄を買って大事に使おう!と思うようになった。それが、ザ30代。

意外と沢山あるのが女の所持する鞄と貯金
しかし一つを除いて見事に全てが6000円以下 ^^;

そして40代の今、独身時代からココ一番の時に使い続けてきた革の鞄(ちなみに貰い物)が経年劣化でお釈迦になるという緊急事態発生!本革製品よ、お前もか!!時を同じくして生協で購入した慶弔用フォーマルバッグにも猫の爪痕がザックリ刻まれているのを発見。困ったわ、これじゃ舞踏会に持ってく鞄がないじゃない!そんなとこ呼ばれないけどねっ!
「お気に入りの品なら値段なんて関係ない」と言えるのは30代が限度。TPOに合わせて年相応のモノを持たないとなんだか居心地が悪くなり始めるのが40代という頃合い(当社比)。趣味の帝国ホテル遊びに出かけると、お洒落で上品なご婦人方を見る機会も多く不思議なもので私もそれなりに目が肥えてきた。やはり良いものとそうでないものは自ずとわかる。それは品物の良し悪しという問題だけではなく(それもトータル的には反映されてくるが)、マナーやエチケットをキチンと押さえたお洒落が結局一番格好良く見える。格好いい人を見ると「私もかくありたい」と思うが人の常。ムリしてまでお金持ちのマネをする必要はないけど、目標にするのは悪いことではない。てなわけで、ハレの日(女装の日)のお出かけ使用に耐えうるバッグを買いに行くぞー、おー!
弔事用のフォーマルバッグはそれ専用を用意するとして、狙うは「フォーマルほどカッチリしてなくて、しかしよそ行きとしてマナーの基本を押さえカジュアル路線とは一線を画す」的なバッグ。こうして未だかつて無い鞄ジプシー生活が始まったのでございます。

ここでフォーマルバッグのおさらいです。ググってみましょ。「肩にかけるショルダータイプではなく、手で持つハンドバッグが正式。持ち手はシングル。開口部にはカブセがあって持ち手はそこ(天)に付いている。色は黒。素材は(特に弔事においては)革製でないこと
どうでしょう?所謂お葬式バッグですね。四角四面で面白味に欠けるので葬式以外ではとんとお目にかからない。実際に今時のフォーマル(公式)な式典(入学、卒業、披露宴等)では皆さん必ずしもフォーマルバッグではお出ましにならない。基本を押さえた人は上品な家庭の印象を与えるけど、あまりキチンとしすぎると近寄り難い印象(&浮いてしまうんじゃないかという心配)を醸してしまうのがムズカシイ所。その辺りを踏まえて女性陣は日夜「あ〜でもない、こ〜でもない」と思い悩むのであります。上述の発言(基本を押さえたオシャレは格好良い)と矛盾するようだけどオシャレの機微は実に複雑怪奇。適度にアソビを入れて肩の力を抜くのも威圧感を与えないエチケットの一つ。あ〜、女装って本当に奥が深いわ〜。

じゃあ、結局どーすんの?というわけでリサーチの結果、品質、お値段、デザイン、知名度のトータルのバランスが良いのは、どうやらここらしい。
革を避けたかったらホースヘアーなどいかがでしょう。

コンテスは店舗に足を運びましたが、これこそ工芸品の類い。お値段も美術品なみでしたので目の保養だけで逃げ帰りましたが、本当に溜め息の出るような美しさ。機会があれば是非実物をご覧ください。

さて幾つかサイトショップを見るとお気づきでしょう。フォーマルと銘打ってもシングルハンドルじゃなかったり、被せがなかったり、はたまた弔事用布バッグでも側面には牛革が使われていたり…。智恵子は本当の空は東京に無いと言ったそうですが、フォーマルバッグもしかり。「正しい〇〇」なんて、実は今となっては気持ちの問題でしかないっぽい。言葉と一緒で、マナーも少しずつ時代と共に変化してゆくのでございます。
でもね、例え迷信(?!)でも基本を知っているのと知らないのとではモノのチョイスも違ってくる。基本を押さえた上で自分なりの換骨奪胎を図るのが本当のオシャレというもの(そうなの?)。
んで、ハタと気がついた。私、別にフォーマルバッグを買おうとしてたワケじゃないのよね。あくまでもセミフォーマル希望。というわけで、この話つづく(^^;) / 
次回、煉獄編に御期待ください。

2013年12月6日金曜日

ナインカードspd

さて長期に渡ったタロットヌーボーシリーズですが、各カードの説明が終わったのでスプレッドの紹介もしておきましょう。付属冊子についていたスプレッド(占い方)がこのナインカードスプレッドというもの。文字通り9枚のカードを展開(スプレッド)します。以前up した写真が残っているのでそいつでイッチョご案内しましょう。

まずカードをシャッフル。タロッティストによって作法は色々のようですが、俺式は占いたいことを一途に思い描きつつ満足いくまでカードを混ぜればそれで良しとしています。ちなみにヌーボーさんは逆位置を取らないカードなのでテーブルの上でグルグルかき混ぜるとか、そーゆー場所をとるようなシャッフルはいたしません。
あとはカードの山(パイル)の上から写真に付けた番号順に並べていくだけ。この写真のスプレッドを行った時は周辺の人間関係に複雑な波風が立っており、それに対して自分がどういうスタンスでいるべきかを占いたいと思っていました。さて、お立ち会い

1 相談事の質、質問の善し悪し(?!)  皇帝
2 質問に隠された呪縛        愚者
3 呪縛が表出する契機      ワンド(杖)8

4 答えを得るためにするべき挑戦 ペンタクル(金貨)ナイト
5 将来的に熟慮すべき問題    カップ(聖杯)5
6 答えを得るためにするべき負担 ペンタクル(金貨)3

7 あてがわれる任務      ペンタクル(金貨)2
8 問題の別の視点       ワンド(杖)クイーン  
9 解決策           カップ(金貨)ペイジ

3つのブースに分けたのには理由があります。最初の3つは過去に関するもの。問題の出発点、問題に起因するもの等が表されている。次の3つには現在行うべき責務、考察、覚悟が、そして最後の3つには未来に向けた課題、俯瞰、解決方が示される。
実はタロットリーディングのどのスプレッドも突き詰めると全ては「過去、現在、未来」の3つを基本としている(と、私は勝手に思ってる)。タロットには多様なスプレッドがありますが、自分にあった占い方法を探るうち結局全てのスプレッドはこの三本柱のバリエーションでしかないと気づいた次第。それは「潜在、顕在、可能性」でもあるし「命題、反命題、統合」という言葉でも表される。
閑話休題。参考までにどうやって読み解いたか実例を書きまーす。

1、皇帝は不安定になった人間関係に対して私が安定や権威による守護(混乱の中で統制をとる人)を求める気持ちがあったことを示す(かな?)。トラブルが表面化するまでの私はまったくの2、愚者であり、周囲が早い段階から苦しんでいたにもかかわらず自分だけ無邪気に蚊帳の外にいた。3、杖の8は自分のこと(仕事)だけに夢中になっていたためにそうした状況(蚊帳の外)を招いたと言える。過去に自分だけ無傷でいたことが現在の悩みの起因であり、何か自分にできることがないかと考えたのが占いのきっかけだった。ここに至って何について自分の気持ちがざわつくのか確認

4、金貨のナイトは私に信頼できる人物たれと諭し、将来的に5、聖杯の5のように過剰な恐れを抱く事のないよう注意を促した(私はしばしば気持ちが高ぶると破壊的な行動を起こす所があるので聖杯の5が示す解釈は大いに感じ入るところがあった)。6、金貨の3は、困っている人の味方であれと言っている(これは特定の人物の敵にまわることと同義であり、ある意味覚悟のいる選択であった)。周囲が疑心暗鬼で混乱する中、ずっと愚者だった私がその時にできる役割が「あの人は敵じゃない」と信じてもらえるスタンスだったと言える。ここで今自分が考えるべきことを確認した

さて、未来に目をむけて7、金貨の2が出した今後の課題は「不安な結末と気苦労」。別の視点からは8、杖のクイーンが「恒久的な関係や強い友情」を提示してきた。この二枚のカードを見た時に、そこに描かれた人物の表情や雰囲気からすぐさま該当する人物がそれぞれに思い浮かんだ。私はトラブルの原因となった人物と苦しんでいる人物の両方の板挟みになるが、しかし両方に対して誠実である(あるいは共に困っている両者をそれぞれに支援する)べきだと悟った。これはもう理屈ではなく、まさにヒラメキのリーディング。解決策を提示する9、聖杯のペイジはカード解釈によれば「しかめっ面の若者、過度の愛情、嫉妬」。なんとなく該当する人物が思い浮かぶものの、どう解釈したらよいかわからない。悩んだ末に私自身は「しかめっ面=この無秩序な状況にあからさまに異を唱える姿勢」でいることにしました。知らない顔でやり過ごすのも一つの手であり、事実トラブルが起きた場所においては長年その方式が踏襲されてきたわけですが、それで良いとは思えなかった。こうして未来の展望や可能性をおぼろげにつかんで自分の身の処し方を自分で決めた
因習に倣うべきか、私の流儀で大暴れして場を引っ掻きまわすか、二者択一で揺れ動いていた私ですが、タロットの力添えで私の新たな破天荒伝説は作られずにすんだわけです。あ〜ありがたや。

考察
このリーディングの後、実際にはどんなことが起きたかを振り返り、カードが持っていた意味が何であったかを考察してみた。
1、皇帝9、聖杯のペイジは場を管理する人物とそれに対峙する人物を表していた。本来トラブルに対処すべき立場にいた人物(皇帝)が役割を果たさないことに対して、誰かが異を唱える必要は確かにあった。当時は誰もなし得ない事だったので私がやりました。と、言いたい所ですが聖杯のペイジと目していた人物がその役割を担ってくれました。私はその人の後方支援で終わった^^;
8、杖のクイーンと目される人物はトラブルから身を引き、賛否両論だったその選択を私は誠実に受け止められたと思う。直接的にその人を救出することはできなかったが、この人物との友情は継続しているし今後も長く続けたいと願っている。課題であった7、金貨の2に対しても多少は腹の探り合いになりながらも誠実に対応できた。いつか私に両者の橋渡しができれば…と思うが、こればかりは巡り合わせ次第。今は運命の輪の巡る日を待つしかない。

と、こんな感じでこじつけながら今日も楽しく展開しています。機会があれば他のスプレッドも紹介していきたいと思っています。まずはご清聴ありがとうございました。