いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。
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2018年8月4日土曜日

どんまい三昧

実はですね、東京ステーションホテルに泊まる前の週にもう一軒泊まってます。会議は2週に渡ってあったのでございます。今回は丸の内ホテル編。どんだけ遊んでるんだ?という感じで恐縮だけどお仕事のためです(この日は夫しか働いてないけど)。

窓から東京駅を俯瞰できる
コンパクトなまとまり
随所に洒落た調度品
丸の内ホテルはオアゾの上。丸善にはいつもお世話になってるけど、その上階にはとんと縁がなかったのでエントランスを潜る時はドキドキ。7Fに進むとロビーには小さな庭があったりしていつもの場所の知らない風景に小さく感動。全体的にコンパクトにまとまった感じのいいホテルでした。東京ステーションホテル同様に地下通路を通れば雨天でも傘をささず駅に直結なのも嬉しい。
ちょっとした気遣いが嬉しい
そして何と言っても窓から見える風景がいい。東京駅が一望できて、まるでジオラマを見てるみたい。鉄道ファンにはたまらないロケーションでしょう。
室内の誂えもモダンで洒脱。小ぶりな部屋でしたが窮屈感はなく、落ち着いてくつろげました。洗面台に置かれた歯ブラシ立てが何気に嬉しい。こーゆーのなかなか置いて無いですよね。
朝食ブッフェは割と普通でした。選べる卵料理とか、トーストがセントラル ザ ベーカリーのプルマンでございとか、そこそこ期待はして行ったのですが食べた感想は申し訳ないけど割と普通だった。決して贅沢して口が奢ったわけじゃ無いです。東京ステーションホテルに泊まった後だからだろう、と思われるかもしれませんが、丸の内ホテルの方に先に泊まってます。むしろ東京ステーションホテルに泊まった後だったら少しガッカリするレベルだったかも。あそこと比べるのはちょっと酷ですが。ホテルの部屋同様、料理のスペースもコンパクトに収まっていて他のお客さんとの巡り合わせによっては若干取りにくい仕様。品数は決して少ないわけじゃ無かったけど、要は自分の食の趣味とは合わなかった。
スープ皿が欠けているのもご愛嬌
一番の敗因は卵料理が冷たかったこと。ポーチドエッグを頼んだのにまさか冷たいスープで供されるとは思わなかった。これはお店のせいではなくて完全に私のオーダーミスと言えましょう。冷たいスープも季節柄それはそれでよろしいのでしょうが、温かいものと思って口にした時のやっちまった感が最後まで拭えなかった。次は温かい卵料理でリベンジしたい。

元気があったら夫を見送った後に休日出勤でもするかと思ってたのですが、雨天だったこともあり大人しく帰宅しました。雨に濡れずに帰れてやっぱりこの立地は便利だなと思った次第。早朝から電車で遠出をするような時には利用価値が大きいと思います。
今読み返すと食べ物に文句言って申し訳ない。でも滞在そのものはとってもリラックスできて全体的に品の良いホテルでしたのよ。とフォローしてみる。機会があればまた利用したいホテルの一つです。

2018年7月28日土曜日

洗濯のおまけ

せっかく東京ステーションホテルに泊まったので、もっと宿泊備忘録。ということで前回は紹介しきれなかったあれやこれやの写真をupです。
幸せ朝ごはん
朝食室に続く階段
まずはベタ褒めしておきながら一枚も上げなかった朝食の写真。卵料理は調理スペースで依頼して出来たてを出してもらえる。オムレツの他にエッグベネディクトがあるのが嬉しい。オーソドックスなものを頼むつもりだったけど今回はアボカドにポーチドエッグを載せた変わり種をチョイス。アボカドの種の窪みに埋められたサーモンの塩味が「これ絶対ご飯に合う!」という味で思わず和食スペースにご飯を取りに行ってしまった。
落ち着く調度品
そんな訳でエッグベネディクトらしからぬことになってしまったけれどそれも楽しい思い出。夫はオーソドックスに仕上げてもらって「バルサミコが美味しい!」と喜んでいた。う〜、オーソドックスバージョンを食べにまた来なくちゃだわ。
とにかく種類が豊富なので目移りすること。ドリンク、オードブル、サラダ、温料理、そしてデニッシュもどれも美味しそうで、さりとてそんなには食べられない。対面には和食コーナーもあって、こちらも充実してる。あー!朝だというのにデザートコーナーまで充実。もうね、ここで暮らしたい。幸せになれること間違いなしの朝食でした。

湯のみが可愛い
さてお部屋の話もしましょうか。使い勝手がよくてシックな雰囲気の水回り。お風呂は広々して洗い場と浴槽が分かれているジャパニーズスタイル(ユニットバスじゃないってことね)。トイレの扉の所に小さな段差があるので足元にはご用心。
窓辺に置かれたソファが座り心地が良くて愉快な気分。カーテンを開けてここから人通りの少ない朝の行幸通りを眺める。と、修学旅行生が記念撮影に現れた。なるほど、考えましたね。朝のこの時間じゃないととても集合写真が撮れるロケーションじゃ無いものね。
窓から臨む行幸通り
バーコーナーはこじんまり。冷蔵庫も小さめ。でもこれだけ便利な場所だから近くにコンビニもあるし晩酌には事欠かない。揃えられた茶器の趣味が良くて笑みが溢れる。

旅行とは違うけど、見慣れた風景の中でちょっとだけ非日常を味わえるホテルライフ。清潔に整えられた部屋で過ごすだけでも気持ちが入れ替わるし、自分の家も綺麗にしようと決意を新たにできるおまけつき(^^;)
毎度、贅沢な宿に泊まるわけには行かないけど、少しお疲れ気味な時には通勤の疲労を避けるためだけでも、こうやって職場近くの宿をとってみるのもいいかもしれません。
気持ちにゆとりを持てるし、また頑張ってお金稼ぐために働こうという意欲も湧く。という馬車馬人生。
次回はいよいよ職場の愚痴…かもね?!

2018年7月18日水曜日

命の洗濯三昧

手術休暇明けの仕事が恐ろしく忙しくてブログで愚痴を垂れ流すいとまもない程でした。なんとか一区切りつきましたので再開。今回は、忙しいと言いつつも先月出かけた息抜き備忘録です。
夜の東京駅
なんだかんだ遊んでると言われればそれまでですが、以前にも経験した夫の「朝から都内で会議だけどラッシュの電車なんて乗れない体だから都内で前泊するよ企画」です。
なんと!今回は憧れの東京ステーションホテルでっす。運よく割引価格を適用できたのでこれまた「生きてるうちにやりたいことをやるんだもんね」というヤケクソ気分で行ってきました。久々のヒストリカルホテルシリーズだ(シリーズという程出かけてませんが)。

こちらが3階廊下
こちらが2階廊下
歴史のある建物はいいですね。大改装後とはいえ、本当に子供の頃から憧れていたホテルなのでここに泊まれる日が来るなんて感無量。チェックインするとツアーガイドの小冊子を渡されて自分で自由にホテル内を探検できます。
ホテルの廊下から駅の改札を見下ろしたり、何と言っても東京駅のホームと同じ長さがあるのでいつまでも続く廊下の長さを堪能したり、驚きと感動がいっぱいの宿泊でした。
落ち着いた内装
部屋に通されて最初の印象は「天井がたっかーーい」。ただそれだけでゴージャスな気分。でもホテル内をうろついて気が付いたけど2階と3階で高さが若干違う。外に出て見るとなるほど高さが全然違う。2階は階下を歩く大勢の人の気配が近くて窓辺にいると落ち着かないところもあるけれど、それでもこの天井高のゴージャス感には代えられない価値がある。3階なら展望がいい、というロケーションでもないから私なら2階をオススメする。ドームに面した部屋は3階でも天井が高そうですけどね。

こちらがアーカイブバルコニー
バルコニー窓からの眺め
改札から見あげるのとはまた違う表情
ドームサイドのお部屋は人気もお値段も高いけど、ドームを臨める一角がアーカイブバルコニーとして宿泊客に開放されています。ここからドームの装飾品を眺めるのは至福の時。駅の改札を行き交う人々を眺めるのも楽しい。
朝の光が気持ちいいアトリウム
そして何と言っても一番の楽しみだったのが朝食ブッフェ。東京駅駅舎の最上階、というか元屋根裏部屋が現在は大きな天窓を擁したアトリウムとしてホテルの朝食室になっている。駅舎正面の三角屋根、そのホーム側の屋根が天窓になってたなんて知らなかった。
開放的なアトリウムの雰囲気も素敵だし食事の内容もスンバラしくて、今思い出しても幸せな気分になる。種類も豊富でどれを食べても美味しかった。ブッフェ形式の朝食は正直あまり好きではないけれど、ここだけはまた行きたいと思える。食事を終えて帰り際にお土産の木村屋のあんぱんと蒸しケーキをもらえたのも嬉しい。

ホテルの居心地の良さもさることながら、文字通り駅直結なので便利なのがたまらない魅力。
夫はゆとりを持って身支度をして仕事に出かけた。私もリフレッシュできたおかげで修羅場と化した職場へと余裕を持って出勤できた。お昼ご飯に木村屋のあんぱんを頂きながら、贅沢な余韻に浸って働けるこんなやり方も悪くはないなと思いました。ストレス溜まったらこんな風に発散してやろうと思ったら俄然やる気になりましたとさ。
元気をありがとう!

2017年8月2日水曜日

うなぎおいしかのかわ

うなぎの季節。私たち夫婦は頻繁に、とはいかないが年に2〜3回は鰻屋に出かけます。なのでわざわざ混んでる土用の丑の日を狙って食べたりはしない。むしろ夏場は避けている。ですが今年は珍しく7月のうなぎを食べに行ってきました!憧れの『明神下神田川本店』!!という訳で美味しいもの備忘録。
日本家屋の風情は無くさないで欲しいものです
(神田)明神つーても場所はほぼ秋葉原。高校生の頃はまだ青果市場があったせいで、秋葉原の駅前はいつも路面がびしょ濡れ。常に足元の水たまりを気にしながら歩いたものだな〜と記憶を辿りながら明神方面へ。通りに面してビルに挟まれながらひっそりどっしり構えられた店舗が見えてくると心も弾む。この風情ある玄関の暖簾をくぐる日がやってくるなんて、十代の頃には想像もつかなかった。大人になるって素晴らしい。
下足には若い女の子がいて愛想よく案内をしてくれた。靴を脱いで二階に通されると意外にも広々とした明るい廊下が奥へと続いている。鉤型になった廊下をくるりと巡って一番奥のお座敷へ。なんて広いんでしょう。『尾花』(南千住)のような大座敷での相席を想像してたけど、これはなんともきちんとした料理屋。若い頃なら気おくれしてしまうような立派なお店も、今は素直な気持ちで感心したり動揺せずに過ごせるようになったから歳を取るのも悪くない。
おしながき
お通し、サーモン、帆立、白海老
白焼きは一つを二人分に分けてくれた
うなぎ、しみじみ美味しい
まずはビールをいただいて、うざくとお通しでうなぎの到着を待つ。お通し(有料)は頼んでも頼まなくても良い、とのことでしたがせっかくなのでお願いしたら素敵な小料理が運ばれてきて余は満足じゃ。値段は失念。お品書きにも書いてない。千円くらいしたかな?ちびちびやってる間に白焼きが運ばれてきたので冷酒に移行。蕎麦屋呑みも楽しいけど鰻屋の焼けるまでの、この待ち時間が本当に楽しい。きこしめす、という言葉がしっくりとくるひととき。
聞けば一階にはテーブル席もあるとのこと。原則、個室利用で奉仕料もつくけどこの料亭感(←数回しか経験ないけど)でゆったり過ごす時間が持てるならハレの日飯には良いのではないでしょうか。「どうぞゆっくりとしてください」という接客対応が何よりも気持ちよく「贅沢な時間を過ごせたな」という感想。お値段的にも贅沢ですからね。堪能しないと損そん。踊らにゃソンソン(^^)

お座敷の障子を開けると
ほおずき市の風鈴がずらり
日本の絶滅危惧的風景
うざくは丁寧に仕上げられた上品な一皿。でもやっぱり『大和田』(千葉県柏)を超えるうざくはなかなか無いと再確認。うなぎに関しては各店舗みんな違ってみんないい。どこで食べてもきちんとしたお店のうなぎにはうなぎ愛がみなぎっていて美味しいってばよ。
どうあがいても家で食べるうなぎは太刀打ちできないと悟った20年前から私はスーパーでうなぎを買うことをやめた。うなぎが絶滅危惧種指定を受けた頃からは貴重なうなぎ資源を無駄撃ちする廉価なうなぎ商売に憎しみすら抱くようになった。
つい最近は台湾がニホンウナギを最高位の危険度に指定したことで世間を騒がせたばかり。このニュースの前に神田川に行けたので正直危なかったな〜と思っている。
世間では「うなぎを食べるな!」というムーブメントも一部で起きそうな気配があったけど、私はむしろきちんとしたお店できちんと食べられるといいのにな、と思う。明神下神田川のような老舗の正統派な鰻屋が絶滅してしまうのはなんともあじきなし。うなぎと一緒に鰻屋も守ってあげてください。

2017年5月2日火曜日

9度の生命

欧州の言い伝えなんですかね?猫は9度の人生を渡ると言われているそうです。「百万回生きたねこ」なんて物語はここから来ているんですかね?
フイッといなくなっていつの間にかまた戻ってきてたり、猫の目のように気まぐれで神秘的な感じからそんな風に「一度の命で9回も生き死にを繰り替えす」と言われきたのでしょうか。あるいはそんな形で失った猫について思いを駆せた人の言葉だったのか。

さて今回は久々にタロットの話題ですよ。猫のタロットカードを購入した際についてた本にあった「九度回生」というリーディングをご紹介。←名前は私が勝手につけた
この占いは人生の節目を新しい人生というくくりで見立てて「この度の人生における自分」について考察するものです。
それではいつものように気が済むまで好きにシャッフルして9枚めくりましょう。

1、この度の役割
2、完成のために付与された力
3、これまでに習得して来た力

4、分岐となるもの
5、注視すべきもの
6、来たる冒険

7、学ぶべきこと
8、与えるべきこと
9、解き放つもの

ご随意にオマケカード

参考になるのか甚だ疑問だが「今月の私」について
1「隠者」努力の末に高い木に登って大局を見る猫
2「金貨ナイト逆位置」自分の喜びのために行動する猫
3「ワンド6」追随に応えられるボス猫
人から期待され、それに応える力もある。しかし力を発揮するには全体を見渡す努力と内省も要求される。決して無理をしないで出来る範囲の努力に留めて自分を労わるように。

4「輪逆位置」回転をコントロールする猫
5「猫逆位置」尻尾に導かれる猫。しかし迷い過ぎる猫は独りぼっち
6「金貨2逆位置」平衡の猫。慌てずに厄災を避けて
輪の中心がどこか分かっていますか?それが分かればコントロールはできる。過度に迷わないこと。地に足つかない人はやがて孤立します。台無しにするような選択は避けて、あれもこれもとする時ほど平常心で対処して。

7「剣エース」慎重さと気づきの時
8「剣9逆位置」現実ではない夢にうなされる猫
9「力」本能に導かれても支配はされぬ猫
慎重さを学べ。危険を避けて最適なものを選ぶべき時。また悪夢を恐れず現実を見据える姿勢を内外に示せ。本能に支配されない克己心で次の節目へ繋げよ

考察
新しい職場で一ヶ月が過ぎました。いろんなことを任されてヤル気も責任感も好奇心も、フル稼働であっという間でした。もちろん緊張も連続状態。この緊張も含めて好きでのめり込んでいる状況ですが、金貨ナイトの逆位置から頑張り過ぎないようにとのお告げ。
「今回の人生を完成させるために与えられた力」ということなので、興が乗るといつも張り切り過ぎてしまう私に制御をおぼえるようにと言っているようです。

下地(過去、潜在)となる123を受けて456はこれから起こる注意点(現在、顕在)。ここでも「制御」に近いキーワードが見られます。職場における自分の立ち位置を見据えて独走を防ぎ、危険や失敗という冒険には慌てず対処するという予測図。隠者の「大局を見る」と被りますが輪の中心を捉えて自分で運命の輪をうまく回して行くことがポイントのようです。
そして次の人生へと繋がる未来へ向けた準備が789の三項目。慎重さを学び、かつ失敗を恐れない現実的な視野を示せる、そんな5月を目指して生きていこう、おー!

くどいようですが占いは「当たる、当たらない」じゃないんです。ちょっとした仮説や予想を立てて、どんな風にやっていこうかと今後の指針を立てるのが一番の目的。
おっと一枚忘れてた。本日のオマケカード
「女教皇」導きを信じよ、次のステージへ行く準備は整った

2016年12月11日日曜日

ノロイのおはなし

さて今年も残すところあと3週間。天中殺やら断捨離やらのお話が続いたのでこれを機にかねてから気になっていたある「呪い」のお話でもしておきましょうか。例によってオカルトチックな話を期待して読むと拍子抜けな結末を迎えるよっと前置きをいたしまして〜

趣味でやってるタロット占いをしていると時々その「呪い」について考えさせられることしばしば。ここで言う呪いとは過去の呪縛=自分で自分にかけてしまった縛りのことでございます。
思い当たるフシはないでしょうか?「このスイッチ入ると絶対うまくいかないわ〜」みたいなツボとか。「この流れはアカンやつや〜」とか、長く生きているとダメの予感が働く時ってありますよね。あるいは妙な苦手意識が働く人や物や場所がある、なんて経験はありませんか?これらの大半は過去にあなた自身があなたにかけた呪いのせいであると認識してください

あなたはおそらくその過去の経験でとても傷ついたり深い悲しみを感じているはずです。そこからくる苦手意識が物事を停滞させている=呪いになっている可能性はないですか?
この呪縛から逃れる手立てはズバリ、その時の悲しい苦しい傷ついた気持ちを素直に受け止めて認めることです。嫌な思い出に蓋をして考えないようにしてしまう傾向が人にはあります。でもそれでは嫌な思い出は消えずにずっとそこに残され続けるのです。
もし昔の自分に相槌を打つように「あ〜ありゃ酷かったね、辛かったよね〜」と認めることができれば、それが実は遠い過去の出来事で今起きている出来事とは全く関係ないことだと思えるようになります。それが大事。「またダメなんじゃないか…」という意識を断ち切ることが、すなわち呪いから解放される方策なのだとご理解ください。

タロットカードは引いたカードのキーワードから自分の深層心理を掘り下げて自分を顧みる作業で成り立つ(と私は認識している)。自分でも忘れていたような思い出が実は自分の足を引っ張り続けていた、なんて発見があったりしてタロットは実に奥の深いナニカなのでございます。

というわけで今年の禊は今年のうちに。良いお年をお迎えください

2016年11月6日日曜日

PCアップデート

ブログ更新から遠ざかっていた要因の一つにPCメンテがありました。以前もチラリと書いたけどOSアップデートのせいで特定のソフトが利用できなくなることを危惧して、ずーーーと放置していたのをこの度エイヤっとバージョンアップ。気がつけばこの2年あまり、不具合を騙し騙し使っていたのでバックアップもろくにとれていない有様。いざアプデ前のバックアップをとるぞと思ったらPCの言うことにゃ処理終了まであと2日
と来たもんだ。何?!2日って??!!secでもminでもないDAY単位の待ち時間なんて初めて見ましたよ。かっちり2日分のバックアップをとってようやくアップデート。いやもうエライ目にあいました。

いらないものを処分して、仕様も色々と変わってしまったソフト達と悪戦苦闘。家の中もそうだけど、時々風通しをよくする作業をしないとダメだな〜と考えることしきり。保管場所と作業場所はキチンと分けることこれが、快適空間の鉄則ですってよ。その観点からするとPCに入るからといって何でも詰め込んで放置するのは良くありませんな。PCはあくまでも作業台。保管作業はディスクに任せて、必要な時に取り出して作業して保存して保管。この繰り返しが大事と悟った一ヶ月でした。はい、ここは年末大掃除に効いてくるから皆さん、ご留意を!

今回特に手間取ったのは動画の処理。昔のビデオカメラからPCに取り込んだ動画を未練がましく保持していたけど、素人ビデオの見られるシーンなんて本っ当に少ないもんでござんすよ。潔く編集作業を重ねて保管ディスクに落としたらPCからは削除だ、削除!撮った当時は大事だった映像が数年たつとそうでもなくなったり(例、新生児が転がってるだけの同じ映像が日を変えて繰り返し何度もとか…^^;)逆に撮った当初は何でもなかった一コマが今は大切な記録になってたり(例、今は無くなってしまった建物や人と風景の移り変わりとか)、こうしてみると時間を置かないとできないこともあるんだな、それが熟成と言うものかなとめくるめく夢想のひとときでした。

さてさて、そんな作業の最中に懐かしい貴重な映像(俺限定)を発掘したのでup しておきますよ。 缶詰横丁の夕日 の中で書いたモンタレー水族館の肥大鮫の映像。肥大サメは本当に居たんだ!父さんは嘘つきじゃなかったよ、シータ!という喜びと共にご覧ください。
最初に泳いでいるのが肥大サメ。14秒あたりから普通サイズのサメとすれ違うので見比べるとその大きさの違いがよくわかると思います。

2016年2月4日木曜日

映像の整頓

さてさて備忘録。前回もちらりと書きましたが、主婦にもできるお役立ち情報として動画の編集について書いちゃったりなんかして。
古くは家庭用ビデオカメラで収録された動画のビデオテープなんて遺物(しかもウチはβ式だった←今や若者には何のことかさっぱりでござるね)をコツコツとDVDに焼き直したりして生きてきましたが、メディアはどんどん変換をとげるしで半ばヤケクソ気味に録りためたDVDを放置してきました。でもご存知ですか?DVDはビデオテープと同じく永遠に残せるものではありません。必ず劣化して情報を取り出せなくなる日がやってきます。そのため定期的にチェックをしてはバックアップを取るようにいたしましょう。ついでに編集加工すればデータ量のスリム化も図れます。

いつものごとく前置きが長くなりました。今からDVDをPCに取り込んで、動画編集して、新たなDVDに焼き付ける作業の備忘録が始まるよ〜!

リッピング
DVDのデータをPCに取り込む作業。ディスクを入れたら通常プレイヤーが自動で立ち上がりますが、この時画像を小さくしてPCディスプレイ(デスクトップ画面)を出してDVDアイコンを複製するなり新規フォルダに取り込むなりします。なんだかうまく行かないなんて時は「リッピングソフト」なんてものを活用してみましょう。リッピングで検索けんさく!

コンバート
取り込んだデータを最適な形式に書き換えます。無料ソフトが出回ってると思うので検索けんさく!私は「Hand break」のお世話になりました。
最初に取り込まれたデータはAUDIO-TSとVIDEO-TSという二つのフォルダで現れます。AUDIOは空なので無視。VIDEOフォルダに入ってる「 .VOB」が目的の動画部分。これを使用する編集ソフトの形式(各自確認してね)に書き換える。たいていは.MPEG(.mp4とか.m4vとか)で対応可能のはずです。
コンバートソフトを起動して目的の.VOBファイルを指定、設定はBasic ノーマル(この辺はお好みで)、最後に変換開始をクリッック!容量によってはかなり時間がかかるので気長にいきましょう。
コンバート終了すると指定しておいた保存先に.MPEGファイルが出現。このファイルを編集ソフトに取り込んで切ったりハッタリいたしましょう。編集ソフトはiMovie が好きでしたがマシンのアップデートをすると標準装備から外れちゃうらしいのでただいま思案中。

バーニングまたはライティング
できあがった編集動画をDVD-Rに焼きますよ。PCに標準装備されていない場合はソフトを探してきましょう。検索けんさく!私はiDVDで焼いたものですじゃ。
と、その前にDVDのための形式変換=共有化が必要です。編集ソフト内、あるいはバーニングソフト内に共有化というコマンドがあるはずなので処理してください。これも結構時間がかかりますのでお覚悟を。

一般的なDVD-Rは片面一層式で容量は4.7GB。文字情報なんかを入れちゃうと100分が限度です。片面二層式なら容量は8.5GB。文字を入れても140分といったところでしょうか。家庭用ビデオカメラ映像で2時間って、映ってる本人にしても拷問に近いものがあるからチャプターを入れたり、適度に短く切り上げたりして楽しい編集ライフをお送りください。

てなわけで、駆け足でしたが備忘録おしまい。

2015年9月22日火曜日

クニオの世界

久々におたくのお時間。 大河原邦男展 に行きました!上野の森美術館で今月27日まで開催。うおぉぉ〜皆、急げ!会期の終盤、18日からは会館時間を延長して19時まで見られる。これを待っていたのだよ、明智くん。仕事帰りにすっ飛んで行きました。

通勤路から見えてたパネル
わくわくするぜ


メカニックデザイナーとしてその名も轟く大河原邦男。その名を知らなくても、ガッチャマン、タイムボカンシリーズ、ガンダム、トランスフォーマーのメカのデザインを担当した人と言えばその偉大さは門外漢の人達にも通じるのではないでしょうか。
ひたすらにメカデザインの原画やそのコピーが展示されていたのですが、これが想像以上に良かったです。どれも足を止めて見入ってしまう。

ファンのために作られたパネル
これだけは撮影可能だったのでパシャリ
造形がいいから?それもあるけど何と言っても私を惹き付けたのはそのノスタルジー(郷愁感)。どの作品にも思い出があって、どのロボットアニメも私の人生と共にあったことを実感。展示を見れば頭の中では各作品の主題歌が盛大なBGMとして流れ続けまったく飽きない。

黒田硫黄の『セクシーボイスアンドロボ』の登場人物、ロボットおたくのロボ。彼は三日で記憶を無くす殺し屋、三日坊主の記憶を辿るためにロボットを提示しながら言った。「何年まで記憶があるか、住んでた地域のネット局、女の子にモテたかどうかまでわかるであろう」「日本人の精神生活史だ!」だそうだ。む〜ん、女子モテのことはわからんが、大河原さんと同じ時代を生きられたことに感謝感激雨霰の私でありました。

ロボットアニメに興味の無い人にも見て欲しい。中でも作品にならなかったアニメのために起こしたオートビークルのデザインは秀逸。図面を見ただけでその滑らかな変形の造作が伝わってきて、夢のある動きにワクワクする。こんな体験は初めてだ。
ボトムズもいいけどやっぱザブングルだよね!

展示を楽しんだ後はショップで戦利品を漁る。また楽しからずや。同好の士がうじゃうじゃいて、皆一様に目をキラキラさせてお目当てのメカの描かれたグッズをお買い上げ。
会期はあと数日。見逃すな!買い逃すな!

2015年7月30日木曜日

デス、ですね2

ヤマモトナオキ
死神のカード
久々に新しいタロットを入手。今回は日本神話をモチーフにしたタロットカードです。「ヤマモトナオキ」で検索けんさく〜。
余談ですが作者はイラストレーターとのことですがウチの旦那が長年応援しているエロ漫画家さんと同姓同名。だもんでご本人のサイトから直で購入した後、届いた包みの差出人を見て旦那がかなり動揺してた^^;

閑話休題

大アルカナのみのカードなのも手伝って、実占にはちょっと向かない印象でしたが古事記や日本書紀の登場人物を「ここに持ってきたか〜」「自分だったら…」という形で想像の世界が広がりなかなかに楽しい。イザナミをモチーフにしたカードが実に4枚も入っており「どんだけイザナミ好きなんだ」と思わないでもないのですが、しかし考えてみるに生死をめぐる神話としてのナミさんの役割は確かに大きい。
なんだかんだいって第一印象で心ひかれたカードが「壱拾参 死神」だったのが私としてはかつてないことで自分でも驚いた。これは多分に『こうの史代 ぼおるぺん古事記』に依るところが大きいと思う。
場面は黄泉平坂(よもつひらさか)。イザナギによって大岩で通せんぼされたイザナミが岩を挟んで壮絶な夫婦口喧嘩をやらかすシーンなわけですが、このカードを見て脳裏に甦ったのが先述の『ぼおるぺん古事記』の以下のシーン。
こうの史代@ぼおるぺん古事記
この夫婦神はヤシマ(日本)を生み出す前に天の御柱を経巡って結婚の儀式を行っています。その何とも幸せな思い出と今生の別れが重なるこのシーンは、始まりと終わりが一つの大きな何かを挟んでぐるぐると経巡る(まわる)ものであることを暗示しているようだ。道をふさぐ大岩を間に巡り合うことは叶わず、二人の関係はここを持って終わる。かくてイザナミは黄泉国(よもつくに)へ、イザナギは中つ国(なかつくに)へ袂を分かち次の物語(天照大神の誕生)を紡ぐのだ。

一組の夫婦が冥界を挟んでアレコレする物語にはギリシア神話の「オルフェウスとエウリディケ」も外せない。あちらさんは星座(竪琴座)の起源を表したものですが、洋の東西を問わず「死が二人を分つ出来事」というのはそれだけ人間にとって大きな命題となりうるのでしょう。
さて、1枚のカードから心に移りゆくよしなし事を書きつくりましたが最後は星座とタロットについて備忘録。もともとはゲーム(賭け事)としての要素で世界に普及したタロットに占星術やら諸々を結びつけるようになったのは18世紀頃と言われています。
私にアストロジーやホロスコープの素養はありませんが、カードをめくる時のインスピレーションの一助になることもあるので参考までにメモっておきます。(ウェイトスミス版による対比)
ゾディアックカード
 牡羊座  皇帝   牡牛座  教皇   双子座  恋人
 蟹座   戦車   獅子座  力    乙女座  隠者
 天秤座  正義   蠍座   死    射手座  節制
 山羊座  悪魔   水瓶座  星    魚座   月
ちなみに黄道十二宮に入らなかったカードの支配する天体は以下の通り
 太陽 太陽    月  女司教
 水星 魔術師   金星 女帝
 木星 運命の輪  火星 塔
 土星 世界
ん?三枚足りませんね。とってつけたようにおまけ 
 愚者 風のエレメント
 審判 火のエレメント
 吊られた男 水のエレメント    だそうです。
なんとなく審判って土な気がするけど。墓穴からみんながボコボコ出て来てるし^^

ホロスコープのたしなみがあれば、出てきたカードから「時期」を占うこともできるのかもしれませんね。頼まれてタロットリーディングをしていると「それはいつ?」と知りたがる人は意外と多いので頑張って調べてみました。でも使いこなすにはもっと修行が必要そう。 

2015年5月21日木曜日

チキチキマシン猛牛レース

モータースポーツはお好きですか?インドア派で運動に縁がないけどモータースポーツ観戦は好き!鈴鹿や富士スピードウェイに行くことを思えば検見川浜なんてチョロいぜ、てなもんでやってきましたレッドブルエアレースin 千葉。本日はその探訪録でございます。

何せ日本初開催なので様子がさっぱりわからない。千葉幕張での開催情報をゲットしたのが出遅れること決勝日の一週間前。折しも観戦エリア拡張(検見川浜会場増設)が決定した日。この段階でAエリアにはまだ残席があった。さあ、あなたならどうする?ちなみにコース内容は以下の通り、どん。
検見川浜はゴールゲートへの旋回地点にあたる
レッドブルのエアレースはスポーツバーで観戦したことがあるのでだいたい様子は分かってる。言っちゃなんだが試合運びは映像で見るほうが断然分かり易い競技だ。小型機が至近を高速で駆け抜けることになるから、その迫力を味わうためならA線上のエリアもアリだが、私は旋回シーンを堪能できる折り返しエリアを推奨したい。となると検見川浜エリア(ファミリーエリアはご遠慮したいし、廉価なCエリアはすでに完売だった)が狙い目。結果的には検見川浜はナイスな位置だったので大満足。
その理由1:スタートゲート側なので待機中の機体が稲毛浜方面をブンブンしてる様子を望遠鏡で堪能できた
その理由2:小型機の動体美をもっとも堪能できる旋回シーンが目の前で展開される
その理由3:ゴール後の機体急上昇を眺めるのに程よい距離(パイロットによってはココでオマケの妙技を見せてくれる)
その理由4:検見川浜会場だけが本会場「海浜幕張」の隣の駅を利用するので混雑緩和が見込める。東京方面に帰る際は幕張会場の人達より先に乗車できるので帰宅時にこれはちょっとしたアドバンテージ

さて、来期の幕張開催があるかどうかはわからねど、次回観戦を狙っている人のためにその他の備忘録を。
行列に並んだり、場所取りに熱くなる趣味の人は好きでやってることだから止めないけど、場所取りに躍起にならずともレースは皆が見える上空を飛ぶのでご安心を。前述の通り、映像で見た方が何倍も楽しめるのがエアレース。なのでモニターの音が拾えて生と映像両方の視界を確保できる場所まで近づくのがポイント。検見川浜は浜辺と遊歩道の間がゆるい段々状の土手構造になっており、砂浜と土手上方とではかなり高低差があるので開場のずっと後の時間に入場しても観戦に差し障りはなさそう。
報道写真では観客がギッシリすし詰めに見えたけど、少なくとも検見川浜では観戦ポイントを探して皆がうろつき回るゆとりはありました(敷物で場所取りしてる人が多数の砂浜一帯はよくわかりませんが)。
疲弊しないプランとして推奨するのは、腹ごしらえ、水分補給とトイレ休憩を済ませてから並ばずゆっくり会場入りすること。試合運びがサクサク進むラウンドオブ14を見ればレースの雰囲気は十分堪能できる。これが13時スタートなので要はその時間に間に合えばいい。後は興が乗ったら最後まで見て行くもよし、程よいところで切り上げて混雑を避けて帰るもよし。
えっ!最後まで見ないの?と驚きの方、もちろん最後まで見てもいいんですが私のような年寄りは基本ムリをいたしません。何度も言いますが映像で見た方が試合そのものは断然面白いのでレースは雰囲気だけ楽しめればそれでいいという考え。入場料がもったいないとか、元取るまで堪能し尽くそうと並び倒したりとか、果ては遊歩道からタダで見てる奴がいるぞ許せねー!とか興奮するのは自分の考えとはチョトチガウ。入場料は「また日本でやってね」という言わばおひねり。そんな形で好きなモータースポーツの振興に役立てればそれで幸いなのでございます。←だったらラウンジの30万円チケットを買えよ、というツッコミはナシの方向で^^;


おまけのカービー=チャンブリス
ゴール後のアクロバティックフライトが小粋なヒコーキ野郎だぜ。


2015年1月30日金曜日

ぶらり散歩

用事のついでにふらふらと街歩き。久しぶりに目的もなく気が向く方へと歩いてみた。半ドンなんてものがあった時代には学校帰りにそうして遊んだものですが、さて今回の場所は乃木坂界隈。
意外とこじんまり
司馬遼太郎なんぞを読むと、乃木希典という人物はどうにもパッとしない描かれ方。明治天皇に殉じて切腹自殺というセンセーショナルな出来事のせいで大正、昭和の戦時に「かくあるべし」的な国民の崇拝を受けただけ、てな感想を持ってしまいがち(←いや、ソレはかなり偏ってるな)。だけど今回、乃木希典邸宅跡を見たことでちょいとググってみたりなんかもして、人間的に不思議な魅力を持った人だったのかな〜と感慨ひとしお。
馬小屋横に猫小屋が!
レンガ造の厩は立派
吉田松陰と縁戚関係にあり、あの時代あの土地で培われた気風や、軍人としての経験が彼に及ぼしたであろう影響、巡り合わせの妙を感じて興味は尽きない。西南戦争後は放蕩暮らしに浸ったという彼がドイツ留学の後には狂おしいまでに高徳な生き方を目指すようになったという。その人生の転換ポイントは何だったのだろう。彼を巡るエピソードには「人からこんなに好かれた」系のものが多いが、私のお気に入りエピソードは迪宮(みちのみや)時代の昭和天皇に「自分の足で歩いて学校へ行け!」てな指導をしたという説話。人の上に立つ者の高潔さを追求した一端がうかがえる。
さて、その謎めいたドイツ留学の折にスケッチしたフランス陸軍連隊本部を模して作られたというのが今回訪れた乃木希典邸宅跡。綺麗にそのまま残っていたのですね。夫妻が自死したという部屋も冬の陽光に照らされて静謐なたたずまいを見せていました。区が管理しているのでしょうか、小さな庭園を世話する人の姿がありました。

主人なき やかた世話する人ありて
夕日(せきじつ)の射す 部屋は温もれり
路地は不思議時空の入り口
隣接する乃木神社には骨董市がたち、金髪碧眼のお客様達が興味深そうに古物を眺めています。君は知らじな、今は昔、ここにハラキリをした人のその家がひっそりと建っていることを。
乃木神社を後にして裏路地をひょいと越えていくとすぐそこは東京ミッドタウン。華やかな商業地区に憩う平和に酔いしれた人々のすみか。時代も人も移うものだけれど、時に昔日に想いを馳せながら今を生きて未来を迎える。次にこの街を訪れる年にはどんな変化が訪れているだろうか。ふらふら歩きにはそんな妄想のお時間がたっぷりとある。たまにはスマホから目を離して、時の記憶、土地の記憶をたどってみるのもオツなもんでオススメでござんす。

2014年5月30日金曜日

セレブのお仕事

八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を                    スサノオノミコト
高円宮家の次女、典子女王のご婚約記念に思うことつらつら。本当におめでとうございます。お相手は出雲大社の禰宜、千家国麿さん。出雲大社と聞いて「お!おおおお?!」となった古典ファンは多いはず。
『古事記』によれば古来、ヒノモトの国には国つ神(くにつかみ)と呼ばれる先住の神様達がお住まいになっていた。そこに高天原から天つ神(あまつかみ)という神様達がやってきて国譲り(くにゆずり)という奇妙な出来事を経て覇権がヤマト(天皇家)に移ることになる。
国つ神が先住の王族で天つ神が侵略者?の王族であることは想像に難くないが、侵略者側がやたら先住者に気を遣っているのが国譲り神話の面白いところ。イズモの王であったオオクニヌシが国譲りの交換条件としてアマテラスの使者に提示したのが「出雲祭祀の権利」であり、それこそが出雲大社の起源。
以来、アマテラスの子孫である天皇家が伊勢に鏡(アマテラスの分身)を祀る一方で、出雲は粛々と国つ神を祀り続けてきた。その両家を結ぶご縁談。めでたくないわけがない。
出雲大社にて
この日偶然、婚礼が執り行われていた

さて歴史的ビックリの他にもう一つ感心したのは高円宮妃久子さまの良妻賢母さ。今回のお題の中味、本当のセレブリティのお仕事についてしみじみと考えさせられた。久子さまといえば東京オリンピック誘致で活躍されたことで近年脚光を浴びましたが、この方の真価は高円宮さまご逝去の後に宮家をしっかりと守ったことにあると思う。スポーツ振興に尽力された宮様の意志を継ぎ後援の活動を続け、多忙の中にあって忘れ形見である女王達を立派に育てあげていたことが今回のことで明確になった。晴れやかで華のある長女承子さまの後ろに控える次女の典子さまはいつも大人しい印象でしたが、会見で拝見したシッカリしたご様子とその品格は千家さんとの年の差をまったく感じさせない立派なものでした。

二昔も前の良家のご息女は学業を終えると(場合によっては学業を切り上げて)すぐに嫁がれるか、あるいはご家庭で花嫁修業をされてから嫁がれた。典子女王のおばあさま三笠宮妃百合子さまの世代がこれにあたられるでしょう。
一昔前ならお仕事に数年就かれた後に嫁がれた。これが通訳の仕事でご活躍されたお母様の高円宮妃久子さま世代。あるいは皇太子妃雅子さまがこれにあたられる。
現代であれば仕事に就いて、事情が許せば結婚後も何らかの形で自分の仕事を大切にされると思われます。お姉様の承子女王の世代はそのようになされるのではないかと、これは縁付き先にもよりますが勝手な想像。

典子さまが大学卒業後に就業なさらなかったのは現代としては奇異なことでしたが、この縁談のためであったかと納得。縁付き先が特別なお家であれば尚の事、奥様として様々に特殊な采配を振るわねばならない。そのための素養や教養を修める時間、それこそが本来の花嫁修業。私みたいなパンピーな世界(+バブリーな時代でもあった)の住人で「家事手伝い」という名のスネカジリをして遊び暮らしてたら縁遠くなり、気がつきゃ未だに親元暮らしなんて女性がザラに居る階層とはワケが違…げふんげふん。何の話でしたかな。

そうそう!久子さまがご立派という話でした。セレブリティ(名士)に求められるパトロンとしての役割と、家庭においては次世代の育成を見事に果たされた。久子さまの背中を見てきた典子さまはきっと、お母様同様に名士の妻としての仕事をこなされることでしょう。
さて今回の縁談にまつわる私の一番のお気に入りエピソードをメモめも。典子さんから「お待たせしてしまって」言われた千家国麿さんは四十路。縁結びの出雲大社にあって、ずっと独身でいることを友人達にからかわれると彼は「神様は身内には厳しい」と切り返していたとか。ユーモアがあり、会見でも善きお人柄を感じさせる素敵な伴侶。お二人の打ち解けた雰囲気は何よりの慶事。八重にとこしえにお幸せに。
ちなみに千家の家はアマテラスの次男の末裔といわれている。この次男アメノホヒは一番最初にアマテラスが出雲奪取に遣わした神様。それなのにオオクニヌシの人柄に惚れてそのまま出雲に居着いてしまったという設定。何から何までよく出来た話で、なんだか微笑ましい。

2013年7月26日金曜日

歴史まんがのススメ

オオクニヌシといえば兎
本作の兎(イセポ)は相当 せくすぃ〜
そろそろ食べ物の話でも…と思っていたのですが、今月最後の話題なのでいっそオタク月間で押し通そう!ということで安彦良和です。

五月に『 イズモの諸君 』の中でこうの史代『ぼおるぺん古事記』について触れたばかりですが、先日なんとなく本屋で安彦良和『ナムジ』を購入。すっかり古事記ワールドに引き込まれてしまった。原田常次氏の『古代日本正史』の説を下敷きに書かれた『ナムジ』は顰蹙をかう向きもあるようだが一つの仮説として見るならこれもアリ。
古事記を読んだ後の疑問のひとつ、「出雲を舞台にした国譲りの後に、なんでまた遠く離れたヒムカ(日向)なんかにニニギは降臨したんだろ?」という疑問に合点のいく説明をしてくれた功績は大きい。(飽くまでも仮説ですが^^;)『古代日本正史』は未読ながら、仮説の一部を以下にチラリと紹介。

朝鮮半島を経由して、出雲を拠点に繁栄を築いた一族あり。同様に渡り来て北九州を拠点にした筑紫邪馬台(ヤマト)はイズモと戦乱を重ね、ついには日向の地に遷都を余儀なくされる。やがて邪馬台の将ニニギによる猛反撃が始まり…。その一方、はるか以前に邪馬台を離れざるを得ない事情を持った一族が瀬戸内を通って奥地に分け入り纒向(まきむく)の地で独自の文化を護り育んでいた。これなむ畿内大和(ヤマト)…。

先住であった倭人の他に存在した、国ツ神(くにつかみイズモ系)と天ツ神(あまつかみヤマト系あるいは天皇系)。何故、神を二つのグループに分ける必要があったのか。当時のお国事情なんかに想像を巡らせれば、まっこと空想歴史物語は面白い!
科学を下敷きに想像を巡らせた物語がSF(サイエンスフィクション)というジャンルを確立しているように、歴史を下敷きに想像を巡らせた物語HF(ヒストリカルフィクション?)が、もっと世に受け入れられても良いと思う。いや、実際にはそういうの沢山出てるけど、「たられば」みたいな本は受け入れても信憑性のある構想で話を書くと途端に「インチキ書くな!」と騒ぎ出す人がいるから不思議ふしぎ。

人気アニメーターだった安彦良和と宮崎駿。私の記憶が確かなら同時期に漫画連載を開始した二人は共に「アニメーターに漫画描かせてもロクなものじゃない」とケチョンケチョンにけなされていた(その多くは絵コンテと漫画は違う!という主張だった)。『アリオン』も『ナウシカ』も(奇しくも二つとも神話の人物名を冠している)私はどちらも夢中になって読んだクチだけど、子どもゴコロにも安彦さんが漫画のウデをメキメキあげて駿がいつまでたっても「漫画」は描けない人だったのが印象深い。
果たせるかな、気がつけば安彦さんはアニメから身を引いて今やそのスジ^^ では高名な歴史漫画家となりぬるを。「歴史漫画家、安彦良和が未来の歴史をついに連載開始!」という触れ込みで始まった『ガンダム ジ オリジン』は、ジオン公国の歴史をつまびらかにした名作ですが…それはまた、別の、お話。

来月からは、うまいものの話なんか始める予定。あくまでも予定。

2013年7月19日金曜日

相性物語

趣向を変えて今回のオタク談義は『タロットカード』です。私はド素人で嗜む程度にしか占いをやりませんが、どうしてなかなかタロットカードは奥深くて面白い。
うちの旦那などは「タロット占いをやり過ぎると死ぬ」という謎のジンクスを子どもの頃から信じているようですが、それが本当なら全世界のタロット占い師は絶滅してるってばよ。
9カードスプレッドで人間関係を占いました
思い当たるワードが展開されてかなり焦った
タロットの事をまるで知らないという方に簡単に説明。実は世の中のほとんどの人がタロットカードに触れたことがあるはず。なぜならタロットは大アルカナと小アルカナの二つのグループに分けられ、このうち小アルカナはトランプカードとして世界中に普及したから。対する大アルカナはドラマのシーンで怪しげな占い師が「死神」などのオドロオドロしいカードを提示したりするアレが詰まってます。正確には0番の「愚者」から始まって21番の「世界」でこの世の理(ことわり)を俯瞰できるようになっているものです。つまりトランプ占いをやったことのある人なら、それはすなわちタロット占い経験者なのです。さあウチの旦那!どーするよ?!

タロットで将来をズバリと当てることはできません。少なくとも私にそんな力は無い(^^;)ではタロットで何をするのか?それは物事の指針をはかること。
世の中は「巡り合わせ」で出来ています。それは用意された束から取り出した数枚のカードの並びと同じようなもの。引き抜いたカードの並びと明日我が身に起こる出来事が合致する確率はどれほどのもの?なんて言い出したらワヤになる話ですが、その日その時に占いをした、というそれすらも巡り合わせの成せる業。信じるも八卦、信じないも八卦。あくまでも運気の流れを大雑把につかむものとして利用しています。

タロットを用いたオススメの簡単な占いはスリーカードスプレッド。文字通り3枚だけめくります。今日一日の自分の行動予定を思い描きながらカードをシャッフルして展開。1枚目に全体運、2枚目は避けるべきことor 課題となること、3枚目は自分を守るカード。たったそれだけでその日の行動の指針が提示されるのです。
漫然と過ごしても一日は過ぎ去りますが、「今日はこうしよう!」という指針があるのと無いのでは一日の味わいも自ずと違ってきます。本来は自分の心構え一つで毎日の生活は変えられるので、実はタロットで占う必要は全然ない。私にとっての占いとはそうしたもの ^^;
むしろそうしたモノであるからこそ、それを逆手にとってタロットで一日の心構えを決めたって何の問題もない。その日その時に出た巡り合わせのカードに気持ちを托し新しい毎日を過ごす。それでいいのだ。

スピリチュアルな話題を期待した人、ゴメンね。最後にたかがカード、されどカードな話を一つ。よく言われることですがカードデッキには実は性格があります。子どもの頃に初めて手にしたデッキは気難しく近寄りがたい雰囲気を持っていました。近年、手に入れた初心者向きのものは柔和で打ち解けやすい雰囲気。それに気を良くして最近、気に入った絵柄で新たなデッキを入手したのですが、こちらは実に繊細。「デッキとの対話を楽しむ」というのが真のタロットの奥深さなんですね。興味を持たれた方、自分と相性の良いカードとの出会いを探してみませんか?

2013年7月12日金曜日

冬夜幻

前回、機動戦艦ナデシコの次回予告風に終わらせてしまった手前、見ないといけない気がして?ビッグオーの話題後編です。宣伝チックに行ってみよう!
全26話中、イチオシ作品は「Winter night phantom」またのタイトルを「悲恋!爆破一秒前」(ライナーノートにそういう系の邦題がちゃんとついてる^^)これに異存のある人はいないでしょう!というほどの名作です。
vous êtes gentil
軍警察の無骨者ダン=ダストン少佐が垣間見た幻は夢?それとも失われたメモリーの断片なのか…。幻の女が現れた時、二人に用意された結末(Fin)とは。

ロジャーは物語の終盤、幻の答えを考察しながらもフツリとその行為を止めてしまう。「失われた過去を掘り起こす必要はないだろう」と。謎は謎のままに。そこを含めて一話完結の物語としての完成度が高い珠玉の名作でした。パラダイムシティのカラクリを知った今は、この夢の決着なんて野暮なものを求める必要は感じない。「考えるな!感じろ」なビッグオーのエッセンスを体現したお話。

次点「Beck comes back」またのタイトル「誘拐犯の罠!ロジャー指名手配 !?」
インストルを差し置いてコレ?!と思われる方もおりましょうが、タイムボカンの悪玉トリオをオマージュしたベック一味は外せません!…と、それは冗談としても「メモリー」を題材にそれを失うことの焦燥感と全てを受け止めてゆく人々の愛しさを一番に押し出した作品はコレではないでしょうか?
あの日、私の前には彼女がいた
40年前のあの日、二人は恋におちて良き伴侶となった。すべてのメモリーを無くしたままに…。運命がもたらしたMr.ワイズマンが持つ哀しい秘密とは。

「記憶を失うってそんなに寂しいこと?」アンドロイドの問いに優しく応えるロジャーがホント憎いアンチクショーだぜ。そんなR.ドロシーのメモリーを守ろうとして彼女の不具合をあえて残す配慮をするのもまた心憎い。ロジャーとドロシーの心の交感を描いた点ではヘブンズデーの話よりもこちらを推したい。
悲劇のピアニスト
インストル
盲目の少女と嘘と
ヘブンズデー

『THE ビッグオー』全26話はバンダイビジュアルから絶賛販売中。その目でしかと見よ!(←次回、最強ロボ・ダイオージャの話は間違ってもしないからご安心を^^)

2013年7月5日金曜日

神の名において配役

久々にオタク談義『THE ビッグオー』のお話をいたしましょう。
『The ビッグオー』
バンダイビジュアル1999年
Cast in the name of God. Ye not guilty.
神の名においてこれを鋳造する。汝ら罪なし。
これは中世ヨーロッパの処刑道具に刻まれる言葉、と甲冑オタクの友人から聞いたことがあります。起動時モニターにこの言葉が出現する巨大ロボット。これを操る主人公ロジャー=スミスのお仕事は the 交渉人。
彼の住むパラダイムシティは全ての人が40年前のある日を境にそれ以前の記憶(メモリー)を無くしているという奇妙な世界。しかしそんな事は関係なしに人々の生活は営まれ、厄介な交渉を請け負うためにロジャーは今日も記憶喪失の街を行く。基本的に一話完結で人の記憶(メモリー)にまつわる少し物悲しいストーリーが展開されるこのアニメを私は毎週楽しみにしていた。子ども達に「母さんは、また変なの見始めて」という視線を送られながら…。ええ、お子ちゃまにこの耽美な世界はわかるまい!

アメリカ放映でとてつもなく人気を博したこの作品。アメリカ側の要請で3年もたってから2nd シーズン発表の運びになるのだが、新作も1st シーズンを上回る難解なラスト。久しぶりに鑑賞してネットに出回る考察なんか眺めて、むらむらと来るものがあった。だもんで私もマネして俺式解釈を書いてみまっす。

「あなたってサイテーだわ」
一話のハイライトと言えましょう
多くの方の意見によれば、記憶(メモリー)=脚本であり、キーパーソンのエンジェルはこの世界の演出家とされている。
作中「君こそがメモリーだったのだ」という台詞があり、放映当時は「この世界がエンジェルの内なる世界だったというエヴァ的オチか」と短絡して尻すぼみ感を抱いたまま鑑賞を終えた。ちなみに1st シーズンの最終回の感想は「ま、いっか」。謎を残したまま終わるのは当時よくある手法だったから多少それに慣れすぎていた感もある。アメリカさんはそーゆーの我慢ならなかったようですが。
今回、2nd シーズン制作の裏に謎の決着をつけるようアメリカから要請があった事を知り、その上で見直した時に2nd はかなり技アリという事に気がつきましたよ。まず2nd の第一話でアメリカに対する解答が早々と語られているではないですか。すなわち…
ロジャーは大道具を配した舞台の上に立ち、執事のノーマン相手に芝居じみた台詞まわしで二人の出会いのシーンを演じる。その劇中劇で事実上のメモリーなんて無いけどそんなの関係ないね宣言をしています。
失われた記憶(メモリー)=脚本、あるいは物語の設定
エンジェル=脚本家、あるいは演出家かプロデューサー
ロジャー=脚本家への交渉を依頼されたネゴシエーター

こう置き換えて見直せばしっくりくる。1st のラストでエンジェルが「まだ早すぎる」と思わせぶりな台詞を呟くのは、脚本を無視して動きはじめるキャラ(描いてるうちに作者が思ってなかった方向に登場人物が話を引っ張るという、アレかな?)に対する驚きともとれる。(26話予定だった番組が突如13話に凝縮されてしまったスタッフの嘆きかもしれませんが ^^;)
今から思えば1st で依頼を運んで来るのが幾度も身分を偽ったエンジェルだったのも象徴的。ロジャーに仕事を持って来てストーリーを動かすのがエンジェルの仕事(脚本家)だったと言える。関係ないけどその辺りから名前の由来はチャーリーズエンジェルだったのか??と妄想炸裂(それだとエンジェルがチャーリーになっちゃうけど)。
40年前の記憶(設定)なんか最初から無い。それに気づいた者達(=メモリーを甦らせた者)を消してまわるR.D.が Distiny(運命)と名乗ったのも面白い。40年前の設定がないのは言わばこの作品の宿命でもあるわけだ。

2nd のエンジェルが1st とは趣きを変え、何か逡巡したり彷徨してたりするのは、すでにあのエンジェル自体がパラダイムシティの人物として(キャラが)動き出したということ。だからラストシーンでドロシーと並んでしれっとして立っているのはおそらくパラダイムのエンジェル。彼女はこれからも「記憶をなくした街を舞台にした世界」の登場人物として物語を紡ぎ続けるのでしょう。
そして物語終盤でモニター室で涙を流していたエンジェル、あれこそがエンジェルの実体?でありロジャーの交渉相手。涙のエンジェルの肩にロジャーが手をかけた時点でドロシーが「ロジャー THE ネゴシエーター」と誇らかに名乗りをあげるのは、交渉を遂げた勝利宣言を表しているのではないでしょうか。さて気になる交渉の中身ですが…

パラダイムの創始者ゴードン=ローズウォータはメモリー(設定)なんて最初から存在しない事に気づき、その上でそのように世界を作り出した創造主の存在(意図?)を感じとる。「自分達は自由にやってもいいんじゃないか?」それを創造主に交渉してきて欲しいとロジャーに依頼。
これは巧妙なダブルミーニングではないか。すなわち、「40年前問題を解決しろ」と言ってきたアメリカTV局に対して「40年前の細かい設定なんて無いんです!記憶喪失の街を切り取って、そこを舞台に繰り広げられる物語を自由にやってもいいんじゃないか?」ということだったのだと。その交渉の物語が2nd シーズンだったのだと。だって現に1st シーズンは「40年前に何が起きたのか?」なんて事は関係なしに一つ一つの物語が充分に面白い作品に仕上がっていたじゃないですか。

エンジェルが泣いていたのはロジャーの説得でようやく初心に帰れたからではないでしょうか?そんな風に見ると、1st に比べるとやや色あせて見えていた2nd もその理由や切り返しの仕方に面白みが出て来る…かもしれない。
さあ!次回『THE ビッグオー』をみんなで見よう!←機動戦艦ナデシコ風

2013年5月22日水曜日

イズモの諸君

ヤマトの話題の次なので出雲をチョイスしてみました。今回は『古事記』でございます。面白いんだけど前半の神様がぽこぽこ生まれるくだりとか、その名前が漢字だらけで読みづらい所とか、痛快な物語がある一方で意味不明な話が随所に混ざったり、全部を読むのはなかなかに骨の折れる作業ではありますが、日本人なら一度は読んでおきたい日本昔話(?)でございます。
オオクニヌシと妃、仲直りの場面より
そこでオススメしたいのが、 こうの史代『ぼおるぺん古事記』 
これ、感心する出来映え。←エラそうな物言いで恐縮ですが、本当に脱帽しました。何が凄いって漫画ながらも原文のまま読ませてしまう大胆な試み(下に注釈が出ているので問題なく読めます)。そして漫画ならではの手法で八百万の神を図解で(^^;)納得させる明快さ。残念ながら今のところ「上つ巻」であるところの神武天皇が現れるくだりで漫画は完結しています。全三巻。続編を切に希望する!
イザナギとイザナミの活躍からヤマタノオロチまでの一巻 天地創世
オオクニヌシの謎に満ちた国譲りまでの二巻 出雲繁栄
アマテラスがニニギを遣わして神代の終わりを迎える三巻 天孫降臨

日の本(ひのもと)の国の創世の謎を古事記を元に解きはじめると、想像の翼がとめどなく広がり実に興味深い。神ツ国である高天原(タカマガハラ)が大陸であるとするなら、そこからイザナギとイザナミがやって来て八洲(ヤシマ=日本)を造ったのは、すなわち大陸から渡来して何もない土地に居着き、明確な支配を行った「はじめの一族」がいたということ。
その子ども(子孫か?)アマテラスは高天原に返り咲いて暮らしたり、それを頼ってスサノオがやってくるが悶着(天岩戸事件)を起こして追い返されたり…そこから妄想するのは権力者やその一族が割と頻繁に大陸と日本を行ったり来たりして過ごしていたのではないか、ということ。

今回、こうした形で古事記を読み返して感じたのは、権力を武力で奪い取ったのなら西洋の記録がそうであるように、その武勇をもっと誇ってもよさそうなものなのに、古事記はむしろ「最初に居た人イザナギの後継であること」にモノ凄い執着をしているな〜ということ。『元祖』とか『最初に始めた人』に異常な程大きな敬意や畏怖を払う国民性が私達にはあるのかと古(いにしえ)の日本人の心について思いをはせる。天皇家もやたら「ずっと最初のY染色体が続いてるモン!」を主張して譲らない人が居たりするし…げふんげふん、それはまた別のお話…。

日本人の心といえば、古事記は文学的な要素も評価されていて「神語(かむがたり)」と呼ばれるまさに「神!」な美しい歌が詠み込まれているのも特徴です。子どもの頃に読んだ時はキザったらしく感じた愛の歌も、この年になると沁み入るように詠めるのもまた楽し。折に触れ、何度でも紐解いて欲しい日本の物語。是非、ご一読を。

2013年5月12日日曜日

何もかもみな懐かしい

それはもう小学生時代の夏休みといえば宇宙戦艦ヤマトの再放送。どれだけお世話になったことか。人類を救うために絶望的な使命を帯びる一方で「自分たちだけ逃げるのか」と罵声をも浴びせられ究極の選択を迫られながら地球を離れる乗員達。ナルシスト全開だけど何故か憎めないデスラー総統はじめ個性豊かなガミラス勢との死闘の数々。謎めいたイケズな美女スターシアが微笑む哀愁漂うエンディング。ロマンという言葉を初めて知ったのはこのED曲「真っ赤なスカーフ」の中で。現在、地上波放映中の『宇宙戦艦ヤマト2199』のED曲が違うのがまことに残念無念。

さて20世紀少年少女世代の私もリメイク版ヤマトには言いたいことは山ほどある。
「山本、いきなり死んでるのか…(絶句)」
ありし日の山本アキラ隊員
名誉の戦死を遂げる(/_;)
ヤマト初挑戦の人達にはネタバレも入るので、中年のノスタルジーに最後までお付き合い頂く場合はその旨ご了承ください。まあね、女性キャラを増やしたかった気持ちはわかるけどマイナーながらファンがそれなりについてたキャラを女性に変更するってどうなのよわさ。最初、山本隊員の妹キャラで女性増員かと思ったら、後に「玲と書いてアキラ」なんて名乗ってしまうし、そんじゃ彼女の最期は特攻かけて死ぬフラグですか?!
ちなみに旧作の山本隊員は序盤で古代君の熱血感を演出するためだけに使われた完全なる脇役キャラ。チョイ役だったのに何故か人気が出て二作目の「さらば宇宙戦艦ヤマト」では初めてアキラと命名され、自らの命と引き換えに活路を開く見せ場まで貰った異色のキャラクター。ええ、特攻直前の笑顔の敬礼姿にノックアウトされたチビっ子の一人が私ですじゃ。 ざんねん URL先はおわりました 。さすがは元祖エヴァと言われるヤマトの諸君。いろんなの作って金儲けしてるのね。

さて現在のアニメ事情にすっかり疎い私としては今回のヤマトのリメイク版は原作(小説)通りにするのか気になる所だったのですが、純粋にTVまんが(あえてアニメとは言わない^^)のリメイクの様子なので安心して小説のネタバレなんかを書いてみますよ、と。
原作あるいは石津ストーリー(?)と呼ばれる小説版を読んだのはかなり大きくなってからですがコレが結構イケる。長きにわたり周囲にオススメしてるのですが、さすがに今は入手困難?我が家にある文庫もほぼ風化(^^;)しており、人様に貸し出すにも躊躇する程。それだけ時を経たということ。ホント何もかも皆懐かしい
この本には、ヤマトに来てもらわねばならなかったイスカンダルの切実な理由や、ガミラスの至近にありながらイスカンダルが手付かずだった謎、すべて辻褄のあう説明がされ、またそれが見事にSFゴコロを刺激する構想で書かれている。あ〜、ヤマトとナウシカは絶対原作路線でリメイクするべき!

ここからネタバレ
滅びの星となったイスカンダルにたった一人生き残り続ける謎の女性、スターシア。その正体はかつて繁栄を極めたイスカンダル人によって作られた完全無欠のマザーコンピュータだった。「ガミラス」はその「スターシア」によって構築された防衛システムの名前。
ガミラスはその役目を粛々とこなすが、やがて少しずつ狂いを生じ知的生命体の住む星全てをイスカンダルを脅かす敵と認識し攻撃を始める。その暴走をシステムが無敵すぎるためにスターシアは止めることができない。最終的にスターシアがはじき出した解答は「自死」。しかし鉄壁の防衛システム「ガミラス」が自死をも否決するためにイスカンダルはニッチもサッチもいかない状態。そこでヤマトの諸君の出番ですヨ。ありもしない放射能除去装置をエサにヤマトの諸君をおびき寄せ、防衛システム「ガミラス」の包囲網をかいくぐり、どうか私イスカンダルを宇宙の藻くずにしておくれよ…というのが実はスターシアの心からのお願いだった、というわけ。どっとはらい。作中、真田さんが何者かに殺されちゃったり、島くんが連れ去られてスパイとして改造されちゃったりと、おきゃんなスリルとサスペンス(^^;)の要素もてんこ盛りで楽し…める…かな?
入手可能で興味のある方は是非ご一読ください。古い作品を何度も楽しめるのはまた悦(たの)しからずや。

2012年11月23日金曜日

残り香あるいは残渣考

前回「土地の記憶」なんて言葉に触れた。本来は地理的な事象で刻まれた形跡とか歴史的に継がれて来た文化なんぞを指す言葉なのかもしれませんが、今回はもっと曖昧でうろん臭い^^; オカルトチックな話なんぞをいたしましょう。
夢幻紳士(高橋葉介)
Anything left after the people died.
It's like a cigarette SCENT.
 食い道楽の私達夫婦は年に一度か二度の割合で南千住にある鰻屋に出かけることに決めている。たいがい初夏の頃だけど、行きそびれると秋口になったり春先になることもある。先日、強風吹きすさぶ中を久しぶりに訪れてある事に気がついた。道すがら風がぱたりと止む場所がある。前に一度、やはり強風の日に出かけた折に同じ事があったことを思い出したので、帰りしなに風が止んだ周辺をぐるりと見回してみた。高架下に入るからその関係で止むんだろう、くらいな感じでいたけれど眼前に小さな寺があることに初めて気がつく。場所は葵の御紋がやたら目立つ南千住回向院のホントに目と鼻の先。

さてお立ち会い。この時代劇でもお馴染みの回向院は吉田松陰やら角界、おっと違った、けどきっとお相撲さんも居るに違いない各界の著名人(?)の墓や供養塔があることで有名。そして忘れちゃいけない、解体新書の腑分け場所。そうです、お江戸の処刑場、小塚原(こづかっぱら)にあることで有名なお寺。ただし刑場跡地そのものは別のお寺になっていると聞いたことがあり、回向院前を通っても刑場のことなど露ほど考えたことがなかった。今、立ち止まった私の目の前にはまさにそのお寺、延命寺の石柱が…。
脳裏に「骨ヶ原」という字面が浮かび、歩き慣れた道で瞬時に見知らぬ土地に跳ばされた感覚に襲われる。あるいは時空を反復横跳びで瞬時に行きつ戻りつしたか。これがゾッとするということなのね。帰宅してすぐに刑場跡地について調べるとドンピシャで今日立ち止まったソコ。そしてふと浮かんだ骨ヶ原という字面も、かつてそこが実際にそう表記されていたことを知った。
オカルト好きや自称霊感持ちの人ならこういうの「引き寄せられた」とか言うんだろうけど、私はそこまでのオカルトファンじゃない。誰がなんで私ごとき一般人を引き寄せたりするもんかい。風が止まったのは高架下に入ったからだし、不吉な字面が脳裏に浮かんだのは多分、昔そういう記述をどっかで読んだ記憶が突如甦ったから。心霊スポット?冗談じゃない。あっこには何もありゃしないよ。だって行きつけの鰻屋があんだよ?心霊スポットなんてアンタ、…冗談じゃないよぅ。

ま、不思議なお話は嫌いじゃないけどね。ちょっと違う空気の場所がある、というのもあながちウソではないと思う。特別な場所には特別な念(雰囲気?)のようなものが宿るらしいけど、今回刑場について調べていたら面白い話に行き当たった。吉田松陰の亡骸を埋葬に来た桂小五郎が、その日偶然腑分けに来ていた大村益次郎(花神@司馬遼太郎 の主人公)に出会ったのもここ小塚原。私に言わせれば幾多のドラマがあった場所こそが特別な場所。こもっているのは土地や建物に刻まれた念なのか、そこを訪れる人の念なのか。たぶん両方。