いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。
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2023年3月11日土曜日

シン 冬のホラー

 2019年最後の投稿が隣家に関するホラー話だったのでその結末をここに語ろう。

結論から言えば隣家の登記はまんまとインチキおじさんのものに書き換えられ、現在爺さんはちゃっかり町内会にも加入して何食わぬ顔で町内の風景に紛れ込んでいます。表札はそのまま、回覧板の名前も元の持ち主のままにしているので未だに隣家の女主が亡くなったことを知らない人も多い中で、この4年の間に町内に新入居者も増え新住人にとってはそこに居るインチキおじさんがインチキとも知らずに日常の風景として存在している。嗚呼、僕だけがいない街状態。

最後の投稿の後、3月のことでしたが道端で遭遇したインチキおじさんと対決して警察も呼んで大騒動になったのですがその時すでに登記は書き換えられていたためジ・エンド。警察としては民事不介入でどうしようないとした上で「ただし血縁のない人に全財産譲るという遺言はかなり異様なケースなので、これは血縁者に連絡してきちんと調べてもらったほうがいい」との由。ところがところが前述の通り町内会長が事なかれ主義なので個人情報保護を盾に血縁者を探すことはせずにそのまま不審者が町内に居つくという結果になりました。

正直、ハラワタは煮えくり返っています。しかし町会費も払ってw隣人になってしまった以上は仕方ないので爺さんと顔を合わせた時にはちゃんと挨拶はしてますことよ。大人の対応はしているものの事情を知ってしまった向こう三軒両隣(当事者の隣家は除くw)の住人は苦虫顔です。対決した際に警察官と一緒に色々と問い詰めて、その時爺さんが某宗教関係者ということを突き止めていたので、この家が宗教団体の手にいずれ渡ってしまうのだろうなという危惧はあるものの今の所は爺さんの所有物として温存されています。早く善良な市民に売っぱらってそのお金を献金しちゃえばいいのにと思う日々。

なんだか釈然としないけど、知らなければ、知らずにいればそこそこ幸せに生きていける。実は日常生活というのはそんなホラーと隣り合わせに積み上げられているのかもしれない。
アナタの隣の家に住んでる人、本当に隣人ですか?


2023年3月2日木曜日

わたし 生きてる

 恥ずかしながら帰ってまいりました。

写真は関係ないです

てゆーか、過疎ってるからBloggerはサービス終了するって言ってたじゃん。
だから泣く泣くお別れして今日まで生きてきたのに、なんかシレッと「新しくブログを作りますか?」みたいなページが出てきてあれ?懐かしい〜。つか、まだやってるの?話が違…とか言いながらログインしたら普通に思い出の居城がそこにまだあって、なんだか嘘みたいに表題のセリフが口から出ました。

2019年2月の投稿を最後に実に4年ぶりの王の帰還。奇しくも厄災が世界を駆け巡ったあの年からのかくも長き不在。

積もる話をしようじゃないか。
とりあえず、今日のところはこれで勘弁してやる。

2019年2月12日火曜日

冬のホラー続報

納得は行かないしいまだに釈然としない。けれども隣人は昨年の12月頭には誰にも知られずに既に亡くなられていたそうなのです。。。

あらすじ再び
隣家には身寄りのない一人暮らしの女性A子さんが暮らしていた。12月の第一土曜日に、A子さんと連絡が取れなくなった事を心配した友人が連れ立って訪ねてきた。それまでは確かに人が住んでいたのに、その日を境に隣家は無人になった。
時折、隣家には留守を預かってる風味の謎の老人が出入りする。老人の言う事はコロコロ変わるのだが最終的に出してきた設定は「9〜10月頃から隣人は海外を飛び回っていて捕まらない」との由。
A子さんの友人と連絡を取り合いながら、老人の話にはいくつも矛盾があることに不審感が拭えない須磨人は事情を説明して町内会に判断を委ねたのであった。

さてここから続き。
町内会の役員は色々と聞き取り調査を行った結果…以下のような話を持ってきた。
A子さんは既に亡くなられていて12月の頭には火葬場で荼毘に付されている。火葬に立ち会った人から直接聞いたからこれは間違いない。
だけどその人はA子さんが亡くなった事を口止めされていると言うので誰から聞いた話かは話せないし、須磨人さんも誰にも言わないでね。
ちょっ、待てよ!
一体誰が何の目的で口止めする必要があるのでしょうか?この次点でA子さんの死から二ヶ月が経過していると言うのに?!
病気になったり入院したりを人に知られたくないと思う人はいるでしょう。それは理解できる。身内が葬儀を内々に済ませたいから落ち着くまで黙ってて、なんて話ならそれも理解できる。でも友人が訪ねて来てA子さん不在が発覚した日の前に、既にA子さんは世俗の諸々と解き放たれた状態だった訳で、一体どうして内密にしなければならない理由が発生するのでしょうか?それは本人の希望だったのでしょうか?「私が死んだ事は内緒にしてね!」ってか?武田信玄じゃあるまいし。
役員は「そういう事情だから仕方ない。民生委員も定期的に隣家の様子を見てくれると言ってるし、そっとしておこうと思う。A子さんが監禁されてるとかの事件じゃないしね。もう死んでるんだからさ」みたいな事を言って私を絶望の淵に落とし込む。正直、何言ってるのかワカンナイ。あーた、ソレ民生委員にも秘密にするつもりなんか?!

一人暮らしの女性が亡くなった事を口止めする身内以外の人間がいる。それ自体が既に事件じゃないんですか?何よりも誰にも知られずに亡くなって、それをそのまんまにしておくという仕儀が私には到底理解できない。町会役員とは多少険悪になったけど、民生委員には報告するべきだと意見して結局私から民生委員に話をすることになった。
民生委員はこの話をベテランの委員に相談して然るべき対応を検討して報告してくれる事を約束してくれた。
くだんの役員については「町会役員には守秘義務があるという申し送りを何か勘違いしてらっしゃるようですね。情報を共有するべき人達にまで秘密にするのは間違ってます」という事だった。
またしても出すぎた真似をしたと落ち込みもしたけれど、その一言で救われた。おかしいと思った事は一人で抱え込んではダメだ。

それでも隣家の人が誰に知られる事もなく亡くなったとは今でも思いたくない私がいる。
こんな有耶無耶なやり方では心の中で手を合わせることもできゃしない。
「私達が訪問した事でA子が家から出て行ってしまったのではないか」と気に病んでいたA子さんの友人にも何と報告をしたものか…。その時、既にA子さんは亡くなられていたという話になっているのだから。

さて、そんなこんなのドサクサ中に「このBloggerは利用者が少ないから閉鎖になるよ」という通知がグーグルさんから来ましたよ。なんだかんだと駄文を細々と書き連ねてきましたがそれももう終わりのようです。
せっかく書いたよしなしごとも露と消えるかと思うとあやしうこそものくるほしけれ。
ログの保管とかブログの転居とか?考えなきゃな〜と思いつつ日々の生活に忙殺される今日この頃であります。
またどこかでお目にかかれます事を祈りつつ、ひとまずホラー話はどっとはらい。

2019年1月14日月曜日

冬のホラー2

年明け最初にこの話題というのはあんまりですが釈然としないので昨年の続きです。

前回までのあらすじ
隣人が行方不明になりました。きっかけは隣人の友人が「連絡が取れない」と心配して訪ねてきたことから発覚。隣家はその日までは確かに誰かが住んでいたのに友人の訪問を境に無人になった。その数日後、窓が開け放しになっていたことから警察が呼ばれ、しかしながら「出かけてるだけかもしれない」との理由でこれ以上は誰も介入できないと放置の日々。そんな中、留守を預かってる風味の老人(先代からずっと庭の管理を任されていた人物)を玄関先で発見して突撃する須磨人だったが…

この老人の話がどうにもおかしい。漂うインチキおじさん臭が否めない。
昨年、私が突撃した時は隣人のA子さんは筋力が衰える病気になって「頭ははっきりしてるんだけど動けないから電話で話すことはできない」という話だった。留守を預かってるのなら居留守をするのもおかしいし、来訪者に事情を説明してくれても良さそうなものなのに、それを頼んでもなお後日確認をとると友人の所に連絡は来ていなかった。
なぜ、入院に際して家の電話を解約しているのか?老人は人が訪ねて来るまでA子さんの家で暮らしてた風味なのに訪問を機に何故姿をくらましたのか?そもそもこの老人がA子さんの車を乗り回している事情は何なのか?疑問は尽きない。
友人と連絡をとった際にその疑問について話し合った所、友人曰く「え…ちょっと待ってください。その庭師さんはもしかして私の知ってる方とは別人かもしれません。あの人は車の運転はしないはずなのですが…」という衝撃の展開が!庭師〜!あんた一体誰なのよわさ?

どうしたわけか回覧板だけは回してくれている様子だったので年末の最後の回覧板に「民生委員さんにA子さんの所在についてお知らせください」というメモを貼ってポストに入れてみた。すると年明けに老人は民生委員の前に現れたそうな。そしてその老人の言うことにゃA子さんは趣味の研究のために外国を飛び回っていて全然捕まらないんだよとの由。
あんたさ、昨年はA子さんの病状についてすげー細かく説明して自由に動けないって言ってたじゃん?実際、夏に最後に見たと言う近所の人の目撃情報では脳梗塞の後遺症みたいな歩き方してたと言う話もあったから入院話を信じたんだよ?どーゆーことなんだよ?
民生委員としては一人暮らしのA子さんは庭師親子が面倒を見てるという話(老人談)を聞いた段階ですっかり安心してしまいうっかり連絡先とか聞かなかったのよとの由。「隣人の須磨人さんにちゃんと事情を話してあげてくださいと言ったんだけど連絡はないの?」と聞かれたが、ええ、何も言って来ませんよ。
そして先週、またしてもインチキおじさんwが夜になってから隣宅にA子さんの車を横付けにして何か運んでいる気配に気が付いて突撃したのでございます。
「何かあった時のためにあなたの連絡先を伺ってもよろしいですか?お名前はなんとおっしゃるのですか?」
A子さんの友人から聞いた庭師の名前と一致しなければ完全にアウトだったが幸いなことに聞いていた名前と老人の名前は一致した。無理やり聞き出した携帯番号はしかし老人曰く「でもこの番号はもうじき使えなくなるけどね」という不気味な根回し発言。すでに疑いの眼差しで見ているのでどんな説明も煙に巻いているように聞こえて釈然としないが、要約するとA子さんは外国人と結婚した友達のBちゃんと一緒に海外を飛び回ってるから、いつかはわかんないけどそのうち帰って来るから安心して待っていてとのこと。
「あなたは昨年私にA子さんは入院しているとおっしゃいましたよね?」と聞くと「入院してない。元気元気!」とだけ返されて華麗にスルー。海外を飛び回ってる話を訪問して来たお友達にしてあげて欲しいけどあなたが連絡してくださらないなら私からしてもよござんすね?と半ば嫌味を込めて念を押すと「その友達はなんで急に訪ねて来たの?」と逆に質問された。連絡が取れなくなったからだってばよ!
さて、A子さんの友人と早速連絡をとって作戦会議。Bちゃんは実在の人物で老人の持っているA子さん情報はところどころ合っている。しかしかなり古い情報しか持っておらず実はBちゃんとは随分と前に仲違いをしており今は連絡を取り合っていないはずなんだけどという話が聞けた。他にもBちゃんと海外を飛び回っているというのはかなり信憑性に欠ける事情がA子さんにはあることを教えてくれた。さて、どうしたものか。

結局、友人は勇気を出して老人に電話を入れて数々の疑問点を老人にぶつけてくれたそうだ。すると…
老人曰く、A子さんが足が不自由になる病気なのを認めた上で「多分最後のチャンスと思って海外に出かけたんだろう」との由。毎年、正月はBちゃんの所へ行ってたから今回もそうなんだと思う。へい?思うって…つまりはA子さんが海外を飛び回ってるというのはA子さん本人から出た確実な情報ではなかったのでございます。おじいさんもA子さんが今どこでどうしているのかを完全に知らないという。
友人の質問攻めに最終的に老人は「みんながそうやってA子さんの心配をすると悪い電磁波がA子さんのとこに届いてまた体調を悪くする。今は必ず帰ると信じてみんなで待ちましょう」と言われたそうな。
電磁波って…?「多分悪い気が集まるとか、そんな感じのことを言っているのではないかと…。」と、この話をしたら職場の友人にもそれ完全にあかんやつとちゃうの?言われた。

怪しい宗教紛いの団体に取り込まれてしまったのだとしても、それが本人の意思ならやむなし。それでも仲間が面倒を見てくれて世話を受けているならそれも一つの終の住処かもしれない。問題は外界との接触を絶たれて不本意なまま自宅から遠ざけられたりはしていないだろうかという心配。
そもそもね、毎年正月はBちゃんの所に行ってるというけど友人に依れば「それは絶対にない」し隣に住んでる私も断言するけど若い頃ならいざ知らずこの数年間A子さんは正月時期に家を空けてなんかいないよ?
老人がテケトーなことをいうので有耶無耶なれど、A子さんは現に行方知れずになっている訳だ。にも関わらず、このおじいさんが間に入ってトンチンカンなことを周囲に吹聴している限り、誰も捜索願を出せない状況に置かれている。それを知っているのは今のところ、宇宙で私達だけなんだ。さりとてどうすることもできない。実際問題、捜索願は身内でもないとそう簡単には出せないらしい。
私は先代の老夫婦と良い近所付き合いをさせてもらっていたからお二人が子供のいない娘二人の行く末を案じて最後に姉妹が助け合って暮らして行けるようにと2世帯分の広い土地を用意したことを聞き知っている。もし、何か良からぬ企みに巻き込まれて隣の家屋敷が誰かの手に掠め取られるようなことがあればどうにもいたたまれない気持ちだ。お二人はそんなつもりでこの土地を用意した訳ではないのだから。
しかしそういう妄想自体が悪い電磁波?!の元になるのであればなるほど悪い想像は慎むべきであろう。
A子さんの友人とは「A子さんが何事もなく帰宅して、全てが笑い話になるといい。その時は是非またお会いしましょうね」と約束して電話を置いた。十代を共に過ごした自分の友人と重ね合わせて、女の友情がこの先も長く続くことを願わずにはいられない。
はてさて、どなたかこうした案件に良い考えをお持ちの方はお知恵を拝借したいものです。
まじでまじで

2018年12月24日月曜日

真冬のホラー

さて、皆さんはお隣に誰が住んでいるかをご存知ですか?
ご近所付き合いが廃れていく昨今、そうは言っても学生さん風の人が住んでるとかOL風味のお姉さんが居るとか、おぼろげにでも隣に住む人の輪郭は見えているのが普通ではないでしょうか?
そんな風に認識していた隣人が引っ越した気配もないのにある日突然別人にすり代わっていたら…今回はそんな摩訶不思議なお話です。

私がこの地に越してきたのは四半世紀も前になるでしょうか。古い住宅地にある中古物件を求めて新生活をスタートさせました。その時、隣家には老夫婦が住んでおりましてお二人には人生の先輩として色々なことを教わりながら良いお付き合いをさせて頂きました。このご夫妻はすでに鬼籍の人となり、独身の娘さん(A子さん)が家を建て替えてそこで一人暮らしを始め、もう5〜6年になるでしょうか。先月、そこへA子さんの友人が訪ねて来た。
その友人曰く、「A子さんと連絡が取れないのですが…」電話に出ないというだけではなく、電話の契約そのものが解除されているらしい。「A子さんはここに住んでますよね?」と尋ねられて、はてどう答えたものか。確かに姿を見る事は稀だけど、しかし夜になれば部屋に明かりもともるし普通に生活している様子ではある。友人に言わせると「どうも様子がおかしい」との事でしきりに安否の確認を取りたがった。とはいえ不在では仕方ない。ひとまずA子さんには友人が尋ねていらしたことを私が伝えておく運びとなった。
その夕刻、部屋の明かりがついたので早速私が訪れてインターフォンを押してみた。
…が、一向に出ません。家の中に人がいる気配はしているのに誰も出てこない。出られない理由が何かしらあるかもしれないと思い、ご友人が尋ねていらした旨のメモをポストに入れて帰宅した。
友人には私から「A子さんは帰宅したようですが出られない様子なのでメモをポストに入れておきました」と伝えると、なんと友人は即刻引き返して再度訪問してくれて家の外から必死に呼びかけた。それでもA子さんは扉を閉ざして姿を見せなかった。
そして、その翌日から隣家の窓に明かりが灯ることはなくなった。

それだけではない。夫は仕事の行き帰りに必ず隣家の様子を見るようにしていたのだが数日後の夜、二階の窓が開け放たれているのを目撃し「誰かがいることはいる」と私に報告。翌朝、私も隣の二階に目をやると…その日「今年一番の冷え込み」と言われた朝なのに窓は開け放たれていた。多分、昨夜からずっとそのままだった模様。
さあ、あなたならどうする?

町内会長さんに状況を説明して、A子さんにはお嫁に行ったお姉さんがいたはずなので連絡をしてもらうことにした。ところがそのお姉さんはとうの昔に亡くなっているという。つまりA子さんには連絡を入れる相手がいないとの由。結局、民生委員に連絡を入れて委員さんの判断で警察に来てもらった。
ところが警察は二階の開いた窓から侵入を果たしたものの、家の中には誰もおらず「死体とかが出れば別ですが、出かけてるだけかもしれないのでこれ以上のことは警察にはできません」と言って帰って行った。「あ、窓は閉めておきましたから」ですと!
えー、それだけーー?!

実際、近所の人間にできることはここまでです。駐車場にはA子さんのものではない他県ナンバーの車がずっと停められており、町内会長さんによるとそれは親戚と名乗る男性が時々出入りしていたのでその人の車だろうとのこと。私は老夫婦とのお付き合いの中で親戚はほとんどがすでに鬼籍に入っていると聞いていたので、強いて言えば亡くなったお姉さんの旦那さん、つまり義兄さんだろうかと思っていた。
つい先日のこと。日が落ちてから裏庭の片付けをしていた時に、隣家の玄関が開いており中で明かりもつけずに何かしている人物を発見して私は思わず「A子さん!?」と声をかけた。中からは老人が現れてそそくさと戸締りをして立ち去ろうとする。追いすがり「すみませーん、A子さんってどうかなさったんですか?」と声をかけると「にゅーいん、入院してるんだよぅ」とのこと。
老人は先代の知人で庭仕事が得意なことから昔から庭木の手入れを任されていた人だった(しかし庭師さんという訳ではない)。A子さんが家を相続した際に引き続き庭の手入れを引き受けていたことは私も知っていた。面識もあるがこの人は決して隣家の親戚などではないことを私は知っている。とは言え長らく家に出入りしていたご縁で「もうほとんど親戚みたいなもの」ではあるのでしょう。独り身のA子さんが体調を崩した時に他に頼る人もなく、彼に留守宅のことを一任したとしても不思議ではない。
でもね、留守を預かったのならそれなりのやり方つーものがあるでしょうが。人が訪ねて来たら「これこれこーゆー事情です」と説明するとか、警察沙汰にまでなってるのだから町内会には連絡入れておくとか。高齢の男性なのでそういうことに気が回らないというのはあるだろうけど、「入院ってこの近隣の病院ですか?」と聞いても「いやぁ、違う」としか答えないのでA子さんがどこにいるのかもわからず終い。
友人が心配して訪ねて来た話とポストにメモを入れた話をしても「あー、そうなの」としか言わない。「連絡を入れてあげるように伝えてください」というと
「無理無理、話せないから」
「え、そんなにお加減が悪いのですか?」
「いや、頭ははっきりしてんだけど体が動かないんでね」と、こんな感じ。

そもそも入院なら新聞を止めるのは合点が行くが、電話まで解約するのは腑に落ちない。この日もそうだったのだがこの老人はなぜかA子さんの車を乗り回している。考えてみれば「もうずっと入院してる」と言っているけどその間、友人が訪ねる日まではおそらくこの老人がA子さんの家でずっと暮らしていたのだ。だからこそA子さんの不在に近隣住民は全く気がつかなかった訳だが、はてさてこれってどういうことなんだろうか。
言い方は悪いがA子さんは相続人のいない財産を持った独り身女性なのである。何事もなければ良いのだが…といらぬ妄想が暴走する。
何よりも、ずっと隣に住んでると思ってた人が実は別人だったという事実に震えた。
あなたの隣に住む人は、それは本当に隣の家の人ですか?
私たちはそれを知る術を意外と持っていないのです。
以上、最近起きた不思議なお話でした。

2018年12月4日火曜日

賀状の切れ目

師走に入ったので出遅れの感はあるものの、年賀状を準備するシーズンの到来ですね。
男の人は知らないが、女性陣には年賀状だけの付き合いという人がたくさん居る。学校、職場、ご近所さんなり、かつて同じ環境にいて仲良くしていた人と遠く離れてしまい、さりとて努力して会うほどの熱情は互いに持ち合わせてはいない関係の友人。それが年賀状友達。
今の若い人のことは知らないが、女は往々にして結婚によって取り巻く環境がガラリと変わることも多く、断ち切り難いがさりとて親交を深めることも困難な状況の関係というのは多い。強いて言えば年賀状のやり取りを止めないことで、親交を細々と繋いでいくということかもしれない。
さて、今回はそんな細い繋がりをあえてブッタ斬ってみた時のお話。

小さい頃から友達は大事と刷り込まれてきたけれど30代のある時、ふと「付き合うべきじゃない友達もいる」と突如悟りを開いた。これは本当にある日突然、雷鳴のようにこれは付き合いを切るべき人なんだとひらいめいて断捨離よろしく3人ばかり付き合いを断ち切ったことがある。つーても、その頃にはすでに全員年賀状だけの付き合いになっていたので賀状を送らなくなったというだけのこと。
3人の共通点を挙げるならそれはギブアンドテイクではない関係だった。先方の都合の良い時にだけこちらが利用される関係。若い時にはそれも一つのバリエーションとして楽しめたので自分が利用されるだけとわかっていても気にせず付き合いを続けられた。
友情って損得勘定ではなく、何かしらの興味や魅力を相手に感じることができるから続けられるものだと思っていたから。
そういう意味では30代のある時、自分がもはや彼女らに何の魅力も興味も持ち合わせてないことに気が付いたのだと思う。それでも惰性や思い出だけで繋がっている友情があったっていいと思っている。実際にそういう関係の人もいる。だけど彼女らの関係を断ち切ったのは要は今後は1ミリだって時間と情を割く気持ちが失せたということなんだと思う。
若い頃なら笑って許せた狼藉がお前、30代になってもそのまんまなのかよという侮蔑となってしまった。そのことに気が付いたらもう友達の顔をして賀状のやり取りをすることができなくなったのだ。

ここから悪口な。
一人は長年、既婚者との同居生活を続けていて自ら音信不通になっていた人物。別の男性との結婚が決まった時に「結婚式に来て欲しい」と連絡をよこして来て交友が再開したのだが、その後生まれた子供の写真を散りばめた年賀状を見た時に説明のつかない怒りが湧き起った。(ちなみに私は他所の子の写真年賀状は肯定派。嫌いじゃない)
彼女の不倫は最初は職場同僚(既婚者)への一方的な片思いで始まったのだが、先方の奥さんが里帰り出産の不在時に家に押しかけて一度だけ抱いて欲しい?!と懇願して不倫関係に突入(本人談)。以来10年も先方の家庭を引っ掻き回してきたのに、相手の奥さんが愛想をつかして離婚話が出たところで「なんか、面倒くさくなっちゃった」と関係を解消した経緯がある。他所の家庭を壊しておいて何事もなかったように自分の家庭の幸せ満喫かよ、と今更せんなきことだし他人事なのにそれでも嫌悪感が止まらなくなった。(じゃあ地味な反省文を寄越せば良かったのか?とか考えだしたら謎は尽きないのだが)
毎年、こんな調子で彼女の年賀状を見るたびにモヤモヤするくらいならもう止めよう、とこれが断捨離のキッカケだった。翌年、賀状を送らなかったら元々自ら音信不通にするくらい薄情な奴なのですぐに彼女からも連絡は来なくなった。
後の二人は上記の彼女のとばっちりみたいなもので、あれを切るならついでにこの二人も的な流れでさよならした。
突き詰めて考えると3人とも決定項は「不倫」。なんかね、若い頃は絶対にそれを肯定はしないものの、だからといって積極的に否定することもしなかった。止めたところで止まらないのがあの手の人たちの常だったしね。
だけど今は思う。不倫の事実を知った時に彼女達を拒絶するべきだったんだ。あんたらのしてることは友達なくすようなことなんだよ、と。
私が友達やめたところで痛くも痒くもないことだろうけど、不倫に苦しめられた名も知らぬ奥さんに「元友人がすまぬ」と、元友人を止める器量のなかったあの頃の自分の贖罪を込めて関係を断ち切ることにした。
さてそのうちの一人はかれこれ15年近く賀状を送り続けてくれている。彼女は不倫経験もさることながら私に少額ではあるが借金をして踏み倒していることもあってお付き合いをやめている。借金のことは多分もう完全に忘れてるだろうけど、私としては「お金と一緒に私のことももう忘れていいよ」と思っているのだが、これだけ長く不義理を続けている私を彼女は切るつもりがないらしい。

水と油みたいに全くタイプの違う彼女とは衝突も多かったけど、それだけ印象に残る関係だったと今も思う。私との関係を断ち切りたくないと彼女が思い続けてくれているのなら、そろそろ私も「貸した金、返せよ」と返答するべきなのかな、と徒然思う師走の空。
こうして考えると年賀状をやめないというのも、それなりに効力のあるお付き合いの一つなのかもしれない。むぐぐ

2018年11月21日水曜日

黙認する人々

副題「正義感という悪癖」

私は子供の時から正義感が強すぎて「よろしくない」と言われてきた。正義を嵩(かさ)にきてやり過ぎてしまうところが確かにある。要するに融通が利かない。
正義なんて十人十色、自分の判断だけを基準に物事を断じる危険性は私も承知している。だから大人になるにつれ、相手の立場を想定して「こういう事情だったかもしれないじゃん」という形で融通をつけるようになった。
大抵のことはこれで波風立てずに過ごせるようになったけど、いまだにどーーーーおしてもインチキな嘘を看過できない。

前回、二度目の登場をした外科医詐称男の三度目の登板です。ついに私の臨界点を突破した。彼はおそらく発達障害に近い何かであろう、とこれは職場で何度注意されてもデタラメをやらかす彼を許容するための私なりの落とし所だった。←実際にちょっと尋常じゃない不手際が彼には多すぎた。
端的にいうとどれだけ説明しても正しい処理を行うことができずに道具や資材を大量にお釈迦にしてしまう。ミスをするのは人間であれば誰しも仕方ないことだが、彼の場合は常識の範囲を越えるものが多く金銭的に見ても相当な損失を被っているので企業であればこれを理由に退職を促すことができるレベル。だけど結局、直接的には誰の懐も痛まないので黙認され続けている。
実に不愉快なのは彼が黙認されるのを良いことに自分のミスを絶対に認めず、それゆえいつまでたっても改善がなされないこと。
このこと自体は君には関係ないことだから目くじら立てる必要ないじゃないかと言われればそれまでだが実に歯がゆい。いや、共有機材を壊されたりすると実際には私にも実害が及ぶのですけどね。

私の見立て通り彼が本当に発達障害であるのなら、なるほど一般的な会社社会で生きていくのは困難だ。アカデミックな場所でちょっと風変わりな人として生きていく方がまだ方策はありそうだ。彼にもできるようなことが見つけられるといいね、とこれは本心でそう思ってた。(と、勝手に彼を発達障害認定しているのもどうかと思うが ^^;)
でもそれは飽くまでもそういう能力をここで見つけられればの話。まずもって日頃の彼の仕事ぶりを見ていれば適性が全く無いのは誰の目にも明らか。能力もないのにアカデミックなポストを得られるなら誰もこの業界でこんなに苦労はしない。
それなのに彼にも学位が与えられるらしいという話を聞いて、これは流石に私の臨界点を超えた。彼がやってることを実験室で実際に見ているので、あれで論文が作成できるとは到底思えない。言っちゃあなんだが、これ以上ここに居座られても困るからさっさと学位を授与して出て行ってもらおうという意図を感じる。そんなことってあるだろうか?

ダメなものはダメと毅然として欲しい。
彼は医師でもないのに「僕は外科医です」と自己紹介しちゃう人なんですよ?今までは「そりぁ無いわ〜HAHAHA」と真っ赤な嘘と黙認されて済んだけど、見合う能力もないのに卒業の経歴を与えてしまうと今後は彼は大手を振って「天下の〇〇大学の院卒でございまーす」とあのポンコツぶりを発揮しながら喧伝して回るんですよ。
能力の無い人にお墨付きである学位を与えてしまうとそれはつまり「あー、〇〇大学ってたいしたことないんだな」と世間に広めることになるんですけど?
ええ、私には何一つ関係のないことではありますが、これは日本の科学技術の信用を大いに失墜させることに関係してくる。そういう考えが上層部の先生方の頭にないことに私は憤懣やるかたない気持ちだ。ええ、あっしには何一つ関わりのねーことでござんすがね

人々の黙認が日本の未来を、ひいては世界を少しずつ悪くして行くのだ。
と、このように正義感が肥大すると大仰になってそれはもはや悪癖。憤りからネットに書き殴ったりなんかするのも「よろしくない」と、それはわかっちゃいるけれどやり場のない怒りで脳みそがまた沸騰しちゃいそうです。

2018年11月14日水曜日

アンシェアな人々

前回「誰にでもすぐに引き継げる形で働かねばならぬ」と書いて思い出したのですが、この業界(テクニシャン)では「この作業に従事できるのは自分だけ」というポジションを死守しようとする人がいる。過去にそういうタイプの人に何度か遭遇した。
極力間違いが起きないように一人で管理したいという側面も否定はできないが、多くは雇用契約の更新を切られないよう自衛のために他の人に仕事を回さないケースが多かった。この業界の雇用形態はその年の予算の有無に直結するのでどうしても短期雇用契約が主になっている。誰しも金の切れ目が縁の切れ目の中で綱渡り状態で働いているので「あの人じゃないとこの仕事は誰にもわからない」というトラップを作る人がいてもそれを責めることはできない。
以前、ほぼ全員がそういう考えの人で構成された職場を経験しているが非効率的なことこの上なかった。そこでは一人でできるような作業でもあえて細分化して大人数で取り組んでおり、互いの領域は不可侵とする不文律が出来上がっていた。よって誰かが休めばたちどころに作業はストップする。
ある意味ワークシェアリングと言えるのかもしれないが、いや違うだろ。自分の領域部分については絶対に誰にもやり方を教えないので不測の事態が起きた際には誰も対処ができない。
本来は誰でもできる形にした上で皆でフォローしあってやるのが正しいワークシェアリングではないのか?

誰でもできる形にシステムを構築して惜しみなく自分のスキルも伝授した。私は新人さんと力を合わせて働くつもりだったのに、彼女は能力的に色々問題を生じる人だったので結果的に仕事をシェアすることはできなかった。彼女から見たら私は「仕事を譲ろうとしないアンシェアな人」だったのではなかろうかと思うとそれが今でも若干気になるき。
「能力の低い人ほど自己評価が高い」というトピックについて前回書いておきながら、はて自分はどうなのだろうか?と不安になってきた次第。
ことほどかように、人の悪口は自分に却ってくる。

この分野では誰にも負けないと自負するものも持ってはいるが、ありがたいことに周囲の人もまた私が太刀打ちできないようなスキルを各人が持っているので「自分は優秀」と自惚れる余地がない。自分の得意の分野について皆で知恵を出し合って協力して仕事を進められる今の職場は本当に環境が良く恵まれていると思う。

でもね、たぶん、きっと…
来るよ!新たな悪口。「優秀な人達に混ざっている僕も優秀なのだ」という勘違いで自己評価を過大に膨らませた職場のとある人物が最近、自身のブログのプロフィールに嘘八百を並べているのが職場内で発覚した。学歴や職業を平気で詐称しているので、果たしてこれを野放しにして置いて良いのかどうか実に悩ましい。他の人は呆れつつも放置の姿勢なんだけど、私はどうしてもこうした行為が生理的に受け付けない。
自己評価が高いだけあってこの人も相当に能力が低い。正直、職場内をウロつくだけで妨害行為になるレベル。そういう意味では他者に何もシェアするものがないので、こういう人もアンシェアな人と言えよう。
はい、以前も登場した黙秘な人々の彼のことです。もー、嘘は暴きたくて仕方ない。極力彼にはもう触らないようにしてる他の人達と比べて、いかに自分が小者であるかを痛感するよ(涙目)。

2018年10月30日火曜日

重複する不幸

不幸とは重なるものなのか、いや、悪い巡り合わせが重なった時に人はそれを不幸と呼ぶのであろう。本当に間の悪さというものは重なると多大な悲劇を引き起こす。

4ヶ月だけ一緒に働いた人の残務整理でこのところ大忙しだったことは細々とこぼしてきた訳ですが、今日こそ書いてやるぜコンチクショーめ。
と、書いては消し書いては消しであっという間に一月が経ってしまった。どう頑張って取り繕っても悪口になってしまうんですよ
それだけ仕事の上で酷いことをされたのでえーい書いてしまえ!と思う一方で、居なくなった人の悪口はちょいとみっともねーなと思う気持ちもある。
もとより、人に読ませる文章を書くときは私的な事は書かずなるべく一般化して書くようにと私の師匠(なぞ)もよく言っていた。ふむ

以前、聞いたことがある。能力の無い人ほど自己評価が高くなりがちなんだそうな。
その手の人は「これで完成!」のゴール地点を元々低いラインに設定しがちなので、周囲からは頑張りを認めてもらえず不平や不満を溜めやすいそうだ。自分はこんなにやってるのに!という気持ちから過大に自分の能力をアピールしがちで、結果言ってることと実力の落差から余計に周囲から認めてもらえなくなる。
裏をかえせば、自分が認めてもらえていないと感じるときは冷静に周囲を見回してフラットに自分の立ち位置を確認する必要がある。私も以前の転職時にそれを痛感していたので、冷静な視点無しに職場を変えても同じことの繰り返しになるよ、と声を大にして彼女に言いたい!
なにせ世間は狭いし、私もこの業界は長く勤めているので知り合いもいたるところにいる。彼女の新たな職場にも御多分に洩れず私の知人がいるわけだ。「ねえ、この人ってもしかして例の人じゃない?」と持ちかけられた話題の人物は…例の人でした。
私が想像した通り、新しい職場で前の職場の不平を漏らしながら(つまりは私の悪口だ^^)相変わらずトンチンカンな仕事ぶりを発揮している様子だった。
彼女は多分、永遠に新人さん。今の職場も年内には終焉を迎えそうな勢いでやらかしているらしい。

さて冒頭の「悪い巡り合わせ」というのはこのことではない。新人さんの杜撰な仕事の上にもう一人、間違った手法の仕事を重ね合わせてくれちゃった人物がいて、そのためにずっと私は修正作業にあけくれていたのです。ミスが一つだけなら傷は浅かったろうに、一つの間違いから広がる可能性の枝が二つ絡まることで実に難解なパズルとなって立ちふさがった。新人さんが関わらなければとか、段取りを理解してない学生さんが関わらなければとか、悔やんでもそれはせんなきこと。そんなことを言い出したら結局、全部一人でやるのが一番安全で間違いないということになってしまう。それは事実なんだけど(^^;)
でもそれは行き着くところ、自分の代わりがいない仕事になる。「自分にしか出来ない仕事」があることを誇らしく思う人もいるかもしれないが、私は仕事としてそれは間違っていると思う。何より、それじゃ私が休めなくなるじゃないか!
昨年、脳梗塞を起こした時に思ったのは誰にでもすぐに引き継げる形で働かねばならぬということ。人が関わることで最初の段階でどんなに面倒くさいことになったとしても、作業は割り振って行う。それを意識するのが責任を持って仕事をするということではないかと思った次第。

良き巡り合わせで、仕事を共有できる人が見つかりますように。なむなむ

2018年10月7日日曜日

女の処世術

隣街の雑木林に忽然と出現した ”隠れ家的古民家カフェ” に、ポケGOの途中で立ち寄ってみました。本日はその感想とそこに付随した亜空間思考の紹介。

随分前からそこにカフェができたことは風の噂で知っていた。古民家をカフェに改装して、食事には有機栽培の野菜を取り入れ、体と心に優しいロハスな雰囲気に満ち溢れた小物の販売もするし、定期的に良い雰囲気の映画の上映会なんかもしちゃったりなんかする色々な試みに意欲的に取り組んでるカフェという触れ込み。
ロハスに興味は無いけれど、近くまで来たことだしと全くの冷やかし客として入ったわけですが店内に入って「こんにちは」と声をかけるが反応は無い。店員は皆、厨房作業に集中して頑なにこちらと目を合わせない。
全員、人見知りかな?と思いつつとりあえず販売スペースの棚を拝見。その一隅にカフェスペースのウェイティングシートが置かれていることに気づいて名前を記入。これが無ければ、誰からも相手にされない雰囲気にいたたまれなくなって帰るしかなかった。店内からは隠れ家カフェには似つかわしく無いほどのお客さんの喧騒が聞こえてくる。
待つことしばし。ようやくカフェスペースに案内されて「繁盛してますね」と声をかけるとそれまでとは打って変わって気持ちの良い対応で「今日はたまたま団体のお客様がいらしてるんです」との由。客席に着いてからの店員さんの対応は実に物腰も柔らかく好印象で、入店時の排他的な雰囲気が嘘のよう。気を取り直してメニューの説明を聞く。
ここは土鍋ご飯が名物らしく、しかも今月の土鍋ご飯は「鯛めし」だという。鼻腔に鯛めしの芳しい香りを妄想しながらもあまり時間がなかった私は「でも鯛めしは時間がかかりますよね?」と躊躇っていると「そうでも無いです」という意外な返答。「じゃあ、鯛めしで!」
お値段はそこそこ張るけど、なかなか食ベる機会のない鯛めしに思いがけない状況で邂逅した喜びにホクホクしているところへ出て来たものは!
小さな土鍋にご飯をよそってその上に鯛?の刺身をちょろりと載せたものでした。
違うよね?これ、違ってますよね?
いえね、鯛茶漬けみたいにご飯に鯛を載せたもので鯛めしというのがあるのはわかる。百歩譲って塩焼きにした鯛のほぐし身を土鍋ご飯の上に散らして出すこともあるだろう。でもね、土鍋ご飯で鯛めしつーたら、普通は土鍋で鯛と一緒に炊いたご飯を想像するよね。お値段もそれなりだったわけですし
少々絶句しながらも出されたものはありがたく頂戴する。背後では入店時から騒音の発生源になってた奥様連中がいまだ声高にお店の雰囲気を絶賛中。
「お庭が素敵!」「古民家カフェっていいわよね〜」
違う…これは違うよ。一般的に古民家を改装したお店というのはそこそこ歴史と風格がある建物をその雰囲気を損なうことなくお店に仕立てたものを指すと思っていたんだけれど、ここは…高度経済成長期に量産された極一般的な庶民のお宅です。正直、奥様連中の喧騒が無ければここがお店だとはわからないくらいに古く傷んだパンピーの一軒家だったのでここがその「古民家」だとは思わなかった。古い民家という意味では間違いではないだろうけど、しかしいわゆる古民家を売りにした商売をするには、土鍋に別炊きのご飯をよそった土鍋ご飯くらいには何か違ってますよというツッコミを入れたくなる。経営側がわかってないままイメージだけでやっているのか、あるいはわかってない人を対象にイメージ先行の集客商売をしているのか判別がつかない。(唯一、擁護するとすれば外観はともかく内装はとても工夫しておしゃれ空間にリフォームしてありました)
お庭もね…学生時代に造園部に在籍していたので言えるのですがプロの仕事ではないのです。素人が趣味でやってる程度には楽しそうで微笑ましいのですが、店内にはお庭の施工も承りますという張り紙があって、いやいやいや、この庭は正直危ないって感想が否めない。隠れ家カフェというよりは隠れ里に近い鬱蒼とした雑木林に走る細い獣道。ここが正規の入店ルートらしいのですが、雨のこの日は実に危険な足元の作りだった。プロの仕事なら危険な設計はご法度でござるよ。
イベントの映画上映も林に張ったスクーリンで野外上映らしいのですが、映画館と同じ料金をとるのには恐れ入った。映画館は設備費を含めてのお値段ですよ?
あの鯛載せご飯に一般的な鯛めし金額を提示したのは、根底に流れるこのイメージ先行金額設定があるからなんだと合点が行った。それでも他に選択肢のない地元の人がありがたく思って通うのであれば、それはそれで存在意義はあるのでしょう。

昔、ママ仲間(ママ友と呼ぶほどの付き合いがない)がアクセサリーの販売を始めた昔の友人からダイヤのネックレスを安く買ったと大喜びで見せて回っていた品がどう見てもジルコニアだった時の複雑な心境をふと思い出して帰路についた。その時は聞いたお値段もジルコニア相当だったのでまあ問題はなかろうし、本人が喜んでいるものを「それダイヤじゃないよ」とは誰も言わなかったけど、ダイヤだと信じた人の何人かは彼女のツテでそのジルコニアを購入していたし、彼女らがやがて明らかにプラスチックみたいなアクセサリーを一斉に身につけ始めた時は他人事ながらハラハラしたものよな。
ジルコニアと天然ダイヤの見分けは素人目には無理と言う人もいるけど、どうなんですかね。光り方は全く違いますよね?質の高いジルコニアは知りませんが少なくとも当時は私を含めて幾人かの奥様はコレは違う…と思いながら目をつぶっていた模様。「本物はこんなだけど」と良かれと思ってやっちまった奥様が酷い目にあわされたことを後日談で本人から聞いた。
ことほどかように時として本当のことを言うと大変な事態を招くのが女の世界の厄介なところ。余程のことがない限り、大多数が信じた誤りを正すような真似はしないのが女の処世術。真実を明かすにも並外れたスキルが女の世界では必要なのでございます。

そして大概のことは目をつぶる私でも食べ物の恨みだけは決して忘れない(^ ^;)
ああ、本当の鯛めしが食べたい。

2018年9月4日火曜日

お掃除備忘録

我が家は某ハウスメーカーで家を建てたのですが定期的に点検が入ります。先日15年点検がありました。
10年点検の時に「ああ、どうしてキチンと掃除して暮らさなかったんだろうか」とホゾを噛んだ事が昨日の事のように思い出されます。今回も「ぐは〜〜、どうしてキチンと以下略」と苦虫を噛み潰したような顔で点検の人を家に迎えました。
点検を終えて担当者から「次は5年後の20年点検があります」と言われた時に今度こそは!と決意を新たにした次第。

掃除、苦手なんですよ。根がズボラなので気にしなければどうということは無いと思ってる。ありがたいことに家族もみんなそういう風なので誰も困らない。定期点検は苦痛だけど、これが無いと家の中が際限なくとんでもないことになるのでメーカーさんが点検に来てくれることに本当は感謝しなくちゃいけない。でも毎度、恨めしい。

掃除って奴はキリが無いから基本的に放置プレイ。漠然と「やらなきゃな〜」と思ってるだけで、まあ絶対にやらないね。そうこうしてるうちに手がつけられなくなって余計にどこから手をつけたらいいかわからなくなる悪循環。それは自分でわかってる。習慣づけるのが一番だと頭では理解していても、どんな形でスタートしたらいいのやら…。

とりあえず、点検前にここだけでもなんとかしておこうと思う部分をピックアップした。
換気システムのフィルター
風呂場、トイレ等の水回り
玄関周りの雑草
さしあたって埃が溜まってる部分のすす払い

換気システムのフィルターは毎月掃除するように入居当時は言われてた。最初の半年は真面目にやってたけどそれがやがて年一度になり、ここ数年は蓋を開けてもいなかった。今回開けてみたらフィルターは朽ち果てていましたよ(^^;)。換気装置自体が寿命は7~8年ということだったので慌てて今回、発注して自分で取り付けました。綺麗になったのでこれを機にちゃんと毎月フィルター掃除をしよう!
そもそも換気装置の寿命が7~8年と銘打ってるくせに10年点検の時には何も言われなかったしチェックもして行かなかったよ?この辺りは担当した人の当たり外れがあるみたいで、今回点検に来た人はメンテについてキチンと説明してくれた。外に設置した給湯器については3〜4ヶ月に一度電源を落として水抜きも最低でも年に一度はするようにと指示された。
こーゆーことって入居時に一通り説明を受けてるはずなんだけど、何と言ってもいっぺんに色々なものについて言われるから把握ができない。そしてメンテの期間が長いものに関してはどんどん忘れ去られてゆく。
さて、ここで今回の本題です。
お掃除備忘録ノート〜〜〜!
テッテレ〜ン。とドラえもん風味にノートを買って来ました。
中身はこんな感じ
これ、以前もブログで書いたけど苦手なものほど専用の備忘録ノートを作ちゃいましょう。自分で書いておきながらすっかりその習慣を忘れていたので(←だめじゃん!)文房具屋で物色して良さげなノートを見つけて来ました。
いろんな色味があります。740えん
掃除に限らず、何かに手をこまねいて困っているのならまず思いつくタスクを箇条書きにしてみましょう。そしてどれでもいいから、その中から今日はこれならできると思うことを一個だけ片付けてみましょう。とりあえず着手するのが肝要!一日一個、あるいは週に一個。どんな簡単なことでもいいから着手して、そしてそれをすかさずノートに書き込む。思いついた時に突発的に作業して記入するのも良し。さらにここからが新機軸(当社比)。同じ内容について次回はいつやる!とあらかじめ決めてしまおう。そうすればもう悩まずに次のアクションを取れる(はず)。トイレ掃除なら週一でいいかな〜とか、換気扇掃除なら月一でトライするかな〜とか、ここで予定の日程を書き込んでタスクにすれば習慣化できる(かもね)。間が長く空いてしまうようなものでも書き込んでおけば忘れない(ノートの存在を忘れるとアウトですけどね、ほほほ)。
廃品回収の日とか、家族の予定とかも書き込めばいつならどれくらいの時間がとれるかとかもわかりやすい。とりあえず書いてみる。そこから始めてみようかなっと。
とりあえず動いてみましょうホトトギス。
このノート、いろんなタスクを同時進行で抱える人向きだから仕事用にも買っちゃった。

2018年8月11日土曜日

伝わらない人々

人生はめぐり合わせでできている。そこに良い悪いはなくて、ただその時々のタイミングで一つの物事が紡がれるだけ。さあ、お待ちかね?今回は仕事の愚痴(と言うか悪口)タイムです。 昨年9月に「人々シリーズ」で愚痴を上げていた ので今回もタイトルは人々で…。て、ついでに読み返してみたら自分ってばいつも他人に不平を言ってるみたいでちょっと恥ずかしい。でも言っちゃう(^^;)

プロジェクトが軌道にのったので私の病気入院とは関係なしに職場では私の仕事のサポートをする人を雇おうということになり、4月から新人さんが来ていました。Twitterで細々とupしていたので「あー、あの話ね」と思われる方もございましょうが、今週彼女が辞める運びになったので総括でごわす。
端的に言うと彼女は「話が正確に伝わらない人」でした。その点では既出のMr.ポンコツと同じ。ポンコツ氏と違うのは何も言ってこないので話の内容を理解できてないことがこちらになかなか伝わらなかった。普段の彼女は仕事で具体的な指示を出すと、その直後にはてんで違うことをやり始めてしまうお茶目な人でした。
一番のヒットはデータ入力のやり方を説明して「じゃあお願いします。割と急ぐのでこの入力が終わったらすぐに知らせてくださいね」と言った直後に居眠りを始めたこと。どこから着手しようか思案してるのかと思ったけど、どう見ても目を閉じて寝てるので思わず二度見した。「疲れちゃった?具合が悪くなったの?大丈夫?」と慌てて声をかけると「え!あっ、やる事ないから眠くなっちゃって…」ですと。いや、あーた、今さっき急ぎの仕事を振ったばかりなんですが?「やる事ない=指示される前に入力を終えていたのかも」と思い直して「もしかして既に終わってた?データファイルもらえる?」と声をかけると「?!データって?えっと何をどうするんでしたっけ?」とフリダシに戻る。

とまあ、こんな感じに仕事してました。これはまだ害がない例だけど、彼女にはどれだけ説明してもそれがキチンと伝わらない。最初は緊張もするし慣れない場所で働くとおっちょこちょいにもなるだろうと思って長い目で見ていた。飲み込みが悪いのは彼女の個性と思い(ポンコツ氏の体験でそーゆーの慣れてもいた)、そこは何度でも繰り返し説明すればそのうちできるようになるだろうと思ってた。結果的にそれが「何度も同じ事言ってくる須磨人、ウゼー」になってしまった模様。
上記の例のように「もしかしてもう終わってた?」みたいな先回りした解釈も、私としては良いように受け止めようとした結果だったけど、本人にとっては仕事ができてない事を責められてると感じたようで、一時が万事この調子で要はお互いに何も伝わらない間柄だった

飲食店になぞらえて言うと彼女にオーダーした料理はいつまでたっても出てこない。声をかけると「ああソレ、できてますよ」と言って盛り付けもしてない料理が鍋ごと出てくる。しかもオーダーと違う。ほんでまたよく見りゃこれが生焼けで食べられない料理。色々とムリ。みたいなツッコミどころ満載なお仕事をする人だった。
オーダーと違う動きを始めたところで側にいる人間としてはどうしても「それ、ちゃうちゃう」と言わないわけには行かないじゃないか。良かれと思って軌道修正させてたが、それが原因で嫌われて、その上彼女は失敗を隠すのでその矛盾を迅速に見つけて修正する作業も加わり流石に私も疲弊した。うちらの業界では失敗を隠す、つまり捏造データを作られるのは一番の致命傷になるので本当にこれには参った。(思い返せば去年もこれ系の問題修正に苦しめられてブログで愚痴ってたんだった)
私のサポートのために新人を雇ってもらったのに、私が新人のサポートでてんてこ舞になっているのを見て&新人は正確に話が伝わらない人だとボスも認識してくれたので先月から彼女に仕事を振るのはボスが肩代わりしてくれるようになった。当然、ボスもオーダーと違う動きをする新人に「それ、ちゃうちゃう」と言うわけですよ。すると新人は「須磨人と同じことを言う。ボスは須磨人の言うことを鵜呑みにしてるんだ」と孤立感を募らせたようで「辞めます」と言う運びになった。

正直、ホッとした。今まで積み上げて来たもの(データの蓄積)がおかしくなって壊れていくのも苦痛だったが、意思疎通がうまく行かずに作業がグダグダになっていく段階で「自分のどこがいけなかったろうか」と不必要に自分を責めてしまい心と体の両方を壊しそうだった。彼女に対する苛立ちも沸き起こるし、その事自体にも自己嫌悪が湧くジレンマ。
彼女が辞める話をボスから聞かされたとき、うまく仕事のコンビネーションを組めなかったことを詫びるとボスは私を慰めてくれた。「最終的には彼女には辞めてもらうつもりだった。見ていて気分が悪くなるくらい、あなたに対してひどい態度をとる人だったから。長らく嫌な思いをさせてすまなかった」と。
え?彼女、私に対して悪い態度だったんですか?
そういえば過去に2回くらいは「反抗期の娘が親の説教聞くみたいな態度で説明を聞くんだな」とびびった事はあったけど、毎度というわけではなかったから「家庭で嫌な事でもあったのかな」と思い受け流していた。周囲の人は彼女の不貞腐れた態度を見ながらずっとヤキモキしていたらしい。多分、彼女はそうやって「ウゼーんだよ。いい加減気づけよ」という主張をしてたんですね。肝心の私にだけは伝わらなかったようで…ああ私達、いろんな意味で伝わらない人同士だったんだね。
巡り合わせというものは如何ともし難い。彼女と鉢合わせたのは私にとってとんだ災難だったが、同様に彼女にとっても私は災難な巡り合わせだったのだなと複雑な気分で職場を去る彼女を見送った。お互い様だと思えば、うまく行かなかったことを彼女だけのせいにはできない。

それはさておき新人のズレまくる仕事のアレコレを知人に話すと大概は「今の若い子は仕方ないね〜」と言われる。でも実は新人さんは私と変わらない年頃の40代子持ち主婦でした。飲食店になぞらえると「長年、厨房で働いて来たのでなんでもできます」と熟練を売りにして採用されたのに、前の職場では何をしていたのかを聞くと「それが洗い物しかさせてもらえなかったんですよ!酷いと思いません?プンスカ」と前職の悪口を言っていた。今となってはそこで何があったのかは推して知るべし。
次の職場でよしんば私の悪口を言われたとしても、彼女がもし今のままであるならばきっと同情されるのは私の方だと確信を持てる。←ここは彼女に対する私のささやかな悪口な

来週からは気持ちを新たに働きまふ。やれやれ

2017年12月18日月曜日

おしごとの本気度

本気と書いてマジと読む。前回に引き続いて仕事関連のお話です。愚痴と悪口になる予感満載の今回の話題、御用とお急ぎでない方は寄ってラッサイ見てラッサイ。

どんなお仕事でも真面目に努めようとすれば大変なもの。だからこそ大変な仕事であればあるほど、こころざしや覚悟がなければおいそれと続けられるものではない。
さて、日本で働くお医者さんの中で一体どれだけの人が覚悟や志しを持って医者になり得たのでしょうか?
てなことを考え込んでしまうほど、医療関係の職場で仕事をするようになってから出会う医師たちのハズレくじ加減の凄まじきことよ…。

ハズレ組の多くはお勉強ができたがために「じゃあ医学部受けようかな」くらいのスタンスで医学の道に来た人が多い。デキる子だったために周囲の期待も大きく、それに応える形で進路を決めちゃうような良い子たちでもあるのでしょうが、何をするのでも自分の意志というのがまるで見えない。医師だけに?(^^;)
そこを踏まえてヤル気とか本気度、仕事にかける情熱みたいなものが感じられない人が多いので一緒に仕事をしていてうんざりすることも多い。

私は病棟で働いているわけではないので臨床医としての彼らのことは実はあまりよくわからない。研究においてはダメ人間で私がボロクソに思っている医師でも、患者さんにとって良い医師ならそれならそれで本業を全うしているので良い医師だと思う。
しかし良くない評判ほど耳に入りやすいと言う側面はあるものの、誠実ではない仕事ぶりというのは何かの拍子に表出するもの。本当にやりたい仕事として医師を選んだわけじゃないから医師の仕事するの面倒くせ〜…みたいな働き方は見ていて気持ちの良いものではない。
そしてまた不運なことに、研究棟に出入りする医師の多くは臨床から逃げたいから研究へ…という輩が紛れ込むのも事実である。医師にはなったものの医師の仕事には興味がないから逃避の結果で研究へ、という人の本気度なんてたかが知れている。研究のケの字も学ぶ気持ちが、それこそ毛ほどもないのでヤル気のなきこと禿山のごとし。
一番タチが悪いのは「専門医」の肩書き欲しさに学位を取りにくる輩。学生時代は医師になるための勉強しかしてこなかったので他学部であれば学部生のうちに習得するのが当然の実験のイロハが何もないので、おったまげーなことを実験室でしでかす。

研究という仕事はざっくり言えば、とある仮説を立ててそれを実証するための実験を組み立てて「ほ〜ら見てごらん、これは絶対にこうなるでしょ」という筋道で人々を納得させる必要がある。「誰が見てもこれはこうなる」という真実を突き止めるのが研究。
仮説を実証するために都合のいいデータだけを集めるのは真実とは言えない。「これはこうなんだと思います」という推論は論文として成立しない。その常識が何故かセンセ達に伝わらないもどかしさ。「これは癌だと思ったから癌なんだ」なんて診察をしてるんですかね?テクニシャンという仕事は研究のお手伝いが本筋だが、ここでの仕事はセンセ方の暴走を止める役割を担う必要もあって実に骨が折れる。

書いてるうちにシャレにならん話がボロボロ出てきそうなので慌てて削除して今日はここまでにしとうございます。小保方さんは医学部に出向いて学位を取ったということなので、他の業界ではとても通用しない論文を作成してしまったのも宜(むべ)なるかなとしみじみ思う今日この頃。教育って本当に大事。教育がなされてない国家試験予備校みたいな大学をなんとかしないと日本の科学技術は大変なことになる。否、もうなっているのか?

2017年11月29日水曜日

悔いのない人生

脳梗塞シリーズのラストは運命論的なもので。一つでも運命の歯車の噛み合せが悪ければ死んでいた。人生はそんな事の連続かもしれない。
早朝に夫が私の異変に気づかなければ、脳神経外科を扱う近所の病院に救急搬送されなければ、適切な処置のできる医師が不在であったなら、血栓がうまく除去できなかったら、それらの課題をクリアして今日の私がいる。
集中治療室で意識を回復した日、そこには私を含めて4人の患者がいた。ここに来たら二週間は出られないと宣告されたのは前述の通り。ただし意識不明の重体患者が新たに運ばれてくれば意識のある私は無条件で別室に移動になると聞かされ「人の不幸を祈るようなマネはできないわ」と半ば諦めていた。ところがその夜のうちに新たな患者が入ってくるどころか、私以外の全員が出て行ってしまったのだ。次々とご臨終を迎え、翌日まで生き残れたのは私だけだった。
大きな声では言えない話だが、その夜、霊安室にご遺体を運ぶ人達がやって来て「今日は多いね、緊急オペもないのにさ。それに今日って宿直3人の日でしょ、だれ?…あー、それは組み合わせが悪いねぇ」との会話が聞こえてきた。急変を知らせるブザーは夜中に何度も響き渡り、孤軍奮闘の看護師さんがピッチで医師を呼び何度も来室を乞い、指示を仰ぐのも全て私は聞いていた。だが医師が現れたのは一度だけ。不機嫌そうに指示しただけで、その後はどれだけ呼んでも誰一人として医師は集中治療室に現れなかった。私の倒れたのがもしこの日であったなら、と考えた時に初めて自分は本当に死と隣り合わせな局面にいたのだと実感した。

手術前に医師が血管破裂のリスク説明をしているのが聞こえた時も、今から思えば「これで終わりかもしれないんだ」と理解してたはずなのに、別れの言葉を交わそうとか辞世の句を読もうとか (^^;)、そんなこと一切考えなかったのはきっと心のどこかで自分は死なないと思っていたからではないかと思う。生き物は命ある限り生きることだけを考えるとは飼い猫が死にかけた時にペットの安楽死について見聞きした時にたどり着いた境地なのだが、自分がまさにそうだったわけだ。自分が死ぬなんて生きてる間は思いもしないんだ。

「病気になるのは辛いことだが、人生を振り返るチャンス」とツイッターに書いてた人がいる。入院中の私はすることもないのでクリエイティブな休息(なぞ)になるよう、自分の人生について考えてみた。ここで私の人生がおしまいだったのなら、私は何を悔いるだろうか…。
子供が小さければ後ろ髪を引かれたろうけど幸いにももう自分でどうにかやって行けそうな様子ではある。夫も多分、悠々自適に余生を過ごすだろう。両親には先立つ不孝で申し訳なく思うけど、生きてたからって私が老後の世話をしたとも思えないし期待もされてないから問題なかろう。やりかけの仕事は気にはなるけど私がいなくなってもまあなんとかするでしょう。猫は「あいつ、帰って来なくなったな」くらいのことは考えそうだが、いずれ忘れてしまうでしょう。
あれ、なんだろう。やり残したことって庭仕事くらいしか思い浮かばない。人生を振り返ると実にやりたい放題に面白おかしく過ごした愛しい日々。何これ、すごく満足して来た。なんて有難い人生だったんだろう。これからの人生もこうして感謝と喜びのうちに過ごして幕を閉じたいものだ。それにはこれからも面白おかしく生きていこうと決意を新たにした次第。

死ぬのが怖くない、とは言わない。むしろ今回のことがあったので今後再発なんかして死んだ日には「あいつ結局やっぱり脳梗塞で逝ってしまったじゃん」と言われるのが怖くてむしろ嫌だ。脳梗塞で死ぬのだけは勘弁。
かようにして今後の人生の目標ができたのでございます。脳梗塞で死ぬのはNG

2017年11月21日火曜日

誰も知らない

どこかで誰かがブログに書いてるようでいながら、実際はそうでもない。なかなか詳細がわからない入院費用のお話です。
緊急に入院して手術とか受けると幾らくらいかかるんだろう?病気と無縁に暮らしているし、保険のチラシなんか見る限り漠然と2〜30万円くらいかかるのかな?という想像しか働かなかった。もとより脳梗塞で緊急搬送、手術をして二週間の入院なら幾らかかるか想像した事もなかった。結論から言います。せ〜の、どん
総額3,500,980えん(食事やタオルレンタル等含む)
明細見て、これから退院だというのに脳みその血管ブチ切れるかと思ったよ。
健康保険のおかげで3割負担になるので実際に退院時に支払う金額はなんやかんやで1,069,050円。まあ、安くはないです。そのための 高額療養費制度 があるんです。さてここからが、まさかの時に役に立つ備忘録。

あまりに高額な医療費がかかる場合、生活が立ちいかなくなる。この制度を申請すれば一月あたりの自己負担額を所得に応じて抑えてもらえるのです。
私の入院時にも病院側から夫に説明があったようですが、もとより幾らかかるという情報がなかったので夫は「どうせたいした金額にはならないだろう」とたかをくくっていて申請をしていませんでした。いざ退院となった時に上記の金額を提示されて青くなる夫。ちなみに高額医療費制度の申請をあらかじめしておけば適用認定証が発行されて退院時に支払う自己負担額は約20〜30万円に抑えられたはず。だからこそ病院側は説明してくれたというのに…ばかばかばか。
身代金100万円を支払わないと私は病院から出られない囚われの身。貯金ができない性格の夫にそんな大金を用意できるわけもなく「おかーさん、お金貸して」といきなり借金のお願い。まーね、私が使っちまったお金だから私が払うのが筋でしょうけどね。
この申請自体は支払い後も有効なので、ドカンと私の貯金は減りましたが申請してから3ヶ月後には(支払い金額ー限度支払額)の差額が戻ってくるのでご安心を。とは言え、差額の払い戻し金は夫の口座に振り込まれるはずなので、あ〜心配だわ〜(^^;)

この制度の良いところは世帯合算ができる事と申請から一年以内なら何度でも月間限度額以上の支払いは免除される事と、さらに4回目以降は限度額の引き下げもしてもらえるので長い療養生活で毎月限度額を越える出費になる家庭には強い味方になる。脳梗塞は再発の可能性もあるというので再び入院手術となって高額請求が来た場合や、看病していた家族が相次いで倒れた時にも合算して活用できるので是非とも申請しておきたい。
こういう制度って我が身に降りかからないとなかなかわからない話。いざという時のために頭の片隅に置いておいてください。
医療保険に入っている人はそちらの申請も忘れずに。

2017年11月15日水曜日

詰まらない話

引き続き脳梗塞の備忘録。どうして血栓は詰まったか?の巻。
今回、幸いに早期の発見と迅速で適切な処置のために事なきを得た。人によっては実際に倒れる前に手足の痺れや、ちょっとした麻痺症状などを自覚して自分で病院に出向いて検査や治療に当たることもあるという。
はて、自分には自覚症状がありや、無しや?と考えるに「今から思えば、ああ、あれが…」というのは確かにある。それは職場で培養細胞の数を数えるために顕微鏡をのぞいた時のこと。像がダブって見えて全然カウントできなかった事が8月頃(倒れる二ヶ月前)にあった。今思うとその時すでに血栓ができていて脳の視覚部分を圧迫していたのだ。
だけどね、視野がダブって見えるのは顕微鏡を覗いている時だけで普段の生活は普通に送れていたんです。この普段の生活に支障がないというのが曲者なんですね。虫歯だって、痛んで生活に支障が出るから皆歯医者に駆け込むわけで、痛みを感じなければ割と放置されがち。←何を隠そう子供時代の私がそうだった。私は昔から痛覚が鈍い体質らしい。
生活に支障はないが仕事には支障を生じたので一応、眼科に出向いた。けれどもそこで検査した時には普通に見えた。これじゃどうしようもない。頭痛や吐き気はあるか?と聞かれたがそんなものはないので結局、疲れ目で焦点が合わせにくくなる時があるのでしょう、という話になった。
実は4年前に謎のめまいに襲われた時期があり、偶然にも今回お世話になった病院でMRIの検査を受けた事があるんです。その時も脳の血管に異常は認められず、頭痛や吐き気がない&めまいの内容が普通と違う事から肉体的なものより精神的なものであろうと診断されていました。めまい自体は年かさの友人によると「年を取るとみんなそうなるの、そのうち慣れるから問題ない」と言われて、事実いつの間にかめまいは改善された。
こうしてみると脳疾患のキーワードは頭痛と吐き気。でもこの症状を自覚できない私のような鈍感人間に早期発見は難しい。
血栓は主に動脈硬化や心臓疾患由来のものが多いと聞く。入院中に行われた検査はこうした原因究明のためのものが主だった。いわゆる血液ドロドロ生活が祟って血栓が形成されるパターンと心臓疾患でそこから血栓が送り出されるパターンとがあるらしい。血液ドロドロに関しては生活習慣に関わる事なのでそのせいもあって、脳梗塞は再発する病気と言われた。嫌だわねえ。
でも入院中の検査結果は心臓にも血液にも問題無し。強いて言えば4年前のMRIでも確認されたが生まれつき脳内の血管に細い部分があるようだ、とのこと。最終的に血栓の原因の決め手になったのはホルモン剤でした。若い時から異様な生理不順だった私。気にせず生きてきたけれど中年になってから痛みに鈍い私が初めて辛い生理痛を感じるようになり、その時に婦人科でホルモン剤を処方されて長らく常用していた。平たく言えば経口避妊薬というやつです。女性ホルモンには血液を固める作用があるとの事で薬が体に合わなかったのであろう、という医師の見解。なのでホルモン剤はやめることに。これで血栓が防げるなら安いもの。そんな事もあるので、避妊薬を常用している方はご用心を
あともう一点。私は無類の面倒臭がり屋でトイレに行くのが面倒臭い。もともとトイレから遠い人間だったので一日のトイレ回数が異様に少なかった。これもよくないらしい。人間は一日に2Lの排尿をする、と言われてまさかと思ったが確かに入院中に計測したらそれくらいは出している。食事を含めて水分を2L採れという健康法はあながち間違いではなかったらしい。
こまめな水分補給と排泄適度な運動ときちんとした食生活。そして皮肉にもレモン酢生活を始めた途端に脳梗塞になったわけですが、これからもお酢を飲む生活を続けて行きたいと思います。昔、お酢の研究をしていた人が職場にいて、彼女主導で仲間が実験室で黒酢のサワードリンクを作ってくれたのが嬉しかった。黒酢は苦手だったけどこれは本当に美味しい。周囲の人たちにも衝撃とご心配と迷惑をかけた事だなと反省と感謝がないまぜになった気持ちです。
病気の早期発見はなかなか難しいものがありますが、常に自分の心と体をいたわるように心がけたいと思いました。検査をしたって見落とされる事はあるので、本当に運次第なものではありますが、どんな病気があってどういう兆候があるかという基礎知識を持って、体に異常があった時は用心して疑ってみるのも大事だと思いました。
皆様におかれましても、よき血液サラサラ生活を!
次回は入院にまつわるお金の話なんかを予定してます。お楽しみに〜

2017年11月8日水曜日

天中殺パート?

いくつもの天中殺を越えてきた。財布を無くしたり、車をぶつけられたり、路上で車が活動停止したり、猫が死にかけたり…。その都度、備忘録的なもを書きつくればあやしうこそものくるほしけれ。
さて今回の天中殺は大きかったよ。音に聞く脳梗塞を起こしたのでごわす。これはもう事件の領域。ホントこれで天中殺は大トリにして欲しいものです。
10月の半ばも過ぎた頃、その日の明け方、夫が布団の横で騒いでいた。私の寝言のろれつが回っていないというのが騒ぎの発端。修学旅行でも合宿でも、あるいは友人との旅行でも話題になるほど、私の寝言はやたらと滑舌が良いらしい。それは知っていた。
しかし寝言のろれつがおかしいという理由で救急車を呼ぶのはどうかと思う。寝ぼけながらも私は「ねほへてるらけられ」と夫に反論。おや?そこで気づいた。確かにろれつが回っていない。それでも寝ぼけてるだけだと思った私は寝直すことにして寝返りをうとうとするが、むぅ?うまく寝返りが打てない。なんだこれ?
あとはなすがままに救急搬送。車中で話しかけられたり、病院内ではどんな処置をするか、どんなリスクがあるかを医師が夫に説明していたところだけは意識があって記憶に残っている。足の付け根からカテーテルを通して脳内の血栓を取り出すという処置をとると説明された。そんな遠くからカテーテル入れるんだ〜、破裂のリスクもあるんだ〜、破裂したら私、終わりなんだな〜とやたら他人事のように感じていた。不思議なものでっちまったものはしょうがないとしか思えなかった。
あとは聞いた話。6時頃に病院について2時間くらい色んな検査。検査を踏まえて手術のプランを検討しそこから緊急手術。
そして私が目覚めたのがお昼前。喉に通された管を外して痰吸引が行われた際に「ブホッ、なんだコレ?!」と目覚めた。すぐに看護師さんに運動能力を軽くテストされて「奇跡的な回復です!リハビリも必要なさそうですね」とのお墨付きをいただく。
素直に嬉しくて「じゃあ明日から仕事に行けますか?」と聞いていた。明日、私は大事な実験を控えていたのだ。看護師さんは呆れた様子で「今日、何日かわかります?あなたがココに来たのは昨日なんですよ」と…。うはー、そんなに寝てたのか私!
追い討ちをかけるようにこの集中治療室に入った者は二週間はここから出られないという呪いのような言葉がかけられた。マジか〜。この焦燥感。しかし贅沢は言えない。一つでも歯車が噛み合わなければ私は今、ブログの更新もできなかったはずなのだから。
ソード4
予告通り入院は二週間に及んだ。それだって二週間で済んだのだから感謝するべきなんだけど、なにぶん麻痺も残っていない体なのでリハビリも寝たきり生活改善のための筋トレが少しあるだけ。あてがわれたベッドのスペースにしか居場所もなくてじっとしてるしかない生活。検査と点滴のためだけに病院に留め置きされているので退屈でしょうがない。
やることがないのでタロットカードをめくれば出たのは剣の4。瞑想への退却。創造的な休息ですと。休むしかないのか…。

このカードは祈りを捧げるステンドグラスの下で深い瞑想に入っている騎士の姿。壁にかけられた3つの剣は頭、喉、胸(サイキックな目、コミュニケーション、深遠な知識)に向けてエネルギーを集中させており、4本目の剣は目覚めと共にすぐに手に取れる場所に用意されている。葛藤や闘争の緊張から離れて心の平安と休息を表している。このイメージで入院生活を乗り越えよとのお告げと受け止めた。
腐っても脳梗塞。脳の細胞の一部が死んだことに変わりはない。幸いにも被害を受けた部位は右脳の大脳辺縁系の一部で、ここは知的活動や運動能力には関わりのない、ある意味何をやってるのか未知の領域だと医師からは告げられた。だから麻痺も残らず生活に支障は来たさなかったのですが、それはしかし未知なる私の能力の一部が失われたかもしれないということ。辺縁系は情動の脳と言われ動物の本能的な部分を支配していると言われる。野生の勘とか、感情の起伏とかに変化が生じるかしら?とか色々考えたけど今の所その実感はない。
さしあたって占いはまだできるようなので、ひとまず安堵した次第。
次回は脳梗塞について、もっと役立つ備忘録を書く予定。お楽しみに〜

2017年11月1日水曜日

ノリかソリか

仲間が一人、仕事辞めるってよ。というわけで現在、仕事の引き継ぎが行われています。主に私が引き継ぐことになるようで覚えなきゃならんことが盛りだくさん。しかも先方(便宜上キリシマと呼びましょう)は有給消化のためにこれからは職場にあまり出てこない。つまり短期間であっつーまに全ての手技を習得することが要求されて、老いの翳りある我が脳みそにはかなりの負荷がかかってる。
今の職場には春から勤め始めたので、最初の頃に別の先輩から色々と教えてもらった経験がある。それを踏まえて思うのはヒトには教えるのが上手い人とそうじゃない人の二系統がある。今回教えてくれるのは残念ながらそうじゃない系
キリシマは決して悪い人ではないから、聞けばちゃんと答えてくれる。でも質問しないと基本的に放置の人。自分が知っていることは相手も知ってるという思い込みを前提にして話をどんどん先に進めてしまう。私はおばちゃんだから遠慮なく「ちょっと待って!」と質問を挟んではムグムグと飲み込み、ようやくの思いでついてゆく。まるで椀子そばをあおるがごとし。
キリシマは若い人なので「自分より年かさの人を相手に一から教えては失礼になるかも」と遠慮してるのかな?と思わないでもなかったのですが…待ち時間中に「これ、ちょっと前にも別の人に引き継いだんですけどね。その人、一ヶ月で辞めちゃったんですよ」という話が出た。

ちょっと待って!プレイバック!プレイバック!♪
そういえば採用面接の時に私もちらりと耳にした。私が働き始める一月前にもう一人雇うのでその後で入る私にはその人の補佐を務めて欲しいと言われたような…。なのに働き出したらそれらしき人物がどこにもいなかった。ああそうか、私が来る前に辞めていたんだねぇ。もしかしてだけど…キリシマから仕事を引き継ぐのが重荷になって辞めてしまったのではあるまいな?もしかしてだけど…(^^;)
キリシマの名誉のためにいうけれど、決して悪い人ではないです。むしろ優秀な感じの人。だからこそ追いつけない説明の直後に「はい、やってみて」と迫られる緊迫感にやられてしまったのではないかな、と思ってしまいました。キリシマの几帳面なノートを見て、これと同じことを自分がやれるかな…という不安も正直ある。

「はい、やって」と言われたら「ハイその前にですね、質問です」と不明な部分を解消してから取り掛かる厚かましさが私にはあったけど、「え、わかんないの?」という表情を前にして質問できなくなる人には不安を抱えて操作を続けるのは苦痛かもしれない。
職場には教えるのがうまい先輩もいて、その人はポイントを抑えてどこが作業の肝になるかを説明してくれる。段取り説明→ポイント解説→質問コーナー。このメリハリが人にものを教える時のノウハウかなと両者を見比べて思った次第。ポイント解説の時にありがちな失敗やうまく処理するコツなんかも上手な先輩は惜しみなく教えてくれた。相手の身になってというのが大事なんだな。

と、ここまで来て思った。先述の 黙秘な人々で紹介したポンコツくん。私の教え方がマズかったんだろうか…と。いや、教え上手な先輩が匙を投げた怪物くんなのでそんなことない!と言いたいところだが彼がもし本当に発達障害を持ってる人だったのだとしたら一度に2つ以上のことは頭に入らないが故に混乱を生じやすかったのかもしれない。
初めからそれがわかっていたならば彼の身になってフローチャートのようなものを作るよう助言できたのになと、今となっては後の祭り。
教える、教わるの関係には他にソリが合う、合わないというのもありますしね。

さて、このブログ記事は実は二週間前に書き途中だったものです。upが遅れたのには理由がありまして、次回「天中殺パート?」にて詳細を書く予定。お楽しみに〜

2017年9月26日火曜日

愚痴いう人々

お察しの通り、私のことですけど>愚痴いう人
前回「他者を知るは聡明、己を知るは賢明(キリッ)」と言った手前、自分のことについても掘り下げて考えて見ましょうかね。このブログもしばしば仕事の愚痴とか家庭の愚痴とかグチグチ書き散らかしてる。ブログでガス抜きしていると見せかけてところがどっこい、リアルの私なんてこの何倍も強力な毒を身近の人に吐き散らかすので迷惑千万この上なし。むしろ匿名ネット世界の方が万人に謎の配慮をしてトーンが遠慮がちになってる。

「よくまあそんなに文句が出てくるもんだ」と家人に言われるが、私としては不平ばかり言ってるつもりはない。ただ毒を吐き出す時の私はそれだけ強烈な印象を残してるんだろうなという自覚はある。言い訳をさせてもらうなら、折れそうな心をなんとか奮い立たせて頑張りたいと思う気持ちが異様な気焰を上げさせるのであります。前回書いた職場の不満にしても、「なんとかしなければ」と「これはお手上げだ」の間(はざま)でかなりな逡巡を繰り広げていた。その葛藤を排気換気する私。それを時になだめ時に𠮟咤、そして時にテケトーにあしらいながら過ごしていたのが我が夫。
女性は愚痴に助言を求めているのではない、共感を求めているのだ」とはよく聞く話だが、最近の旦那はそれをどっかで小耳に挟んだらしく殊更に「へー、それはひどいねー」ととってつけな相槌を打ってみたり、あるいはうっかり「そんな仕事は断るべきだ」と解決策を断じたり、実によく付き合ってくれた。
でも私に言わせれば旦那に共感を求めるなんて夢を追うようなこと、この年になると期待しないよ〜(^^;)。彼の助言に対しても「いや、それはだな」という反論をすることはあっても一つの意見として拝聴してるから、余計な一言で腹が立つということもない。←反論すること自体が苛立ってる風に見えるらしいけど
じゃあなんで私が家で旦那相手に愚痴を言うかといえば「好きな人とはなんでも共有したい(きゃっ)」からですよ。もちろん、共感を得て労いの言葉をもらえれば嬉しいし元気にもなる。だけど基本は「こんなことがあったという経験を共有したい」ただそれだけ。旦那が聞いてくるからという部分もあるけどね。

初めからこうだった訳ではないです。私も若い頃はご多聞にもれず、旦那に共感を求めては夢破れて喧嘩になる経験を積んできました。そこから徐々に「話題を共有できればそれでいいんじゃないかな」となり、そして今は「無理に共有しないくてもいいや」に変形しつつある。だから相手に聞く気がない兆候が見られた時は、昔なら気分を害して文句の一つも言ったけど今は話の途中でも割と平気で終わりにできる。大抵の場合は私の話をぶった切りにして旦那が何か別のことを言うので、こちらもそれを契機に話を終わりにしちゃうのですが。するとどうでしょう、旦那の方が「なんで途中で止めちゃうの」と不機嫌になる。いや、途中で別の話にしたのあなたでしょ。聞いてないから終わりにしたんですけど?
私も朝ドラや女子アナの話題を旦那から共有されようとしても困惑しかないな、と普段から思っているのでそれと対等な気持ちで旦那が上の空の時は無理に話を進めない。それだけのことなのに怒りだす旦那。何故?!

「若い時と違って無理に聞かそうと思わなくなっただけだよ」と正直に話したらそれはそれで腹が立つらしい。熟年夫婦の冷めきった妻の匂いを嗅ぎ取るのかしら。そーゆーつもりはないんですけど(^^;)思いやってるつもりなんですけど。
なんだかんだで最終的に「じゃあもう僕に職場の話は一切しないでよね!」と言う謎の逆ギレをかまされて、こちらも最近は仕事の話は愚痴ばかりと言う状況に多少引け目を感じていたので「おうよ、もう一切話すもんか」と決意したのであります。

そしたらさ、ガスが溜まるのかしらね。ものの数日で就寝中に過呼吸起こして大変なことになりました。不満を吐き出さずに働いたら一週間くらいで体調もおかしくなって、これはいよいよとてつもないストレスが体を蝕んでいるなと自分でも驚いた次第。文句を言うだけで元気に働けていたちょっと前までが遠い昔の夢のよう。
私は毒を吐いていないと自家中毒を起こしてどうかしてしまう体なんだわ。それはそれでどんなもんよ?と思いつつ時々でいいからブログで吐き出させてください (/_;)

不平不満なく生きていけるのが理想ですけどね。気持ちを切り替えていけるように頑張らないと自分で自分を不幸にしちゃうんだな、というお話でした。

2017年9月18日月曜日

黙秘な人々

嘘をつくのが平気な人は相手を選んでる。「この人は追求しない」と判断すると力づくで嘘をつくけれど、ツッコミ入れてくる相手は面倒という認識はちゃんとあるらしい。ではツッコミに対して嘘つきはどう反応するか?その答えが表題の「黙秘」だったりする。

なぜか黙っちゃうんだよね。嘘に疑問を投げかけると喋らなくなる。そこで妙な空気になって大概の人はそれ以上の追求はしない。でもさ、それで嘘つきに「やり過ごせた」と思い違いさせるのは口惜しいじゃない?成功体験?!を重ねるごとに彼らは嘘つくことをやめない体になちゃうわけ。だからというわけじゃないけれど、嘘の内容いかんでは私は遠慮なく質問ぜめにする。するとなんということでしょう。黙りこくった相手に畳み掛ける私という構図が出来上がり、まるで私がいじめっ子。実に味気無し。

今、厄介な人を相手に仕事をすることになっておりまして、その人は自称外科医なのですがとてもそうは思えない手技の持ち主。有り体に言って不器用極まりない。本物の医師が掃いて捨てるほどいる職場なのでまさかそんな嘘をつくと思わなかったけれど、あまりにも何もできない人なのでボスが上の人間に問いただしたところ「彼は医者じゃないよ〜。医学部中退って聞いたけど?」との返答。どうしてそんなすぐわかる嘘を平気でついちゃうんでしょうかね?下手をすると医学部に在籍した実績があるかどうかも怪しいレベルで何も覚えられないポンコツぶり。
100歩譲って肩書きで見栄を張っちゃった部分には目をつぶるとして(いや、かなりヤヴァイ詐称だとは思うけど)「できます」と言ったり「わかりました」と言ったことが全然できてないし、全然わかってないし。。。この人の何を信じたらいいのか、さっぱりわかりません。

フレンズによって得意なことは違うからね〜byサーバルちゃん
とは言うものの発達障害が疑わしい人と円滑に仕事をするのは本当に難しい。それが本人にもどうすることもできない脳の仕組みのせいなのか、それとも単なる訓練不足でそうなっているのかを知ることができないからもどかしい。せめてできないことは「できない」と素直に言えて、周囲もそれを認められる社会ならいいのでしょうけど
「君はできる、わかる、自分がやると言うけど、全然できてないし理解できてるかも正直怪しいから、もうこの仕事は触らせないでとボスから言われてるんですよ」←つーか、このせいで彼の仕事を私がやる羽目になって今猛烈忙しいモードに突入している。私がそこまで言っても彼は「僕の仕事」と言い張り私の後追いをやめない。見てるだけならともかく手を出したがって危険この上ないし、何度でも的外れな質問を浴びせられる地獄に陥ってました。お前は新手の天中殺なのかっ?!

横に誰かが張り付いて逐一指示を出してやらなきゃ遂行できない仕事は「僕のやった仕事」とは言えない、1ステップごとに手を止めて「次は?」と聞きにくる人間が全体の内容を理解してるとは思えない、何か一つでも人に聞かずにやり遂げられた工程があったか?そもそも外科医なら知ってるはずのことを君は何も知らなかったじゃないか?
ここにいたって彼は完全に沈黙。いじめっ子先輩気分を味わって、しかしながらこれで彼はもう私を頼ってこないと確信した。嘘つきは嘘を暴く人を好まないのだ。

その翌週、彼は別の先輩に絡んでいた。その先輩は一番最初に彼の指導を任されて真っ先に匙を投げた人物で、上の人間にしかるべき報告も上げている。「彼は何もできない」と報告したことに対してなぜそんなこと言ったんですか?」と詰め寄られた先輩は絶句していた。先輩!そこで絶句したらダメっすよ!この手の人物はまっこと、相手を選んで好き勝手なことを言い続けるようにできている。私なら「何か一つでもあなた一人でできたことってありましたっけ?」と聞き返して黙らしてやるのに。

何よりも彼はずっと「僕はできる」と自分自身に嘘をつき続けてきたのかもしれない。その嘘を否定しない人達とだけ付き合って行けるのが彼の理想郷なのかもしれないが、世の中そんなにゃ甘くないでしょう。
「他者を知るは聡明、己を知るは賢明」とタロットカードが申しておりました。嘘つく相手を選ぶズル賢さはあるみたいなのに、己を知る賢明さに欠けると多分これからも生きにくい人生になると思う。人のふり見て我がふり直そ。。