今日は終戦記念日。こんな日くらいは少し過去を振り返ってみよう。
もちろん、私は戦争を知らない中年達さ〜♪。と、書いてて思ったけどもはや『戦争を知らない子供たち』という歌そのものを知らない子供たちが多い昨今、こういう無駄口はヤメヤメ。
自分の親世代ですら戦争は遠いガキんちょ時代の話。その体験談には祖父母世代からの伝聞も多く含まれる。曾祖父母からの伝承となるとほとんど耳に入れた記憶がない。ウラをかえせば自分が伝え聞く祖父母世代の体験は子世代に伝えないと、ほぼ完全に忘却の彼方に押し流されてしまうのだな〜…と感慨ひとしお。
8月は戦争を憶(おも)う月。子供の頃は繰り返される戦争回顧番組にうんざりしたり、悪夢のように現れる金曜ロードショーの『蛍の墓』に七転八倒したり、正直「しつこいな〜」と食傷気味に感じる時もありました。けれど終戦後69年目の今夏、原爆の日にあまりに報道各社の姿勢がさらりとしているように感じて我にかえった。こんなに原爆の日って静かでしたっけ?なんだか沈黙の夏。こうなると、それはそれで落ち着かない。
母は幼い頃に広島で被爆している。小さいながらその日の記憶はある程度鮮明だ。外で遊んでいた時に街の方角を指さして動揺しはじめた大人達の姿。遠く立ち上るキノコ雲と落下傘。ただならぬ気配に泣き出した妹と二人で家路につく途中、出迎えた祖母(私の曾祖母)から「あんたら泣くけぇ(泣くから)雲がついてきよるよ」と言われて振り返るとキノコ雲が街から広がりやがて頭上から黒い雨を降らせたこと。それからケガ人が市街地から続々と学校に搬送されてきて祖母がシーツやカーテンを引き裂き包帯を作る手伝いに駆り出されたこと。
母の体験はそれくらいのものであったが、ケガ人の救護に当たった人達は二次被爆の認定を受けたこと、被爆者手帳の交付を巡っては差別を恐れて認定拒否をする人も少なからずいたこと、そんな細々とした話は祖母から母、母から私に繋がれた。
母は今、減少の一途をたどる原爆語り部の引き継ぎ事業に駆り出されている。人々の体験話を引き継いで次の世代に繋ぐための活動で「正直、おかーさんは暗い話は苦手で辛くてシンドイ」そうだが、これも課された使命と思って参加をしている。
あまりに辛い体験のため、誰にも何も語らなかった人でも「引き継ぎであるならば」と初めて口を開くケースもあるようで、そうした使命感のようなものが伝播してシンドイ母を何とか引き止めたようだ。
どうして引き継がねばならないのか?それを考えることが大事。これはただの昔話じゃない。誰の身にも起こりうる他人事ではない話。半死半生の家族を置いて逃げなければならなかった人の一生の慟哭。通常では考えられないような大怪我をしながらも命ある限り逃げ惑った人々の群れ。一度戦争という非常事態が起きたなら、いつでも我が身にふりかかる地獄の話。どれだけ我が身に置き換えて考えられるか、どれだけ真剣になれるか。それが未来に繋げるということ。
なんとなく、なんとなく、で戦争に舵をきった歴史を忘れない。その気持ちが8月の雰囲気を持続させてきたと思いたい。来年は70年目。節目が控えてるから今年はちょっと静かにしてみました、ということだよね?報道陣営さん?!
いらっしゃいませ
にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。
2014年8月15日金曜日
2014年8月10日日曜日
夏の高上がり
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| 展望デッキの真下覗き窓 |
入場料は当日券で展望デッキ2,060円(日時指定券はこれに510円増し。夏休み前の平日なら指定ナシでもエレベーターにすいすい乗れましたよ)。さらに上の展望回廊を目指す人は展望デッキの売り場で1,030円のチケットを買ってね。なんで2段構えにするかな?と思うけど、実際問題「最上階は別にいいや」という人も居るからなんでしょうね。でも私に言わせればここまで来て一番上に登らないなんて、何のためのタワーかっ!てなもんでござんす。何とかの高上がりと思われましょうが、高所恐怖症でない限り、とにかく最上階に行ってみよう。全然視界が違いますから。
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| 建設中のスカイツリー 右手に |
思えば子供の頃、親に連れられて東京タワーに登った時には足下を覗き込み「高いと言ってもこんなものか」と思ったおっぺけぺーな記憶を持つ私。その記憶を引きずったままで東京タワー未体験の旦那に付き従い、東京タワー詣でをしたのが2年前のこと。この時の衝撃の大きさは今も忘れない。子供の時の私は一体、ナニを見ていたのかと。
自分の足元だけを見るのと周囲全体を俯瞰(ふかん)するのは全く違う。おそらく幼少のみぎりの私は足下しか見ていなかったのでしょう。周囲を見回したとしても、当時の私は東京という街そのものとまだ縁(えにし)を結ぶ間もなくて、そこは「自分とは無関係な大人達の街」でしかなかった。それが無感動の一因だったと思う。
まづ高館にのぼれば、北上川、南部より流る大河也。衣川は和泉が城を巡りて、高館の下にて大河に落ち入る。 奥の細道数年前、名古屋城の天守に登った時に頭に浮かんだのは上記の松尾芭蕉の平泉のくだり。天守閣からの眺望は清(すが)しくてそれだけで楽しかったのは事実だが、惜しむらくは私には中部地域の地理的な素養がまるでなく、ただ遠く見晴らして「ほぅ」と感嘆するしかなかった。芭蕉や曽良のようにその土地の歴史や記憶、あるいは現在の生活感覚を辿ることに不備であった自分をその時少し呪わしく思った。
2年前の東京タワーはそういう意味では初めて土地勘をもって高所から街に臨んだ体験。慣れ親しんだ街の平面地図を眺めるように楽しんだ後で、展望台からさらに上層の特別展望台に登った時に街の印象は驚くほど一変した。「こんな街だったろうか?!」視点の角度が変わった事で、そこには平面地図とは違う位置感覚が出現していたのだ。例えるなら動物の一定の角度から撮った写真ばかり見て育った人が初めて実物を間近に見たような衝撃?「こうだったんだ…」という感動。これを体感するためには絶対に一番上まで登るべき!
というわけで夢が枯野を駆け巡るタイムリープはここまで。肝心のスカイツリー現場に戻りますよ。展望回廊と名付けられた最上階の様子とは!?
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| 展望回廊からの眺め |
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| スカイツリーと上野の五重塔がきれいに重なっている 足下には発掘調査中の水戸藩邸跡という珍しい写真 今はもう失われた風景 |
2014年7月26日土曜日
ジャム ザ ハット
ブラックベリーの実を頂いたのでジャム的なものを作ってみよう。
実は丁寧に洗ってザルにあけ水気をきる。これを鍋に放り込んで中火で炒り続けるとアラ不思議、種がほぐれて果汁と綺麗に分離します。水は一切入れてませんが鍋はみるみるうちに果汁でいっぱいになる。
これを金ザルにあけて裏ごしにかける。丁寧に種を取り除くと口当たりの良いジャムになるので面倒でも濾しましょう。コイツの種は頑固なので残しても良いとこナシ、という結論に達したので情け容赦なく取り除く。
濾した実の20〜30%分量の砂糖をくわえて焦げないように煮詰める。レモン汁を入れたい人は適当にどうぞ。色良く仕上がるのかな?うちには無かったので手近にあったバルサミコ酢をくわえてみた。香り付けにはアプリコットブランデー。すべては手近にあったから。こんなことでいいのだろうか(後で調べたらブラックベリーそのものに酸味があるからレモン汁は不要らしい)。
近所の奥様が丹精こめて育てているブラックベリー。ここ数年、毎年のように貰って作ってヨーグルトにかけていただいている。意外と育て易い実のようで年々生い茂り、収穫量も飛躍的に増えてる。というか、そのお宅の庭はなんだか大変なことになっている…。どうしたわけかこの実は鳥があまりつつかない。柿やら蜜柑やら草花やらは、この界隈だと勝手に取って行く人も多いのだが、この実を持って行く人は稀だ…。多分、種が強情なのがその理由だと思う。てなわけでとにかく大量に頂いてしまうことになる。
老婆心ながら来年、さらに増えそうなブラックベリー収穫量を見越して果実酒のレシピをメモメモ。
ベリー、ベリーの半量の砂糖、ベリーの倍量のリカー(ジンやウォッカの他、ウィスキーも合うらしい)三種の材料を消毒した瓶に詰めて3ヶ月くらいから飲み頃。だそうな。
うむ、なんだか楽しみになってきた。取らぬベリーのなんとやら。
実は丁寧に洗ってザルにあけ水気をきる。これを鍋に放り込んで中火で炒り続けるとアラ不思議、種がほぐれて果汁と綺麗に分離します。水は一切入れてませんが鍋はみるみるうちに果汁でいっぱいになる。
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| 焦がさないようかき混ぜながら種をほぐし取る |
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| 濾した実。お菓子作りにそのまま使えそう |
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| ブラックベリーのジャム、出来上がり |
老婆心ながら来年、さらに増えそうなブラックベリー収穫量を見越して果実酒のレシピをメモメモ。
ベリー、ベリーの半量の砂糖、ベリーの倍量のリカー(ジンやウォッカの他、ウィスキーも合うらしい)三種の材料を消毒した瓶に詰めて3ヶ月くらいから飲み頃。だそうな。
うむ、なんだか楽しみになってきた。取らぬベリーのなんとやら。
2014年7月18日金曜日
すき焼きすき
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| 右手の暖簾が、すき焼きちんや 手前の階段を地下に潜れば レストランのちんや亭 |
さて『ちんや』とはまた珍妙な名前。そも、この店は江戸時代においては大名屋敷に愛玩動物を納めていたペットショップ『狆屋』がはじまり。屋号はその名残。文明開化とともに花開いた牛鍋文化を浅草で担い続けた老舗中の老舗なのですが、知名度は今半ほどではないのが不思議といえば不思議。全国的な展開をしていないことと、店に風情がありすぎて気おくれしちゃうのが原因でしょうかね。なにせ広〜い玄関に下足番がちゃんと控えているスタイルのお店はそれだけで高級店のかほり漂う。
予約を入れなかったのでまずは待ち合いに通される。表通りから見えないように仕切られたホールの片隅に応接セットがしつらえてあり、ほおずきを眺めながら待つ事しばし。予約を入れると個室に通される、なんて情報もあったのですが敢えて予約ナシで入店。どぜうや鰻屋の古い店舗に見られるごとく、広間に配された座卓で他所の卓の団らんを感じながら牛鍋をつつくのも古き良き浅草の風情があって私は好き。
ところがその日、支度が整って通されたのは4Fの個室。一歩入ったら「あらまあ素敵!」小振りな和室にはレトロな絨毯が敷かれ、これまた年季の入った小さなテーブルセットが配されている。4Fにはこの他にも掘りごたつ式の和室などいろいろなタイプがあるらしい。これは通うのが楽しみになる。また来よう。
料理はすき焼きとしゃぶしゃぶがあるのですが、初志貫徹のすき焼きぷり〜ず。肉のランクでお値段が変わります。赤身3,500円、霜降り7,500円、両方楽しめる盛り合わせ5,500円。量はすべて125g。中年には適量である。もちろん赤身と霜降りの両方楽しませていただきますよ、てなわけで真ん中の「楓」を2人前お願いしま〜す。待ち合いで眺めたお品書き「本日の変わりザク(野菜)」である茄子一皿700円も追加。すき焼きに茄子、なんという斬新さ。広島出身の人は松茸も入れるよ〜とか言ってましたが、すき焼きは実に奥が深い。これにビールと〆のきしめんを一人前だけチョイス。お鉢や刺身が付くコースにしなくても、かなり満腹になりました。
| この日のお部屋は「馬道」こんな感じ 明治開花絵図が各部屋に飾られているそうです |
お通しを頂戴している間にお店の人がササッと最初の一盛りを用意してくれる。この辺りは今半と一緒。脂を敷いて長ネギを焼き、お肉をのせたら割り下をジュュ〜ッ!溶き卵にくぐらせてから「どうぞ」と供されるすき焼きのなんと美しき。明治の人はこんな良い肉は食べてなかったろうなと思いつつ、そもそも現代人の私だって普段はこんな良い肉でお家すき焼きはしないぞ、と我に返る。肉の違いが醸す味の違いに酔いしれている間に、鍋を綺麗に整えたお店の人が退場。ここからは旦那と二人っきりで無心に鍋をつつくひと時。なるほど、個室には個室の良さがありますね〜。ゆったりと時間が流れて心ゆくまで堪能。なんというか食べ物に向かう集中力が違う^^ 。しみじみと美味しかったです。
茄子は2種類。どちらも油通ししてありツヤツヤ。これを鍋に入れると肉の美味しい脂を茄子が吸い込み、しかも茄子の味わいも損なわれることなく…むは〜、なんて美味しいんだ!
食べたばかりなのに、また食べに行きたいと思う。それがすなわち美味しいということ。お肉も割り下も茄子も、味が良いことの他にお店の雰囲気がまた一層気持ちを引き立たせる。古びた調度品や建物に難色を示す人もあるだろうが、脂煙を吸い込んだ柱やふすま障子の風情とこの店の歴史の深さが何よりの味わい。この床柱は時代を越えて人々の人生の一コマを眺め続けてきた。その風格に勝るものはありません。
さてさて、料金には一人当たり400円(夜は500円)の奉仕料が加算されます。奉仕と呼ぶにふさわしい、たおやかな接客をしていただきました。「10%のサービス料」と言われるよりは最初から「お一人幾らでお世話いたします」の方が酒飲み夫婦には安心。しかも気兼ねなく話しかけられる気がする(当社比)。お店は場所柄、年末年始がやはり一番混雑するそうです。夏のこの時期は逆に狙い目。人々が鍋から遠ざかるこの季節、鰻代わりの滋養にすき焼きなんぞ、いかがでしょうか。
2014年7月11日金曜日
日光植物園
さて随分前に訪問した日光植物園の話をしようではないか。
正式名称は東京大学大学院理学系研究附属植物園日光分園。れっきとした東大の実習施設です。ちなみに本園は小石川植物園。御用とお急ぎがなくて日光東照宮界隈に出没予定の方は是非一度足を運んでみてください。場所は田母沢(たもざわ)御用邸記念公園の並び。御用邸から中禅寺湖方面に車を走らせると5分もたたずに左手に見えます。というか、博士!入り口が小さすぎて見落としました!!というわけで初めて行く方は大概、通り過ぎて慌てて引き返して入園することになりますのでご注意を。
感想
手付かずの自然を満喫して散策したい人に最適。何せ全く手入れをしていない…とは言わないが、隣接する田母沢御用邸とは雲泥の差。本園の小石川とも装いが激しく違う。なんていうか、ワイルドな状態が保たれている。もっとも、訪れたその日は台風が日光一円を通過した数日後。いつにも増してワイルドな状況に遭遇したといえましょう。
御用邸からは滞在中の大正天皇が毎日のように散策にお出ましになっていたとのことで、ご休憩になっていた高台には碑が残されている。なるほどここからの眺めは庭園の景観を保って、紅葉の頃は向かいのお山が美しかろう、という風情。高台を降りて大谷川に寄れば、 以前紹介した憾満淵 (かんまんがふち)も垣間見える。こちらから見るとなんと清い流れで、清流が…、清流が…、ちょっと、雑木が茂りすぎでちっとも見えないじゃん!うっそうと茂った木の枝の間からは、本当に清しい水をたたえた淵の水面がチラチラと見えているんです。それはもう、うっとりするほどの自然美。自由闊達に生い茂って通せんぼする木の枝のなんと恨めしいことよ。まさに遺憾であります。遺憾満淵でござる。この辺り、清流を見るために整備したら観光名所になること間違いなしなんだけどな…。観光客が増えるとそれはそれで大学の施設としては不便なことだからあえて放置してるのかしらん。実に残念。
とか文句垂れながらも広い園内をゆっくり歩いて気分はなんちゃって山歩き。心無しか空気もおいしい。心のお腹が満たされたところで肉体のお腹も満たしましょう。というわけで…ひゃっほー!また来ちゃったよ日光翠園。本日はF定食の「油淋鶏と海老と卵の塩炒め」1,890円也。たくさん歩いたからこれくらいはヘッチャラさ〜。本当にここの中華は美味しい。つか、中華食べに日光に行くと言っても華厳ではない、否、過言ではない。お後の準備がよろしいようで…。
正式名称は東京大学大学院理学系研究附属植物園日光分園。れっきとした東大の実習施設です。ちなみに本園は小石川植物園。御用とお急ぎがなくて日光東照宮界隈に出没予定の方は是非一度足を運んでみてください。場所は田母沢(たもざわ)御用邸記念公園の並び。御用邸から中禅寺湖方面に車を走らせると5分もたたずに左手に見えます。というか、博士!入り口が小さすぎて見落としました!!というわけで初めて行く方は大概、通り過ぎて慌てて引き返して入園することになりますのでご注意を。
感想
手付かずの自然を満喫して散策したい人に最適。何せ全く手入れをしていない…とは言わないが、隣接する田母沢御用邸とは雲泥の差。本園の小石川とも装いが激しく違う。なんていうか、ワイルドな状態が保たれている。もっとも、訪れたその日は台風が日光一円を通過した数日後。いつにも増してワイルドな状況に遭遇したといえましょう。
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| 文字通り根こそぎ倒れた木 |
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| そちこちに… |
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| 唯一、川の眺望が楽しめたスペース |
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| イングリッシュガーデンは植物標識だらけ ^^; |
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| 美味しすぎる日光翠園。これがあるからやめらんない |
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