八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を スサノオノミコト高円宮家の次女、典子女王のご婚約記念に思うことつらつら。本当におめでとうございます。お相手は出雲大社の禰宜、千家国麿さん。出雲大社と聞いて「お!おおおお?!」となった古典ファンは多いはず。
『古事記』によれば古来、ヒノモトの国には国つ神(くにつかみ)と呼ばれる先住の神様達がお住まいになっていた。そこに高天原から天つ神(あまつかみ)という神様達がやってきて国譲り(くにゆずり)という奇妙な出来事を経て覇権がヤマト(天皇家)に移ることになる。
国つ神が先住の王族で天つ神が侵略者?の王族であることは想像に難くないが、侵略者側がやたら先住者に気を遣っているのが国譲り神話の面白いところ。イズモの王であったオオクニヌシが国譲りの交換条件としてアマテラスの使者に提示したのが「出雲祭祀の権利」であり、それこそが出雲大社の起源。
以来、アマテラスの子孫である天皇家が伊勢に鏡(アマテラスの分身)を祀る一方で、出雲は粛々と国つ神を祀り続けてきた。その両家を結ぶご縁談。めでたくないわけがない。
出雲大社にて この日偶然、婚礼が執り行われていた |
さて歴史的ビックリの他にもう一つ感心したのは高円宮妃久子さまの良妻賢母さ。今回のお題の中味、本当のセレブリティのお仕事についてしみじみと考えさせられた。久子さまといえば東京オリンピック誘致で活躍されたことで近年脚光を浴びましたが、この方の真価は高円宮さまご逝去の後に宮家をしっかりと守ったことにあると思う。スポーツ振興に尽力された宮様の意志を継ぎ後援の活動を続け、多忙の中にあって忘れ形見である女王達を立派に育てあげていたことが今回のことで明確になった。晴れやかで華のある長女承子さまの後ろに控える次女の典子さまはいつも大人しい印象でしたが、会見で拝見したシッカリしたご様子とその品格は千家さんとの年の差をまったく感じさせない立派なものでした。
二昔も前の良家のご息女は学業を終えると(場合によっては学業を切り上げて)すぐに嫁がれるか、あるいはご家庭で花嫁修業をされてから嫁がれた。典子女王のおばあさま三笠宮妃百合子さまの世代がこれにあたられるでしょう。
一昔前ならお仕事に数年就かれた後に嫁がれた。これが通訳の仕事でご活躍されたお母様の高円宮妃久子さま世代。あるいは皇太子妃雅子さまがこれにあたられる。
現代であれば仕事に就いて、事情が許せば結婚後も何らかの形で自分の仕事を大切にされると思われます。お姉様の承子女王の世代はそのようになされるのではないかと、これは縁付き先にもよりますが勝手な想像。
典子さまが大学卒業後に就業なさらなかったのは現代としては奇異なことでしたが、この縁談のためであったかと納得。縁付き先が特別なお家であれば尚の事、奥様として様々に特殊な采配を振るわねばならない。そのための素養や教養を修める時間、それこそが本来の花嫁修業。私みたいなパンピーな世界(+バブリーな時代でもあった)の住人で「家事手伝い」という名のスネカジリをして遊び暮らしてたら縁遠くなり、気がつきゃ未だに親元暮らしなんて女性がザラに居る階層とはワケが違…げふんげふん。何の話でしたかな。
そうそう!久子さまがご立派という話でした。セレブリティ(名士)に求められるパトロンとしての役割と、家庭においては次世代の育成を見事に果たされた。久子さまの背中を見てきた典子さまはきっと、お母様同様に名士の妻としての仕事をこなされることでしょう。
さて今回の縁談にまつわる私の一番のお気に入りエピソードをメモめも。典子さんから「お待たせしてしまって」言われた千家国麿さんは四十路。縁結びの出雲大社にあって、ずっと独身でいることを友人達にからかわれると彼は「神様は身内には厳しい」と切り返していたとか。ユーモアがあり、会見でも善きお人柄を感じさせる素敵な伴侶。お二人の打ち解けた雰囲気は何よりの慶事。八重にとこしえにお幸せに。
ちなみに千家の家はアマテラスの次男の末裔といわれている。この次男アメノホヒは一番最初にアマテラスが出雲奪取に遣わした神様。それなのにオオクニヌシの人柄に惚れてそのまま出雲に居着いてしまったという設定。何から何までよく出来た話で、なんだか微笑ましい。