いらっしゃいませ

にほんご べんきょう してきて ください
いらっしゃいませ。ずっと試運転中です。予告なく変更しまくるつもりが仕様変更については手付かずです。

2018年2月6日火曜日

約束の地

遠いところへ行って、帰って来ました。旅行の備忘録を書く前に前回さらりと書いた「預言カフェ」の話なんぞを。
某宗教団体がゆるい布教の一環で経営してるんでしょうかね、預言の修行?をしている信者の方々がコーヒーを飲むお客のテーブルを回って各人に予言をしてくれるという愉快なカフェが預言カフェ。勧誘はされないという話だったので仲間と冷やかしがてら行ってみたのですが、そこで私は「あなたにはこれからも飛行機や船を乗り継いで行くような遠い場所へ出かける機会を与えると主は言われました」となぜか吹き出しながら言われた。
このカフェの予言は録音を推奨されているので何度も聞き直したけど、やっぱりどうしてもここで預言者は吹き出してる。仲間の予言の最中はそんなことなかったので不審に思ってカフェの帰りに「なんか私だけ笑われてなかった?」と尋ねたら友人は一斉に笑いだして「それ私も思ってた。確かにあんたの予言の時だけ笑ってた」との証言。むぅ、何があるんだ?
ミルフォードサウンド@NZ
飛行機と船を乗り継いだ最果ての地へ
その後、程なく私はニュージーランドへ強制連行されることになった。
以前からツイッターやブログでチラチラと自分の親に対する苦手意識は吐露して来た。とにかくうちの親は押しが強いんだ。その母親から私は執拗にNZ旅行に誘われていてずっと逃げ続けて来た。あの押し付けがましい母と一週間も海外旅行なんて死んでしまう。それを回避するために 飛鳥IIの旅 を奢って「これで勘弁してね」としたこともある。その奢り旅行がアダとなって今回はその返礼と称したNZ旅行とあいなった。
何故、NZなのか?遡ること約20年前、姉がNZで結婚式を挙げた。結婚式は挙げなさいと言う母の強い希望を受けて姉はハネムーンを兼ねた海外挙式を敢行したのだ。ところが肝心の母は出立直前にまさかの病気入院。ある意味、母のためのNZ挙式だったのに母だけが参加できないという事態に陥った。
それ以来、母はリベンジに燃え幾度となくNZ旅行の計画を立てた。ところがどうしたことか母の計画が実を結ぶ直前で何度もアクシデントに見舞われどうしても行けない。一緒に行く予定だった友人の身内に不幸があってキャンセルになったり、地震が来たり、なんだりかんだり…今回だって逃げ回ってた私が根負けしてようやく一緒に行くことになったのに、申し込みをした途端にそれみたことか、私が脳梗塞になりもうした。どれだけNZの神様に拒否られてんだ?
ああ、きっとあの時の預言者はこの光景を見て吹き出したんだわ。

とはいえ一命をとりとめ、予言にも私の死には触れられてなかったことから、飛行機と船を乗り継いで行ってこいやという主のお導きかもね〜というノリで出かけて来ましたよ、と。もちろんお医者さんにも行っていいものか尋ねた上でですよ。かなりあっさりと「問題ありません」と言われた。薬の飲み忘れだけ注意されたくらい。脳梗塞後の生活なんて、後遺症がなければそんなものらしいです。
というわけで、どこかの誰かのいつか行く旅の何かの参考になれば幸い。次回からゆるゆると旅行のお話が続きまーす。

2018年1月24日水曜日

牡蠣食えば

牡蠣食えば 金が出るなり それなりに
というわけで(?)久しぶりにオイスターバーへ行ってきました。10年以上前ならオイスターバーと言えば品川か有楽町の「ニューヨークセントラルオイスタバー」くらいしかなかったのに、今は検索するといくつも紛らわしいお店が出てくるので予約するのに探したぜよ。

こちらのお店は本家ニューヨークの店舗を模しているのが売りとの事ですが、ニューヨークセントラル駅は四半世紀前に通りすがっただけなので思い出の縁(よすが)は何もない。だけど駆けつけの一杯を飲もうとワインリストを見たらカリフォルニアの思い出深いワイナリーの馴染みのワインを発見。
ベリンジャーのホワイトジンファンデルは近所のスーパーで安い時には$4くらいで購入できて(コンスタントに$6〜7だった)色味も味も大好きだったのでよく飲んだ。春になると車で一つ山を越えてナパバレーに分け入り、花咲き乱れる瀟洒なこのワイナリーを訪れるのも好きだった。ボトルでお値段4,600円にムムムっとなりながらも懐かしいのでいただきます。
牡蠣とポルチーニのリゾット
いつも安価で飲んでいたのはブラッシュワインだったのですが、今回のこれはスパークリングワインでした。通販サイトで調べたらお値段は1,680円くらい。飲食店価格ならまあこんなものなのですかな?綺麗目のボトルだったので写真を撮りたかったけど失念。

プリンは骨格のしっかりした好みのタイプ
脳梗塞ネタを引きずって申し訳ないが、最近は食べるのに夢中で写真を撮り忘れることが多くなった。そんなわけでブログも食べ物ネタが減少傾向ですが、あくまでも食い気優先になってるだけで食い道楽は続いてます。やっとの思いで撮影した数少ない写真をupです。
他にももちろん忘れちゃいけない生牡蠣とカラマリ(イカ)フライをいただきました。ニューヨークに思い入れはないが海外のオイスターもカラマリも昔懐かしい馴染みの味。
味の記憶と共に若い日の思い出が走馬灯のようにくるくると来た。
自分の人生はイチ主婦という立ち位置で割と平凡な人生だと思っているけど、なんだか昔からやたら遠いところへ出かける機会に恵まれた人生だったなと思う。
夫と二人で「あそこでアレ食べた。あそこのアレはうまかった」という思い出話に花を咲かせながらしみじみと夫や周囲の人のお陰でいろんなところへ行けたのだなと思う。
自分自身にはこれと行った目的はないのに身内の都合だけでやたらと遠いところへ誘われることが多かった。結婚式でニュージーランドとか、墓参りでハワイとか…加州生活も夫の仕事の都合だったわけだし。

去年、友人に誘われて出かけた赤坂の「預言カフェ」では預言者から「あなたはこれからもうんと遠いところへ出かけていく機会を主が用意しています」という宣告を受けている。脳梗塞で死にかけた時に「これが遠いところかっ?!」と思わないでもなかったが、そういうことではなかったっぽい。
遠方に出かける運命は主の思し召しだったのかどうか定かではないが、今からまた遠いところへ出かける予定です。写真撮影は忘れずに、次回のupを乞うご期待。
美味しいものに出会えるといいな〜

2018年1月17日水曜日

新年のご挨拶

さて。いい加減そろそろ更新しないと「さてはあいつ、脳梗塞で逝ったかな」と思われかねない頃合いです(^^;)。みなさま如何お過ごしでしょうか。私は元気です。

昨年、命拾いはしたもののなんだか気持ちが落ち着かなくなってきた。自分はある日突然、ふいっと死ぬ。そういう運命なんじゃないかと思い始めて、にわかに死ぬのが怖くなってきたのであります。先日なんかは美容院に予約をしたものの「そういえば美容院に行った翌日に脳梗塞で救急搬送されたんだよな」と思った途端に死の予感でいっぱいになって決死の覚悟で髪を切ってきた。その晩、夫に向かって「今までありがとう。明日の朝も私のこと見守っていてね」と丁寧に就寝の挨拶をして不審がられた。(←前回は明け方に夫に異変を発見されたので)

人は自分が死ぬと思っていない時はやたら元気。脳梗塞を起こした時は搬送中も入院中も結局自分が死ぬなんて思ってなかったからオッペケペーな感じに過ごしてた。だけどなんでしょうね、このところ外出中でも危険な運転の車を見たり、乗ってる電車で異音がしたり、そんなふとした時に突然「死の予感」がよぎるようになった。ええ、予感だけです。実際は死んでないので今もこうしてブログを更新しています。
私の友人が一昨年、今回の私と同様に就寝中の脳梗塞で命を落としています。突然のことで悲しかったのも事実ですが、病気や老化で衰えながら「ああ、自分は死ぬのだな」と思い続けながら死ぬよりは普段通りに生活して、いつも通りに明日が来ることを疑わないままに死ぬのがもしかすると幸せな死に方かもしれない、とそんなことをぼんやりと考えました。
いみじくも自分が死ぬとは思っていないから浮かんだ考えだったと思います。今の私は突如現れたこの死の予感ごっこ?で心細い思いを抱えて、当時考えていた嫌な向き合い方で死を捉えている。イカンイカン、こんなことでは実に遺憾。

にんげんだもの。何かの拍子に気弱になる時もあるよね〜と気を取り直してタロット占いです。今年一年を占って、来年の年明けのブログで答え合わせでもしてやろうじゃありませんか。これで年明けブログでは何を書こうか悩まずに済むというもの。
ではでは2018年のケルティッククロスでゴー!
受け入れて乗り越えるべき悲しみを抱えつつも、悲観しないで状況を好転させるべく情熱を抱け!他からの影響を受けすぎるから葛藤するのだ
他者や権威あるものを気にするな、自由な選択で責任を全うせよ
コントロールできない変化あり。しかしそれは小さな変化。

うーむ。パワフルゆえの苛立ちあり。しかし情熱こそが解決の緒(いとぐち)かな?
今年も情熱的に行きまっしょい。占いはいつでもお気軽にご用命ください。

2017年12月18日月曜日

おしごとの本気度

本気と書いてマジと読む。前回に引き続いて仕事関連のお話です。愚痴と悪口になる予感満載の今回の話題、御用とお急ぎでない方は寄ってラッサイ見てラッサイ。

どんなお仕事でも真面目に努めようとすれば大変なもの。だからこそ大変な仕事であればあるほど、こころざしや覚悟がなければおいそれと続けられるものではない。
さて、日本で働くお医者さんの中で一体どれだけの人が覚悟や志しを持って医者になり得たのでしょうか?
てなことを考え込んでしまうほど、医療関係の職場で仕事をするようになってから出会う医師たちのハズレくじ加減の凄まじきことよ…。

ハズレ組の多くはお勉強ができたがために「じゃあ医学部受けようかな」くらいのスタンスで医学の道に来た人が多い。デキる子だったために周囲の期待も大きく、それに応える形で進路を決めちゃうような良い子たちでもあるのでしょうが、何をするのでも自分の意志というのがまるで見えない。医師だけに?(^^;)
そこを踏まえてヤル気とか本気度、仕事にかける情熱みたいなものが感じられない人が多いので一緒に仕事をしていてうんざりすることも多い。

私は病棟で働いているわけではないので臨床医としての彼らのことは実はあまりよくわからない。研究においてはダメ人間で私がボロクソに思っている医師でも、患者さんにとって良い医師ならそれならそれで本業を全うしているので良い医師だと思う。
しかし良くない評判ほど耳に入りやすいと言う側面はあるものの、誠実ではない仕事ぶりというのは何かの拍子に表出するもの。本当にやりたい仕事として医師を選んだわけじゃないから医師の仕事するの面倒くせ〜…みたいな働き方は見ていて気持ちの良いものではない。
そしてまた不運なことに、研究棟に出入りする医師の多くは臨床から逃げたいから研究へ…という輩が紛れ込むのも事実である。医師にはなったものの医師の仕事には興味がないから逃避の結果で研究へ、という人の本気度なんてたかが知れている。研究のケの字も学ぶ気持ちが、それこそ毛ほどもないのでヤル気のなきこと禿山のごとし。
一番タチが悪いのは「専門医」の肩書き欲しさに学位を取りにくる輩。学生時代は医師になるための勉強しかしてこなかったので他学部であれば学部生のうちに習得するのが当然の実験のイロハが何もないので、おったまげーなことを実験室でしでかす。

研究という仕事はざっくり言えば、とある仮説を立ててそれを実証するための実験を組み立てて「ほ〜ら見てごらん、これは絶対にこうなるでしょ」という筋道で人々を納得させる必要がある。「誰が見てもこれはこうなる」という真実を突き止めるのが研究。
仮説を実証するために都合のいいデータだけを集めるのは真実とは言えない。「これはこうなんだと思います」という推論は論文として成立しない。その常識が何故かセンセ達に伝わらないもどかしさ。「これは癌だと思ったから癌なんだ」なんて診察をしてるんですかね?テクニシャンという仕事は研究のお手伝いが本筋だが、ここでの仕事はセンセ方の暴走を止める役割を担う必要もあって実に骨が折れる。

書いてるうちにシャレにならん話がボロボロ出てきそうなので慌てて削除して今日はここまでにしとうございます。小保方さんは医学部に出向いて学位を取ったということなので、他の業界ではとても通用しない論文を作成してしまったのも宜(むべ)なるかなとしみじみ思う今日この頃。教育って本当に大事。教育がなされてない国家試験予備校みたいな大学をなんとかしないと日本の科学技術は大変なことになる。否、もうなっているのか?

2017年12月5日火曜日

かわいそうの本気度

生き死に備忘録が続いていたからついでに書いちゃえ!本日は動物実験のお話です。

それはまだ私が農学部で学んでいた頃。実習という名の強制労働に駆り出されて牛やら豚やらの世話に明け暮れていたことがありました。動物の世話自体は私にとっては楽しい経験だったのですが、糞尿まみれで文句タラタラな女子の一部が豚の出荷時にこぞって「かわいそ〜」の大合唱を起こすのが苦手だった。かわい〜の延長でかわいそ〜と人前で言わねばならぬ空気は女子の嗜みというものか。その都度、農場の先生が「ぶわっかもん!家畜は食べるために育ててんだ。こいつらにとっては食べてもらえないことが一番の不幸なんだ」と叱責するのがお約束になっていた。
その先生が事故で死んだ仔豚を両腕に抱いてたのを見たのは今も忘れられない思い出だ。先生は「かわいそうにな、お前は食べてもらえなくてかわいそうなことをしたな」と小さな声で仔豚に話しかけていた。先生が畜産を志した経緯は知らない。だけど動物を慈しむ人だったのは間違いないと思う。

私に動物実験の手ほどきしてくれた人は薬学出身の若いテクニシャンだったけれど彼女もまた「実験動物は実験のために生きているのだから正しい実験に使われないのは一番いけないことだ」と教えてくれた。そこには「無駄に生かしておくことも悪である」という厳しい哲学もあった。実際に動物実験の講習では、役目を終えたor役目を持っていない動物は実験室から速やかに退出させることが推奨されている。それはすなわち命を終えさせることに他ならない。ある意味、この開き直りのような「役目を終えさせる」という思考ができない人は動物実験そのものを受け付けないし、無理にやらせれば心を病むことにもなる。
動物実験の是非を語るのは実に難しい。私が講習会を通して得た結論は、避けられる方策があるなら極力動物を使わない実験を検証すること。そして決して無駄になるようなへっぽこ実験に動物を使わないこと。そのために動物実験をする者には入念な実験計画を立て、厳密な内容の書類提出が義務付けられている。(計画と書類提出は研究者の仕事で私は言われたことをやるだけですけどね)
動物実験経験者が経験した実験内容を紹介しあうと、必ず「うへぁ〜」という微妙な空気が蔓延する。実験中は平常心を保っていられても、改めて口にして説明すると言う方も言われた方も色々想像して「うへぁ〜」となってしまう不思議。経験者同士でもそうなのだから未経験の人に実験の内容を言うのは得策ではない。

でも言っちゃう。私の初めての動物実験は虫でした。低線量の放射線を当てて変異率を調べるというもの。染色体を取り出してジロジロ見る実験に従事していました。虫なんて触れないという人からは思い切り「うへぁ〜」な顔をされた。一方私は哺乳動物の実験に携わったことが無かったので、転職を機にどうやらマウスをやることになりそう、となった時に虫も動物もやったことのある人に「どっちが抵抗が薄いものか」と尋ねたことがある。彼女いわく「命を取るのはどっちも一緒」。まあ、そうよね。「ただ…動物はねぇ…あいつら鳴くからな」そうか、鳴くのか…それは地味にキツそうね。二人で顔を見合わせ、うへぁ〜となったものであります。

そんな私も今はマウスを使った癌細胞の研究に従事しています。ガンに必ずなってしまう遺伝的形質というものがある。その因子を持った人は他の理由で死なない限りは十中八九、ガンで命を落とすことになります。遺伝が原因の病気は治療が困難。その人を構成する設計図そのものに最初から病気のプランが入っているのだから、運命といえばそれまでですが実に過酷な現実。その治療方法を模索するために動物を使うものの、それを指して「かわいそうだとは思わないの?!」という人は後を絶たない。私はこうした人達のかわいそうの本気度をつい疑ってしまう。それと言うのもかつて「動物好きだから、かわいそうで動物実験は絶対嫌なんです」と言って業務から逃げていたテクニシャンが、マウスの遺骸を保管庫に入れる時に嫌そうな顔をして「ぺっ」とゴミのように投げ入れたのを見た時から。彼女が好きなのは自分に懐く可愛い動物限定なのだと思い知った。そこに実験動物の死に対する尊厳は微塵もなかったのだ。
「殺すのはかわいそうだからなるべく生かしておきましょう」と言って目的もなしにマウスを狭いケージに閉じ込めて老衰を待ち続けた医師もいた。これはマウスの死に関わるのを避けているだけでしかない。彼女にとって、かわいそうなのは動物に引導を渡す自分であって、いつまでも役目を終えられない動物そのもののことは実はあまり頭にはなかったように思われる。年老いて皮膚病を患い、それでも放置され続けたマウスは私が職場を去るその日に静かに息を引き取っていた。最終業務にささやかなお葬いをしつつ、私はそのマウスの死に少し安堵をもたらされた。私の退職後に死んでいたなら、ここではゴミみたいにして捨てられていたかもしれないのだから。

さて、ガンの遺伝形質を持っているために子供が産めないけど、どうしても子供を産んでみたいという女性の話を先日、小耳に挟んだ。人は自分とは無関係と思っているものに対しては安易に「かわいそう」を連発するものらしい。その場は皆、一様に「産めない女性がかわいそう〜」との論調でしたけど、マウスを使った今の実験は将来、そうした人たちに希望の光をもたらすのかもしれない。でも動物実験も「かわいそ〜」なのよね?
とんかつ定食を食べる自分とは無関係と思うから屠殺場に向かう豚がかわいそうなように、医薬品に助けられている自分とは無関係と思うから動物実験もかわいそうで許せない。つくづくと「かわいそう」が醸す他人事感をいかにとやせむ。
私は産めないものを産みたいという人間のエゴについてその気持ちを慮(おもんぱか)りはしても、かわいそうとは思わない。それは運命なのだから。同様に私は病気を克服する方法を探求するために動物を使う人間のエゴに対しても、動物がかわいそうなんて言えない。当事者だからというのもあるでしょうが、ただ、ありがとうと感謝するしかない。そしてなるべく苦しませずに手際よく、とだけ考える。私が彼らにできる精一杯のことは、それくらいしかないのだ。合掌